恋月想歌2





 小さな聖堂に、聖歌が響き渡る。古びたオルガンが奏でる旋律に人々の声が合わさって広がり、やがて溶けこんで厳かな空気を作り出した。
「神と、聖女マリアのご加護がありますように――」
 オルガンの音の余韻が残る中、黒い法衣を纏った少女が胸の前で十字を切り、祈りを捧げた。今日のミサはこれでお仕舞いだ。教会のシスターである少女の声を皮切りに、たいして多くもない参列者がまばらに帰路につき始めた。せいぜい十数人といったところだろうか。此処、イーゼ村は緑が豊かで美しいがこれといった産業もなく、それぞれが畑を耕して生計を立てているような小さな村だ。住民などほとんど顔見知りである。そんな田舎の小さな教会なら、これでも寧ろ多いくらいだ。
「リム、今日もご苦労だったね」
 肩を叩かれ、少女――リムは振り返った。
「いいえ、神父様。皆、不安なのですわ」
 思わず俯いた首筋から、長い栗色の髪が滑り落ちた。空色の瞳は曇天のような疲労が伺える。
 そう、ミサの参列者は以前に比べてずっと増えた。長い年月の中で信仰など廃れきっていたはずなのに、である。急に人々に信仰心が芽生えたわけではない。いつだって、人間が目に見えないものにすがりたくなるのには理由があるものだ。
「例の事件、か……」
 呟かれた神父の言葉に、リムは小さく震えた。
「神父様、あれは本当に――」
「た、大変だ!」
 言いかけた言葉を遮るように、バンッと音をたて教会の扉が開かれた。それと同時に飛び込んできて叫んだのは、先程のミサで最前列に陣取り必死に祈っていた男であった。
「どうしたのです?」
 男は神父の姿を見るや、まるですがり付くようにその足元に跪いた。
「あぁ、神父様……村の入り口に人が……また被害者が!」
 そこまで聞けば充分だと、神父はため息を吐いた。
「また、か……リム、行きますよ」
「あ、はい!」
 ――これでいったい何人目だろうか。いつまで続くか分からない悪夢を振り払うように、リムは慌てて神父の後を追った。


 



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