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20

「好きにすればいい」
 どこかぎこちなく、しかし明瞭に響いたのはメネの声だった。ノヴァが目を見張る。驚く姉妹にちらりと目を向け、メネは続けた。
「どうなろうと、私はどうせ忘れてしまうし。何かが変わっても分からないだろうから。でも、ここから解放されて、全て望むように上手くいって、もし私の記憶がちゃんと残るようになったら……ノヴァも、少しは楽になるのかなって」
 その途端、張り詰めていた空気が弾けた気がした。ノヴァがメネの手を取り、次に細い身体を引き寄せ抱きしめた。表情は見えない。だが、苛立ちと怒りと諦めと――その他は無機質な顔ばかりだった彼女達の抱擁に、確かな人の温もりを見た気がした。ノヴァにとってメネは、永遠の孤独の中にあって唯一傍にあった存在だ。ユイス達には分からない絆があるのだろう。たとえ、昨日の記憶すら共有できないのだとしても。
 ノヴァはそれ以上言葉を発することはなく、ユイスに視線だけ寄越した。答えは定まった。もう障害はないと言っていいだろう。しかし――。
「貴方は、それでいいのか?」
 ユイスが改めて問い直した相手はシルだった。彼女の言う策が上手くいけば、ほぼこちらが望んだ通りの結果になる。なのにどうしても気が咎めるのは、結局のところ誰かが犠牲になる構図が変わっていないからだ。シルがエレメンティアの力を奪うのは、命を散らすその時。それは、彼女の残りの時間を奪ってしまうのではないか。だとすれば、時柱に犠牲を求めることとなんの変わりがあるのだろう。しかしシルは、呆れたように溜息を吐いただけだった。
「いいも何も、私の望みでもあるのだから。貴方が気にする私に残された時間など、精霊にとっては無いと同義。そもそも感覚が違うのを忘れないで。あるものだとしても……もう私にとっては無意味」
 不意に遠くを見たシルの瞳の中に、一人の男の姿があった気がした。風はどこにでもある。一陣の風となった彼女は世界の果てまでも行けるだろう。けれどその男の姿は既にこの世にない。ならばしがみつく理由はないと、シルは言いたいのだろうか。哀れむのも、後ろめたく思うのも、所詮はこちらの価値観でしかない。
「……せめて、いつか巡りの果てに再び
出会えることを祈らせてもらうよ」
 その時は、きっと過去のような悲劇にはならないだろう。全ては風がさらっていくのだから。シルは応えなかった。代わりに姉妹たちに向き直る。
「――さぁ、まずは貴方達から」
 手を取り合った二人は静かに目を伏せた。そこから先は、瞬く間の出来事だった。
 前触れもなくシルの姿が掻き消える。海に落ちた一滴の雫のように、空気に溶けて見えなくなった。かと思うと凄まじい旋風が場を支配した。意志を持ったかのような風の波はノヴァ達を呑み込み、間断なくユイス達にも襲い掛かる。髪を、肌を、抗おうとする意思すら嬲り、風は呼吸と混ざり合って身体の中さえも駆け抜けていく。何もかもを掻き回されるような感覚に見舞われ、気を失うかというところで、ようやく身体が解放された。噎せ返って膝をつくと、ひどく眩暈がした。いや、違う。自分ではなく、空間が震えているのだ。やがて腹に響くような轟音が聞こえる。これには覚えがあった。
「……まずいな。レイア、立てるか」
 同じように蹲っていたレイアに声を掛ける。散々風に弄ばれはしたものの、怪我などは無いようだった。レイアは肩で息をしながら頷くと、不意に何かに気付いたように呟いた。
「ユイス様……ノヴァ達は」
 その指摘にユイスは慌てて周囲を見渡した。今しがたの風で、聖堂の内部は荒れに荒れている。裏返り、真っ二つに折れた長椅子、砕けた色硝子の破片。時柱の結晶さえも元の形を留めてはいなかった。しかしその中にノヴァとメネの姿を見出すことは出来なかった。そして、時柱に閉じ込められていた少女の姿も。
「消えた……?」
 どこかへ退避したのだろうか。わざわざユイス達に声を掛けていくこともないだろうから、不思議なことではない。だが、奇妙な違和感が付きまとう。彼女達はどこへ、と首を傾げた瞬間、頭上で爆発音がした。熱を含んだ空気に火花が散り、細かな砂礫が頬を掠める。見上げれば、聖堂の天井が崩落し始めていた。瓦礫が降ってきたところをイルファに助けられたらしい。
「考えるのは後回しだな。とにかくここを出るぞ。海まで出ればレニィの加護に頼れる」
 そう言い放ち、ユイスはレイアの手を引いて駆け出した。自分の見る世界が大きく変わってしまったことは、気付かないままに――。


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