我儘なプロポーズ


じ、とイーノックを見下した赤い瞳は、その色とは打って変わって冷たく鋭い輝きを放ち、視線で殺さんと言わんばかりにその身を射抜いた。


(嗚呼、もう、終わりだ。)


その時胸に落ちてきたのは諦めと淋しさ。けれど、言わなければ良かった。とは思わなかった。
いつもの旅の終わり、神と連絡を取っていた彼の、夕焼けに染まった背中があまりにも美しくて。ケイタイ、という名のそれをポケットに入れたと同時に口が動いていた。

「ルシフェル、愛している。」

振り返った彼が真っ先に浮かべた表情は驚愕。続いて、どこか悔しそうにその形の良い眉を寄せる。

「どうして。」

ぎり、と彼の薄い唇に白く並んだ歯が立つ。嗚呼、そんな風に噛み締めては切れてしまう。貴方が傷つく様は見たくない。

どんな罵倒も嘲りも甘んじて受け入れよう。人の身でありながら天使に懸想するなど、思い上がりも甚だしい。
ただ、出来る事ならばこの想いを消してしまう事はしたくないなと思った。それもまた、彼の心持ちと指先一つでどうにでもなってしまう事柄なのだけれど。



「っ、どうしてお前はもっとムードとか情緒とか言うものを大切にしないんだ!!!」

……え?

叫ぶように言われたのは、全く予想していなかった台詞。

「夜景の綺麗なレストランとは言わないさ!でも、どうして今!?そんな雰囲気じゃなかっただろう!?」

そんな雰囲気もどんな雰囲気もと言うか、その前に大切なのはそこなのかとか、ああもう頭が付いていかない。
お説教なら後で聞こう。だから一つだけ、教えてくれ。

「…あの、じゃあ、嫌だとかでは…。」
「私だってお前の事が好きなんだから嫌な訳が無いだろう!!」

自信満々に返ってきた返事。何故怒られているのかさっぱり理由が解らないが、取り敢えず謝っておいた方が良さそうだという結論に達して頭を下げた。

「あ、す、済まない…。」
「解れば良いんだ。」

納得したのか、小さく息を吐くと白い頬を赤らめて俺の側へと近寄り、その美しい顔を少し傾けて微笑む。


初めて交わした口付けは、甘酸っぱい味がした。