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 厳かな空気の漂う空間に、二人の男がいた。いや、一人は少年と言うべきだろうか。段上の玉座に向かって膝を折り、深々と頭を下げていた。果たして、彼がそうしてどれほど経っただろうか。少年は決して体勢を崩さなかった。肩口で揃えられた黒髪が、僅かに揺れることさえない。
「……もう一度、訊こう」
 顎髭を撫でながら、エル・メレク王ユーグは重々しく口を開いた。
「ユイエステルよ。旅に出るというのは、まことか?」
「はい」
 ユイエステルと呼ばれた少年は、躊躇うことなくはっきりとそう答えた。ユーグの唇から、何度目かの深い溜め息が零れる。
「……何もお前が行く必要はないだろう。神殿の協力を仰いで、臣下達に任せればよい」
「いいえ、私が行かねばならないのです」
 十代半ばにしか見えない外見に似合わぬ程に落ち着いた、しかし強い口調でユイエステルは言い切った。そしてようやく顔を上げると、青玉の瞳で玉座を見据える。理知的で強い意志を宿したその眼は、玉座の王と酷似していた。
「この件が人間の手に余るものだということぐらい、陛下も既にお気付きでしょう。精霊達に助力を乞うのに、私ほどの適任者が他におりますでしょうか?」
 淀みなく、ユイエステルは更にこう続けた。
「聡明な陛下のことです、私などが進言するまでもなく“精霊王”に拝謁することを考えるでしょう……ですがそのようなことは耳に入ってきません。もしや、上手く事が運んでいないのでは?」
 ――まったく、その通りであった。彼が知っては何を言い出すかわからぬと箝口令を敷いたものの、無駄な徒労に終わったようだ。ユイエステルの見立ては正しい。何度も使者を遣り、ユーグ自身が神殿を訪ねたこともあったが、未だに芳しい成果は上げられていなかった。相手は神にも等しいとされ、そもそも人の前に姿を現すことは滅多とないという存在だ。ただの人間がそう易々と接触できるはずもないのは、解りきったことだった。かといって、簡単に断念するわけにもいかぬ現状がある。少しでも可能性があるのなら縋りたい。
 その点では、確かにユイエステルは適任と言えた。エル・メレクの頂点にある血族であり、“精霊の声を聞く者”である彼ならば、或いは。しかし、ユーグは素直に頷けずにいた。
「……私はお前の身体を心配しておるのだ」
 絞り出すようにそう言うと、ユイエステルは穏やかに微笑んだ。
「確かに、私の身体はいつ朽ちるとも知れません。ですが、だからこそ今のうちに出来ることをしたいのです」
 事も無げに言ってのけるユイエステルに、ユーグは溜め息を吐くことしか出来なかった。心配する方の身にもなって欲しい。そんなユーグの胸中を察してか、ユイエステルは付け加えるように言った。
「それに、何も私一人で全て解決しようとは思っていません。フェルレイアを訪ねようと思っています」
 フェルレイア、という名を聞き、ユーグは一人の少女を思い浮かべる。
「……“聖女”か。彼女ならば確かに力になってくれるだろうが……」
 言葉を濁しながら、眼前の少年を見遣る。その眼差しに、揺らぎはない――とうとうユーグは自分が折れることを決めた。
「――分かった。どうせこれ以上言ったところで聞かぬだろうしな。頑固は誰に似たのやら……」
 顔を覆って嘆く王に、まるで面白がるかのようにユイエステルは告げる。
「それは私が間違いなく貴方の子ということですよ、父上」
 ――こうして病中の王子ユイエステルは、強引に旅の許可を取り付けたのである。


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