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雪と骸2


 家に戻る頃には、銀雪の世界の際から太陽が顔を出していた。出来るだけ音を立てないように慎重に足を運び、少しだけ開けたドアの隙間から家の中に身を滑り込ませた。この時間なら叔母は厨房だろうし、他の家族はまだ眠っている筈だ。気付かれないうちに部屋に戻って身なりを整え、何食わぬ顔で叔母の手伝いに向かう。そうすれば何も言われない。たとえサナが何をしているのかを察していたとしても。
 だが今日に限っては、いつもと家の様子が違った。
「――今年は春が遠い。雪が深すぎるんだ。これじゃあ種も撒けないし、村の備蓄も限界がある。死人が出るぞ」
 居間に入ろうとしたその時、誰かの声が聞こえてサナは足を止めた。男の声だ。しわがれた響きには聞き覚えがある。恐らくは村長のものだ。更に誰かの声が重なる。数人が密かな会合を開いているようだった。
「巫女が不出来だったせいだ。あいつは祈りもろくにしなかったし、最後まで巫女の役目を嫌がった。冬の神様がお怒りになったんだ」
「もう一人巫女を捧げるか……しかしそれを繰り返していては村に女がいなくなる」
「それよりルイを掘り返すべきだ。神様がお気に召さなかったものをいつまでも置いとくからいけないんだ。あれは焼いて川にでも流すべきだ――」
 一人の男が自分の意見を押し通し、周りが覇気のない同意を返したところで、サナは後退り来た道を振り返って駆け出した。まだ会話は続いていたようだが、どうでもいい。外気の冷たさとは対照的に、身体中の血が沸騰したように熱かった。不出来だなんて、焼いてしまうだなんて、村の男たちはどれだけ彼女を侮辱する気なのだろう。何度、私達を引き裂けば気が済むというのだろう。


 冬が近くなると、この村では聖域に女を埋める。年に一人、冬越えのまじないとして、巫女として選ばれた誰かが生きながらに死の国へ落とされる。あの聖域の恵みは、代々の巫女の死肉を糧に実っていた。それを食らって、この村は生きながらえている。
 今冬の巫女はサナの双子の姉だった。優しくて気が弱く、けれど決して俯かない人だった。不出来なわけがない。サナはずっとルイに支えられてきた。毎年、土をかぶせられる女たちを互いの手を握って見送った。母が埋められた時は二人で三日三晩泣き明かし、互いに助け合って生きていこうと決めた。傍らにルイがいたからサナは立っていられたし、ルイもきっとそうだった。なのに今ルイはいない。サナに黙って、男たちが土に埋めてしまった。
 頬が引きつる。いつの間に溢れていた涙が凍り、皮膚に張り付いていた。ルイは紛れもなくサナの半身だった。引き裂かれたこの身は、もはや屍と同じようなものだ。それくらいなら、一緒に埋めて欲しかった――だからサナはルイを探すと決めた。片割れを取り戻すために。
 取って返した森は薄暗かった。早朝は晴れていたはずなのに、空には分厚い雲がかかり急激に気温が下がっていた。吹雪くかもしれない。そうなればまた、ルイが覆い隠されてしまう。その前に見つけなくては。
 過去に掘り返した箇所は、土と雪が混じりあい跡が残っていた。ショベルを持ち出し、その部分を避けてひたすらに掘る。指先が変色しても、肩に雪が積もり始めても、一心不乱に掘り続ける。やがて硬いものがショベルの先にあたる。覚えのある感触に、サナは穴の傍に屈みこんだ。土を払う。少しずつ元の形が明らかになっていく。見覚えのある服の刺繍を認めると、ショベルを振るうのももどかしく濡れた土を手でかき出していく。
「ああ、やっと……」
 久方ぶりに見る片割れの姿は、思っていたよりは変容していなかった。どす黒く変色し、皮膚は腐り落ちていたけれど、互いに結いあった髪も、名前を呼んだ唇も形が残っている。
 深い安堵に包まれるのが分かった。彼女から引き離されることほど恐ろしいことはない。姿が変わろうとルイはルイだ。そうである以上、もう何も案ずることはなかった。全身から力が抜けていく。重力に任せて倒れ込み姉の亡骸に覆いかぶさると、サナは腐りかけの唇にそっとくちづけた。
「一緒に眠ろう。もう置いて行かないでね」
 呟き、目を閉じる。ないはずの温もりを、どこかに感じた気がした。
 二人の身体を、雪が覆いつくしていく。二度と離れることないようにと、二つの骸を凍らせ何者からも隠すように。春はまだ遠く、それが訪れる頃にはもう誰も双子の姉妹のことなど覚えていないことだろう。



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