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 目的地であるルーナの街は、王都から馬車を乗り継いで約二日ほどの所にある。幸いにして天候もよく、途中で足止めを喰らうこともせずに済みそうだった。これならば当初の予定通りに着けるだろうと、ユイエステルは安堵の息をつく。窮屈な乗り合い馬車から眺める景色は穏やかだ。街道は完璧に整備されているし、盗賊の被害なども聞かない。 時々魔物の出没はあるようだが、普段からの堅実な対策のお陰で大事には至っていないようだ。 現王の善政が国の隅々まで行き届いているのが分かる風景だった。
「坊やは、どこまで行くんだい?」
 なんの脈絡もなくユイエステルに話しかけてきたのは、隣の席に座る老婆だった。次の街に着くまでの暇潰し、といったところだろうか。
「ルーナの街まで。神殿に行くんですよ」
 本来なら坊やという歳でもないのだが、という思いはさておき、ユイエステルは老婆の暇潰しに応じることにした。流れていく街道を眺めるのにも飽き始めていたのである。
「あぁ、お参りかい? 私も精霊様にお祈りしにいこうかねぇ。最近腰痛が酷くて」
 そうなんですか、と老婆のぼやきに適当な相槌を打ちながら、ユイエステルは“精霊様”という言葉を噛み締めていた。微かに違和感のようなものがあるのは、恐らく自分の感覚と一般的な“精霊様”の認識に差があるからなのだろう。
 およそ八百年前の大陸統一戦争以降、エル・メレクは精霊信仰のもとに繁栄してきた。精霊は創造神によって生み出された世界の礎であり、全ての力の源である。ありとあらゆるものに精霊は宿り、世界を支えている。エル・メレクの人間なら誰もが知っている事だった。中でも地・水・炎・風の精霊は根源精霊と呼ばれ、各地に神殿が作られ人々の信仰の拠り所となっている。これから向かうルーナの街にあるのは、炎の神殿の総本山だ。そこに行くと言えば、老婆の言うように祈りを捧げに行くと思うのが普通だろう。人々にとって精霊とは神とほぼ同義であり、別世界にあるとも思えるほど遠い存在なのだ。
 ――しかし、そうではない人間もごく一部に存在した。精霊の姿をその目に映し、その存在を感じ取る力を持つ者がいる。精霊の声を聴く者――俗に“エレメンティア”と呼ばれる人々に限っては、精霊を身近なものとして捉えていた。それぞれに力の差はあれどエレメンティアは例外なく敬われ、神殿で高い地位を持つ者も多い。
 ユイエステルもまた、エレメンティアの一人であった。王の嫡子であり、“精霊の声を聴く者”である。エレメンティアの存在自体が希少である上、これはエル・メレクの歴史の中でも片手で数えられるほどにしか前例がない。だからこそ、自分なら“精霊王”に相見えることが出来ると考えたのである。確証があるわけではない。それでもやらねばならない。それが自分の務めなのだ。
「あら、着いたみたいねぇ」
 馬が嘶(いなな)き、馬車の振動が止んだ。老婆の話を聞き流すうちに、目的地へ到着したらしい。
「ごめんなさいね、たくさん喋っちゃって。気を付けてね」
「ええ。ご婦人も」
 ユイエステルは馬車を降りると早々に老婆に別れを告げ、ルーナの街を歩き出した。あの老婆も、たまたま声をかけた少年が本気で“精霊様”に会いに行くとは思わないであろう。


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