恋月想歌26
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翌日、イーゼではしめやかに葬儀が行われた。件の獣に喰い殺された少女のものだ。教会に属するリムは当然忙しく動き回ることとなり、考え事をしている暇など小指の先ほどもなかった。夕刻、すでに殆ど日が暮れた頃になりようやく一通りの仕事をこなし終えたリムは、教会裏にある墓地の片隅に立っていた。
「こんなもので、すみません」
リムが語りかけるのは、足元にある木の枝で作られた小さな十字架――レストの墓だった。遺体はないので、衣服などの僅かばかりの遺品が埋められている。夜が明けきった後、不思議と村人はレストの事を覚えていない様子だった。何度か見たヴァンパイアの力によるものかもしれないが、真相は行方不明だ。
「おそらく、皆の恐怖も次第に拭われていくでしょう。貴方のおかげです」
返事はない。当然だ。辺りには人の気配さえない。この時刻ともなれば村人は例の事件を恐れて滅多に外出しなくなっていた。解決した事を知っているのはリムしかいない。だがいつかは時の流れと共に事件そのものが忘れ去られていくだろう。聖女マリアの真実が忘れられていたように。
「ありがとう。それから」
リムは一瞬躊躇った後、やはり押さえきれず小さく想いを溢した。
「貴方が、好きでした」
彼の笑顔に、一目で恋をした。最初から叶わないものだとは知らずにいたけれど。
粗末な十字架に祈りを捧げ終わると、リムの唇は自然と聖歌の旋律を紡ぎ出していた。彼と、自分の想いへの鎮魂歌――そして、死者を悼むためのものではなく本来の意味を込めて。異国の言葉は解らなかったけれど、耳で聴いたものをぽつぽつと旋律に乗せる。レストの最後の言葉が蘇った。
『――これは、ね。恋の歌なんだよ。届かぬ月を想う、恋月想歌』
END.
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