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9


 そう告げた少女の声は、微かに震えていた。よく見れば眼も赤く、泣くのを必死で堪えているようにも見える。あの後、何かあったのだろうか。
「……お姉さんが、どうしたの?」
 気遣うようにルカが屈みこみ、少女に声をかける。今度は少女も癇癪を起こすこともなく、ぽつぽつと事情を語り始めた。
「……あいつ、あのジジイ、追いかけてきたの。上手く逃げたと思ったのに、見つかっちゃって。お姉ちゃんが、私を庇って連れていかれて……!」
 徐々に嗚咽を堪えきれなくなってきたのか、少女の碧眼から次々と涙が溢れ始める。そこから先は言葉にならないようだったが、大体の話は掴めた。大方、少女の代わりに姉を痛め付けることで憂さ晴らしをしようと言うのだろう。とことん腐っている。
 ゼキアは少女の頭を一撫ですると、ルカに習って膝をつき目線を合わせた。
「何処に連れて行かれたかは、判るのか?」
 出来る限り穏やかに問い掛けると、少女は小さく頷いた。
「多分、北の森だと思う。森の魔物の餌にしてやるって、馬に載せて連れて行かれたから……他の商人達も一緒だった」
「北の森、な……」
 少女が口にした場所を、ゼキアは忌々しげに繰り返した。
 北の森とは、その名の通りイフェスの北に広がる森の通称だ。そして、王都の住人が恐れる森のことでもあった。街の人間は、進んでこの森には行きたがらない。狩りを目的としたり、木材を求める人々の出入りもあるにはあるが、それもごく浅い場所での話だ。少し奥へと踏み入れば鬱蒼とした木々が陽光を遮り、昼間でも足元が覚束無い。つまりは、闇を好む魔物――“影”どもの巣窟なのである。その昔は罪人を魔物に食わせて処刑していた、などという逸話も残る地である。近付きたがる人間がいるはずもない。特に最近は“影”が増えているという噂も聞く。もし少女が一人で放り出されては、ひとたまりもないだろう。
「――もちろん、タダでやってくれなんて言わないから! ちゃんと、お金渡すから……!」
 ゼキアの沈黙を躊躇しているものと受け取ったのか、焦ったように少女は畳み掛ける。言下に懐をまさぐると、彼女はずい、とゼキアの前に革袋を差し出した。
「あ、それ私の財布!」
 それを見たルカが声を上げた。やはり犯人は彼女だったらしい。多少非難するような口調になってしまうのは仕方のないことだろうが、それが気に食わなかったらしい少女はルカを思い切りねめつけた。
「どうせあんた達はこれ以外にも物もお金も持ってるでしょ!? 拾ったんだから、もう私のものよ! だから対価はこれなの。私には差し出せるものなんてこれしかない……!」
 濡れた瞳で訴える少女の切実な声に、ルカがそれ以上声をかけることはなかった。代わりに、何か言いたげにゼキアを横目で見る。なんとなくその意味は想像出来たので、いちいち返事はしない。言われなくても、元からそのつもりだ。



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