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宝石と野花2


「イェルカさんこんにちは! 今日の分の花を……あっ」
 飛び込んできた勢いのままイェルカに話しかけようとした少女は、その段階でようやくエイダの存在に気付いたようだった。
「すみません、お客様がいるのに私ったら……! あの、出直してきます!」
「いや、構わないよプリシラ。花を持ってきてくれたんだろう」
 踵を返しかけて少女を引き留めたのはイェルカだった。思わず彼の顔を凝視する。プリシラという名であるらしい少女は、どう見てもこの店の客になりえる人種とは思えなかった。だがここに足を踏み入れたということはイェルカに許されているということだ。それもそこそこの上客であると自覚しているエイダより対応を優先するほどに気に入られている。いったい、彼女は何者だというのだろう。
「はい、えっと、すみません! これをお渡ししたらすぐに帰りますので!」
 エイダの機嫌を損ねたと悟ったのか、プリシラは小動物を思わせる動きで何度も頭を下げた。その手には小さな桃色の花をまとめた花束が握られている。イェルカはそれを受け取ると、プリシラの髪をそっと撫でた。
「ありがとう。助かるよ」
「私に出来るお礼なんてこれくらいしかないですから……また来ます!」
「ああ、また明日」
 耳まで赤く染めた少女は、来た時と変わらぬ騒々しさで店を去っていった。残されたエイダとイェルカの間に、奇妙な静寂が漂う。
「可愛いでしょう。半年ほど前に路上で倒れていたのを世話してやったのを恩に思っているようで」
 そう言って、イェルカは桃色の花を食んだ。咀嚼もせずに飲み込まれた花びらは、きっと彼の身体の中で小さな熱を発して溶けたことだろう。
「……それが、食事?」
「ええ。町の外れに花畑があるでしょう? ちょうど霊脈の上にあるのですが、それを言ったらわざわざ毎日摘みにいってくれているんですよ」
 エイダの質問に淀みなく答えながら、イェルカはあっという間に花を平らげてしまった。大した魔力にならないだろうに、彼はいやに満足げだった。エイダの胸に濁った感情が湧きあがる。
「あなたほどの人がそんなに粗食だなんて」
「私はこれでいいんですよ。煌びやかな宝石より野花の方が性に合う。それに、気持ちのこもった食事というのはそれだけで美味なものでしょう?」
 イェルカの言葉に溜息をつくと、エイダはソファから立ち上がった。これ以上の会話は無意味だ。彼がエイダの思いに応えることはないと、とうの昔に知っている。イェルカは昔から人と深く関わることを避けていた。面倒な女と拒まれるよりはと今の距離感を選んだのは自分である。
 ――だというのに、あんなみすぼらしい子供に。
「おや、お帰りですか?」
 声を掛けられて、エイダは我に返った。彼の静かな目に胸中を見透かされた気がして、密かに拳を握る。
「ええ。次はまた季節が変わる頃に」
「かしこまりました。お気をつけて」
 客人に対しての礼を取るイェルカに見送られて、エイダは店を後にした。彼が自分にはまた明日、とは言ってくれることはない。既に諦めはついたものだと思っていたが、恋心とはままならないものである。
 苛立ちを静めるべく、エイダは自分が出来るささやかな復讐を思い描いた。次に訪れる時には、店が埋もれるくらいの花を持って行ってやろう。彼が受け取る野花が紛れて分からなくなってしまうように。心のこもったものが好みというなら、たっぷりと気持ちを込めて贈ってやろう――嫉妬という名の、花束を。



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