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 神聖さを湛える厳かな街も、目抜通りに出れば殊の外賑やかであった。所々にある屋台からは、快活な客寄せの声。菓子を焼いているのか、甘い香りが鼻を擽る。食品店の前には、夕食の献立に悩む女性。玩具を欲しがって駄々をこねる子供の姿。どれも活気に満ちた、ルーナの日常の姿だ。
「随分、人が多いな」
 通りの様子を眺めながら、ユイスは何気なくそう溢した。元々人通りの多い場所だったとは記憶しているが、今日は一際混雑しているように思えた。先程から何度すれ違う人とぶつかりそうになったことか。
「明日は、火祭りですから」
 隣を歩くレイアが、その疑問に答える。街に出るにあたり、彼女は神殿の法衣から動きやすい服装へと着替えていた。丈の短い上着に、ゆったりとしたズボンとブーツ。長い金髪も首筋で纏め、活発な町娘といった出で立ちである。
「ああ、火祭りか……なるほどな。もうそんな時期か」
 火祭り、という単語で、ユイスは大いに納得した。道理で混み合うはずである。
 一年分の穢れを燃やし、魔を祓う。それがルーナの火祭りである。当日は街の中央広場に火が焚かれ、そこに各々燃やしたいものを投げ入れる。例えば日記帳のページであったり、不要となった日用品であったりと、それは人によって様々だ。元々は宗教的な意味の強い祭だが、当日は露店も出るし、有志による出し物があったりもする。そして何より人気なのは、夜の街の風景だ。至る所に炎が灯され、幻想的で美しい。それを見たいが為に、毎年この時期は多くの観光客が集まるのである。
「今年は花火も上げるそうです。暗い話題も多いけど、それを吹き飛ばそうって」
「それは楽しみだ。皆、頼もしいな」
 暗い話題とは、クロック症候群の事に他ならないだろう。自分が罹患するかもしれない恐怖。近しい者の死を経験する人間が増える一方の、現状。国全体の雰囲気が重く沈みがちな中、人々に活力が生まれるのは喜ばしいことだ。
 通りすがる街人の笑顔を見て、ユイスもまた口角を持ち上げた。彼らのためにも、必ずクロック症候群を収めなくてはなるまい。そう決意を新たにしたところで、不意にレイアが立ち止まった。
「――ユイス様、あれです」
 彼女が指差したのは、店の軒先にぶら下がる木の看板だった。人混みで見え辛いが、描かれているのは恐らく焼き菓子とティーカップ。菓子店のようだ。
「直近で火事があった場所です。昨日の夜に」
「よし、行ってみよう」
 頷くレイアを確認して、ユイスは止めていた足を進め始めた。
 街に出る前に、ユイス達は一応の下調べを行っていた。火事が頻発しだしたのは、丁度火祭りの準備で街が賑わい始めた時期だ。共通点としては、どれも小さな規模で大事に至らない場合が多いこと。そして、菓子店や飲食店が多いということである。しかし、これだけで精霊の仕業であると言い切るのは難しい。たとえそうだったところで、その精霊を特定するのは困難を極めるだろう。圧倒的に情報不足なのだ。とにかく現場に赴き、精霊の痕跡が無いか確かめる。それが二人の当面の目的である。


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