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 ユイスが帰還してさほど間を置かず、王はクロック症候群の収束を民に宣言した。唐突な知らせに誰もが半信半疑な様子であったが、個人差はあれど王都にいる患者も回復の兆しを見せている。彼らが心からの安堵を得る日は遠くないだろう。時代の時柱の問題を除けばエル・メレクを覆っていた憂いは晴れたと言っていい。しかし、少なからず警戒しておかなければならないこともあった。それがヴァルト、及びエルドの存在である。
 遺跡での戦いを終えてシルが去り、そして苦心してリエドまで連れ帰ってからも、ヴァルトは一向に目を覚まそうとしなかった。いや、この時点で彼をヴァルトと呼ぶべきではないのかもしれない。あれは遠い血縁を辿ってエルドの精神を侵していたクロック症候群そのものだ。時柱が神殿に戻ればその存在は消える。しかしエルドの意識が回復するのにどれほどの時間が掛かるのか、エルドのが戻ってもヴァルトの影響がないと言い切れるのか。あまりにも特殊な事例であるがゆえに、見当もつかなった。もし目覚めた時にヴァルトの意識が残っているようなことがあれば、再び強硬に走る可能性がある。そうなればシルも手を引くという約束を翻しかねない。最悪の場合、事態が振り出しに戻ってしまうこともあり得る。
 様々な事情を鑑みて、エルドは治療の名目で一緒に王都に連れていくことになった。何かあっても目の届く範囲にいればすぐに対処にあたれる。特殊な症例なので王都で診てもらった方がいい、世話になったので費用はこちらが負担する――彼の家族たちにはそう説明した。彼らに負い目を感じていないわけではないが、流石に全てを話すことは出来ない。実際は囚人に準じた扱いで常に監視がつくことになるが、今までの出来事を思えばこれ以上妥協はできなかった。牢に入れるのを阻止できただけましというものである。エルド自身は眠り続けてるし、意識することもないだろうことが幸いか。城の最も粗末な部屋で、彼は沈黙を守り続けていた。それに変化があったのは今朝方のこと。
 案内された一室の前では、物々しく武装した兵が一人見張りについていた。ついて来ようとする男を制し、ティムトだけを伴って部屋に入る。狭く窓のない室内にあるのは、清潔だが質素なベッドが一つだけ。その上で所在なさそうに手を組んでいた少年が、こちらを見上げて首を傾げた。
「えっと、誰?」
「エルド、なのか?」
 意図せず声が重なると、少年はますます困惑したように眉間に皺を寄せた。同じようにユイスも顔を顰めかけて、思い直す。今のユイスは初対面の時とは姿が違う。それほど顔つきが変わっているとは思わないが、服装や体つきが違えば分からないこともあるだろう。今目の前にいるのがヴァルトであっても、エルドであっても。
「君の手伝っていた宿で世話になった、ユイスと名乗っていた者だ。覚えているか?」
 慎重に言葉を選びながら、ユイスは続けて声を掛けた。今更ヴァルトがエルドに擬態する理由も思い当たらないが、警戒するに越したことはない。少年は暫し訝しげにユイスの顔を見つめた後。あっと声を上げた。
「もしかしてイルファと一緒だった兄ちゃんか? なんか背伸びてない? というか状況が分かるなら説明してくれよ。ここ王都だって!?」
 理解した途端、彼はベッドから飛び出し掴みかからんばかりの勢いで捲し立てた。その瞳は不安に揺れてはいたが、怪しい陰りはない。若者らしい輝きに溢れた色に、ユイスは確信する。もう大丈夫だ。彼の中に居座っていた過去の亡霊は消え去った。
「この姿はクロック症候群の影響で、こちらが本来のものだ。それと、君がここにいる理由は今から説明する」
 宥めるようにそう告げると、エルドはひとまず口を噤んだ。彼が話を聞こうと座り直す一瞬のうちに、ティムトに目配せする。これから話すのは真実を含んだ虚偽だ。エルドが危険ではないと判断出来たら、ある程度納得できる話をでっちあげて日常に戻すと決めていた。心得ている、とティムトが視線を返したのを確かめ、ユイスは改めて口を開いた。
「順を追って話そう。私たちが一緒に神殿に向かって出発した後、君はクロック症候群を発症した。その時のことは覚えているか?」
「俺が!? 全然そんな感じはなかったけど……でも言われてみたら参道を案内してた辺りから記憶が曖昧な気が……」
 裏返った声を上げたエルドだったが、思い返すうちに徐々に落ち着きを取り戻してきたようだった。話を聞きながら、やはりか、とユイスも納得する。宿で話していた時は彼に違和感を覚えることはなかった。完全に乗っ取られたのは出発してからだろう。不安気なエルドを落ち着かせようと、ユイスはひとつ頷いて見せた。


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