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12

 言いかけて、ユイスははたと口を噤んだ。エルドの様子がおかしい。新緑の瞳は突然枯れてしまったかのように色褪せ、焦点の合わない虚ろな視線が宙をさまよう。どうした、と声を掛けようとした瞬間、その身体から力が抜け落ちた。意識を失ったように見えたエルドを支えようと咄嗟にレイアが手を伸ばす――。
「触るな!」
「きゃあっ!?」
 その瞬間、叩きつけるような拒絶がエルドの喉から迸った。脱力したと見えていた腕で突き飛ばされ、レイアは受け身も取れずに倒れ込む。その拍子に彼女が持っていた時柱の結晶が滑り落ち、エルドの足元へ転がった。かと思うと、彼は大股に後ずさって距離をとった。まるで、結晶を忌避しているかのように。
「……やはり、か。思った通りだったな」
 レイアの傍へ駆け寄りながら、ユイスは低く呻く声を聞いた。苦々しく発されたそれは、元の溌剌とした少年のものとは程遠い。否、実際の声が変わったわけではないのだろう。声音に潜んだ得体の知れない何かのせいで、全く違って聞こえるだけだ。聞き間違えたのでなければいつの間にか口調も変わっている。十五になったばかりの少年であるのに、いま受ける印象は長い年月を生きた老人のようだった。
「レイア、怪我は」
「してない、です」
 違和感を覚えなからも、まずはレイアを助け起こす。幸いなことに、傷を作るようなぶつけ方はしなかったようだ。そのことに息を吐き、改めてエルドを問い質そうと顔を上げる。その時だった。
「ヴァルト、離れて」
 割り込むようにして、涼やかな声が響く。同時に、空気が金属音にも似た鋭い唸りを上げた。どこからともなく風が吹きつけ、前髪が揺れる――気付いた時には、床に落とした結晶が粉々に砕け散っていた。風の刃によって破壊されたのだと認識したのは、数瞬遅れてのことである。
「……ああ、シル」
 安堵したようなエルドの呼び掛けに応じ、大気が小さく渦巻き始める。形を持たない筈のそれは大きさを増すにつれ徐々に色づき、確かな実体を持ち始める。そして、やがては一人の女性の姿となった。白皙の肌に、高く結い上げた翡翠の髪。物憂げに伏せられた瞳は空の色。人であれば耳がある箇所は翼のような羽毛が覆われ、手足にも蜉蝣のような薄い羽が生えていた。軽やかな乙女のような出で立ちでありながら、纏う雰囲気はどこか重く荘厳だ。彼女が風の精霊であることを疑う余地は無かった。それも、かなり高位の。
「……まさか」
 呆然と、ユイスは呟いた。俄には信じ難い。しかし、数度にわたり同様の存在に対面してきたからこそ、理解してしまった。力を振るった彼女が、風の王――最奥の聖殿に祭られている筈の存在である、と。
「欠片とはいえ、やはり時柱に近付くのは苦痛だな」
「そうでしょうね。いつもより不安定なようだし、だから無理は禁物と言ったのよ」


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