千夜に降る雨16


 ふと、ちよは顔を上げた。そうだ。神さまがいるではないか。ほんの数刻前に出会った青年――雷ならば。山の神である彼ならば、なんとかしてくれるかもしれない。
「いきなりお願いしたら、図々しいと思われるかも知れないわね」
 断られては困る。できるだけ確実な方法でいきたいものだ。しばし思案した後、ちよはある考えに行き着いた。
 彼と、友達になろう。友達の頼みなら神さまだって聞いてくれるだろう。最初は人間だと思っているフリをした方が近づきやすいかもしれない。すぐに、とはいかないかもしれないが、何せ彼に見捨てられたらもう希望は無いのだ。
 いつか、瞼の裏によぎった光景……暗い部屋に横たわる、二度と動かない母の体。それだけは、何としても現実にはしたくなかった。

―――

 なんとなく体が痛いような気がして、ちよは身をよじり目を開けた。周りを手で探ると、どうやら自分が柱にもたれかかっている事が判った。考え事をしているうちに眠ってしまったようだ。
「いけない、いつの間に……」
 呟きながら身を起こした。どれくらい眠っていたのだろうか。夕飯を作り損ねてしまった……そこまで考えて、ちよはある違和感に気付いた。
「母さま……?」
 近くに寝ている筈の母を呼んだ。返事はない。驚くことではない。ちよを忌む母は、呼びかけを無視することも珍しくなかった。それに、眠っているのかもしれない。しかしそうではないのだと、ちよは解ってしまった。
「母さま!」
 彼女は変わらずそこに横たわっていた。傍に膝をつき、その手に、その胸に触れた。どうか嘘であってほしいと祈りながら。
 しかし、それは届くことはなかった。
「嘘よ……そんな……ぁあああ!!」
 母は、息をしていなかった。

 



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