千夜に降る雨17
夜の森は、静かなようで騒がしい。虫の鳴き声や、梟の羽ばたき。周りが静かな分、際立って聞こえた。雷は目を閉じ、それらの音に耳を傾けていた。雷は人と違って睡眠を取る必要はない。夜の森をこうやって過ごすのが好きだった。最近は昼間が騒がしいだけに、この時間が余計に心地よい。そう、思っていた時だった。
「なんだ……?」
音の中に異質なものがあった。がさがさと無遠慮に草を掻き分ける、獣とはまた違う生き物の音。しかし更に耳をすませば、それはよく知ったものだった。
「――雷っ!」
顔を上げてみれば、やはりそれはちよの姿だった。駆けてきた勢いのまま飛びついてきたちよを受け止めながら、雷は問い掛けた。
「お前、どうしたんだ!?こんな時間に」
「雷、母さまが……母さまを助けて……」
答えになっていないんだが、と言いかけたが、小刻みに震えるちよの体を見て、雷は言葉を飲み込んだ。母親に何かあったのか。病気とは言っていたが、山程持ち帰った天青草はどうなったのか。
「天青草で治るんじゃなかったのか」
「ううん……あれは駄目だったの。それで、今日家に戻ったら……」
そこまで話すと、ちよは恐ろしい物を見たかのような形相で雷にしがみついた。
「お願い、助けて!雷は山の天狗様なんでしょう?」
それを聞いて、雷は思わず目を見張った。自分から告げてはいない。なら何故、盲目のちよがそれを知っているのか。
「お前、目が……」
「見えないわよ。でも知ってる。雷はお日様みたいな色の髪で、森の色を映した目をしてるの。背中には大きな灰色の翼……違う?」
見事に自分の特徴を当ててみせたちよに、雷は言葉を失った。
「ごめんね。最初から知ってたんだ」
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