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2

 ユイスの体調についても付け加えられており、今のところ悪化の兆しはないとのことであった。その一点のみについては安堵を得られたものの、今後も同じような無茶を続ければどうなるか分からない。少しは心配する方の心境を慮る気はないのだろうか。
「あの野郎、目の前にいたら締め上げてるところだぞ……!」
「――何を読んでおる?」
 主に対し無礼極まりない悪態をついたところで不意に声を掛けられ、ティムトは戦慄した。誰か文官でも通りかかったかと振り向き、ティムトは更に驚愕する。
「陛下!? なぜこのような所に……」
 そこにいたのは、紛れもなくエル・メレク王ユーグその人であった。慌てて膝をつこうとするが、手振りだけで構わない、と示され、ティムトは居住まいを正す。王自ら使用人達の別棟に赴いてきたことも驚きだったが、彼の後ろには供の者の姿すらない。通常なら有り得ないことだ。
「あちらで人払いをさせている。あまり堂々と話せることでもないからな」
 訝しげなティムトに気付いたのか、ユーグはそう説明を入れた。人払いとは随分大袈裟な、と感じたものの、理由には心当たりがあった。王は最初から答えをくれている。彼はティムトの持つものを一瞥すると、おもむろに切り出した。
「……ユイエステルからの手紙だな」
「はい」
 やはりかと得心しつつ、ティムトは頷いた。人前でユイスの不在を匂わせる会話は出来ないし、自分如きと国王が密談していたと知れたら要らぬ誤解を生みかねない。そのための警戒だ。
「神殿経由で私の元にも届いたのだが、ろくな近況報告も無くてな。お前なら何か違うかとも思ったのだが」
「残念ですが、私の方も似たようなものです。フェルレイア殿が気を利かせてくださいましたが」
 言いながら、フェルレイアの手紙を差し出す。わざわざそれを訊くために来たのなら、余程ユイスが心配なのだろう。普段は厳格で知られるユーグ王も、人の親である。
 ユーグは手紙を受け取ると、神妙に書かれた文章を追い始めた。その横顔を眺め、つくづくよく似ている、とティムトは思う。
 王の頭髪には白いものが混じり、骨張った輪郭と蓄えた顎髭は厳めしい印象を受ける。実際、ユーグは普段の所作さえも洗練されていながらも重々しく、威厳に溢れるものだった。対して王子ユイエステルの仕草は優美で軽やか、顔立ちはどちらかと言えば王妃に似て甘やかだ、と姫君達に囁かれる。ともすれば真逆にも見られがちな親子であったが、何よりも似ているのは目だった。強い意志と聡明さを湛えた深い青。王者の資質を具現化したような双眸だけは、全く同じにも思える程に酷似していた。賢王と讃えられるユーグの後を継ぎ、ユイスも良き王となることだろう。
 そして自分の役目は王となった彼を傍らで支えることだと、ティムトは確信している。その未来が違えることになってはならない――だからこそ、無茶をするユイスを罵りたくもなるのである。
「……成る程。これは悪態のひとつもつきたくなるな」
 手紙を読み終えたらしいユーグが、ふと息をつく。やはり聞かれていたか、と一瞬竦み上がったティムトだったが、王は気にした風もなく苦笑する。
「お前には感謝しておるのだ、ティムト。これからも息子の良き友であってくれ。あやつは王族としての責務を考えるあまり、人を遠ざけるきらいがある」
 叱責されるどころか礼を述べられ、ティムトは恐縮しつつも黙礼した。王の言うところは、ティムト自身も感じていたことである。ユイスは社交的で人望もある。しかしその反面、常に己を厳しく律し、反発する勢力を無理なくいなして、国と民の益の為だけに周囲との関係を築いてきた。その中で、本心から気を許す相手がどれほどいるだろうか。自分が数少ない彼の友人というのはこそばゆい事実だったが、心配の種でもあった。それはユーグも同じであったらしい。
「……私は案じておるのだ。使命ばかりを優先させて自らの大事なものも、己の身さえも顧みないのではないかと。だからこそ、このような旅には送り出したくなかった」
 王の、そしてティムトの不安は概ね的中してしまっている。フェルレイアの手紙が証拠だ。この先、今まで以上の苦難が降りかかったなら、彼はどうするのだろう。
「……フェルレイア殿なら、きっと殿下を支えてくださるでしょう」
 王の憂いを払拭するだけの台詞を思い付けず、苦し紛れに聖女の名前を口にする。フェルレイアも、ユイスが心を開く希少な人間の一人だ――少なくとも他の者よりは。彼女がユイスの拠り所となってくれることを信じたかった。
「そうであって欲しいな」
 ユーグもまた、曖昧に言葉を濁す。今はまだ不安を振り払う術はなく、待つ者はただ遠い空を見上げるしか出来なかった。


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