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11

「大丈夫です。分かっています。ユイス様はお優しいから気にかけてくださって……でも、いいんです」
 努めて明るく振舞おうとしているのがよく分かる声だった。物分かりのいい振りなどする必要はないというのに、彼女は未だにユイスを気遣っている。いいわけがないだろう、と切り返しかけて、不意に孔雀石の瞳と視線が絡んだ。形容しがたい光を湛えたその色に、ユイスは息を呑む。揺るがない決意を固めたような、しかし全てを諦めているような――レイアらしからぬ表情だった。
「それで、クロック症候群をどうにかできるなら、私は死んだって構いません」
 あまりにも落ち着いた声音のせいで、彼女が何を言ったか理解するのに時間が掛かった。
「……自分が何を言っているのか、分かっているのか」
 酷く声が強張った。犠牲になることを厭わないと、レイアは言う。彼女の言葉を反芻するたび鈍い痛みが胸に広がり、それは徐々に強さを増していく。つい先ほどまで身体を休めていたはずなのに、視界が歪むほどの眩暈がした。
「少し落ち着け。自棄になることはないんだ」
「充分落ち着いています。お忙しかったユイス様と違って、考える時間はいくらでもありましたから」
「簡単に言うな。これまでのエル・メレクの在り方から見直さなければならない話なんだぞ」
 彼女が人を咎めるような物言いをするのは珍しかった。その時点で冷静ではないのだと察することは出来たが、苛立ちを押さえきれなかった。ユイスの反論にレイアが顔を顰める。
「簡単になんて考えてません。ずっと私もユイス様と旅をしてきたんですから」
「根本的な解決にならない。今回はそれで済んだとしても、代替わりをするというならまた同じことが繰り返される」
「――だとしても!」
 言い募るユイスを遮るように、レイアが叫ぶ。その悲痛さに、ユイスは反射的に口を噤んだ。
「このままじゃ、解決策を講じる時間すらないかもしれないんです。今の段階で、他に打つ手はないんでしょう? 私一人の犠牲でエル・メレクを救えるなら、貴方はそうするべきなんです」
 頭を、殴られたような気分だった。正論すぎる言い分に、ユイスには返す言葉もなかった。エル・メレクに暮らす全ての民と、たった一人の少女。天秤にかける必要もない。精霊と心を通わせる『聖女』であっても、信仰の象徴の一つでしかない。彼女のために国が犠牲になることは許されないし、聖女であるからこそ人々もレイアを生贄にと望むだろう。なにせ、この事象の発端は精霊によるものなのだから。
 けれど、彼女の口からは聞きたくはなかった。彼女にだけは、言って欲しくなかった。危うい均衡を保っていた理性がひび割れていく。
「こちらの気も知らないでよく言う! またいつもの無鉄砲か!? どうにかしようと頭を悩ませているところだというのに、みすみす死ぬつもりか!」
 気がつけばたがが外れて、感情的に非難の言葉を口走っていた。しかしレイアが黙ったのも一瞬のことで、彼女は更にユイスを追い詰める。
「そんなの、私の台詞です! いつも無茶してるのはどっちだと思ってるんですか! 私だって貴方を助けたくて、失いたくなくて」
 しかしレイアは、途中で声を詰まらせた。代わりに溢れ出た涙が、次々と彼女の頬を濡らす。口論は行き詰まり、二人揃って次に発する言葉を見失った。
 「少し頭を冷やしてきます」
 幾ばくかの沈黙の後、レイアはそう言って涙を拭うこともなく部屋を去っていった。引き止めようと伸ばした手は虚しく空を切り、ユイスは静かに拳を握り締めた。これ以上どうするつもりだというのか。慰めるための言葉も持たず、彼女を救う手立てすらない自分に。
「……何をやっているんだ、俺は」
 深く息を吐き再びベッドに倒れこんだ。自問したところで答えなどない。否、レイアが言ったとおりに、とうに答えなど出ていた。ただ、己の心がままならないのだ。エルドを害する覚悟はあるのに、レイアを手放す勇気はない。
 彼女が大事で、失いたくない。たったそれだけの、けれど何よりも許されない自分の願いを扱いかねたまま、ユイスは固く目を閉じた。


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