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13

 誠実に、切実に、ユイスは強く森の主に訴えかけた。民を救いたいのだと思いを込めて――しかし、その言葉が彼に届いた瞬間、森の空気が変わった。微かに頬を撫でていた風は止み、だというのに木葉は不気味にざわめき始める。今までは柔らかく足を受け止めていた土からは、氷のような冷ややかさが身体を這い上っていくような気がした。何かが、逆鱗に触れた。地の精霊王の感情に辺りは染まり行き、大気が変容する。
『解らぬ、と申すか。これだから人間は嫌なのだ』
 低い声が、重々しく響く。先程からちらついていた苛立ちと憤りが、一気に噴出したのだ。トレルの口調はあくまで静かだ。しかし、今にも押し潰されそうな程の圧迫感が、その怒りを物語っていた。ユイスが反射的に声を詰まらせた一瞬に、トレルは更に言葉を畳み掛ける。
『これ以上語ることはない。せいぜい怯えながら滅びを待つがよい』
「待っ――」
 徐々に、声が遠くなる。それを引き留めようと叫びかけた瞬間、ユイスはふと足元に違和感を覚えた。地面の下で何かが這い回っているような、迫り上がってくるような、小さな振動。
 頭の片隅で警鐘が鳴る。これは、危険だ。
「う、うわぁ!」
 悲鳴を上げたのはユイスではなく、後方にいたルオだった。本能的に身を翻したユイスの真横に、人の大きさ程の巨大な棘が突き出したのである。否、棘ではない。鋭利な木の根だ。周囲の木々が精霊の力を受けたものだろう。それが示すのは明確な殺意である。一歩遅ければ、今頃ユイスは串刺しだ。
『お主らと相見えるつもりはない。ゆえに道を塞いだのだ。立ち去れ――次は無い』
 物々しい警告を最後に、トレルの気配はふっつと途絶えしまった。残されたのは、拒絶の証とも言える突出した木の根。そして未だざわつく、不穏な森の空気だけだった。精霊の力は、まだ働いている。ユイス達が無理に進めば、次は周りを囲む無数の木々全てが牙を剥くだろう。命の保証はない。他ならぬ、それが精霊王の意思だ。
「……ユイス様、一度町へ戻りましょう。イルファも目を覚ましませんし、ルオ殿も」
 立ち尽くすユイスにおずおずと声をかけたのはレイアだった。見れば、彼女の手にはぐったりと気を失ったイルファの姿があった。外傷は無いようだが、すっかり目を回してしまったらしい。そして更に彼女の後方に目を遣ると、腰を抜かしたルオが地面にへたり込んでいるのが見えた。顔もすっかり青ざめており、これではとても動けそうにない。流石にこの状況で強行突破わ考えるほど、ユイスは愚かではなった。
「……仕方ない、それしかなさそうだな」
 様々な未練を残しながらもユイスは頷き、一行はトレルの森を後にするのだった。
 


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