薄桜鬼-江戸- | ナノ
 



誰も見てない物語





カタカタと直接骨に響く音に原田は肩を一度だけ震わせた。
意識していなくとも、自然と口から漏れ出る欠伸には白い蒸気が伴う。
月明かり一つしか落ちていない周りにヤケに白く見えるそれに目を細めながら、バタンと背後の扉を足でしめた。

「さっみぃ」

ボソリと低く呟くもそれに返事は一つも返ってこない。
ギシリと軋んだ廊下にむしろ原田が気を使いながらも、更に漏れた欠伸に瞳を潤ませた。
布団へと入ってから少しは時間が経ったであろうが、それでもまだ陽が昇るまで大分時間がある筈だ。
厠に行くだけですっかりと頭が起きてしまった気もするが、それでもまだ身体は眠気を訴えるように温かいままだ。

「ん?」

そんな事を考えながら自室へと戻る角を曲がったそこに、出てくる時には無かった白い何かに気がついた。
暗闇の中でも目を凝らさずとも分かるソレは――形はいびつではあるが、小さな雪だるまだろうか。
それに気付くとほぼ同時に、その向かいで驚いたようにまた小さく声を漏らした存在が目についた。

「何やってんだ、んなとこで――雪菜」
「び、っくりした。何だ、左之さんまだ起きてたの?」
「いや、今ちょっと用を足しに。それよりお前こそまだ起きて……って違うか、戻ったのか?」

ちょうど原田の自室のすぐ向かいの庭で、近づいた原田を見上げているその姿はまだ忍び装束のまま。
原田の知る限りでは今日は夕方から出かけた筈だが、と原田は雪菜を見下ろしながらゆっくりとその場へとしゃがみ込んだ。

「うん、報告も終わったし、お仕事もおしまい」
「で、こんな夜中に雪だるま作ってたのか?」
「ちょっとだけよ、こっそり置いておこうと思ったのに……起きてたなんて」

不満そうに口を尖らせ、鼻までも啜りながらも手の代わりだろうか、拾ってきた小枝を雪だるまにぷすりと二本差し込む。
そこまで寒いのならば早く部屋に戻れば良いのに、それでも出来上がりを満足そうに見つめる彼女に原田もくつと苦笑を漏らした。

「おかえり、寒いだろう?早く着替えてこいよ」
「……」
「どうした?」

そっと頭を撫でながら雪菜に告げてみるが、彼女からは反応が返ってこない。
それに不思議そうに原田が首を傾げると――少し顔をあげた雪菜が、口元を緩めて両手を広げてみせた。

「ね、左之さん。抱きしめていい?」
「ん?何だ、急に……って、」
「おねがい、ちょっとだけだから」

くすくすといつの間にやら隠す事もできずに漏れ出る雪菜の笑い。
その笑みの意図に原田が気付くのとどっちが早かっただろうか、目線をあわせるように屈んでいた原田に向かって雪菜が身体を預けようとして――

「おいこら、お前その手で触る気だろう」
「やだ、ばれちゃった?」
「いつもならンな事言ってこねーからな、ばればれだ」

トン、と雪菜の両肩を両手で掴んでギリギリの所でとめると、すぐに雪菜は悪戯な笑みを再度浮かべだす。
今の今まで雪を触って遊んでいたのだ、その手は氷のように冷たいに違いない。
そんな手だからこそ、気付かずに抱きつかれでもしたら……考えただけで背筋がぶるりと震えてしまう。

「純粋に抱きつきたかっただけなのに、酷い」
「酷いのはどっちだってんだ」

不満そうに雪菜は口を尖らしてはいるが、その表情は言葉とは裏腹に楽しそうに緩められている。
雪を触っていたのだ、余程その手は冷たいのだろう、雪が溶けて濡れていた両手を摺り合わせながら"残念"とまるで子供のように笑う雪菜に、原田が嗜めるように雪菜を見てみても――もちろん効果はない。
その上彼女の言葉に少しでも胸が高鳴ってしまった自分が何となく悔しくて、断ったものの目の前で無邪気に笑う彼女の様子が――どことなく腑に落ちない。

「んとに、しゃーねぇなぁ、お前は」
「わっ、」
「ほらみろ、やっぱ冷てぇじゃねぇか」

ぐい、と支えていた両肩を不意に引き寄せてみると、面白い程簡単に原田の腕の中に雪菜が体勢を崩して流れ込む。
触れた瞬間の彼女の身体の冷たさはやはり思っていた以上で、いくら服を着ているといえどこれでは風邪を引くのも時間の問題。
まったく、と小言を漏らす代わりにぎゅ、とその場に屈んだまま冷たい彼女の身体を抱きしめてみれば、もぞもぞと忙しなく雪菜が原田の腕の中で身体を捻った。

「左之さん、ちょ、冷たいでしょ?身体が冷えちゃうよ」
「何今更言ってんだ、抱きつきたかったんだろう?」
「あ、あれは冗談で……ほんと、風邪ひいちゃうってば」

先程まで楽しそうに笑っていたのはどこへやら、今度は急に不安そうな色を表情にやどした雪菜に、今度は原田がゆっくりと口元に笑みを浮かべた。
つい先程の彼女の提案をすんなり受け入れてたとしても、今と同じ反応が見えたのだろうか。
オロオロと何とか原田の浴衣を濡らさないように手を避けながら逃げようとする雪菜だが……そんな雪菜を腕の中に押さえ混む事等、今更原田には動作も無い。

「風邪なんて簡単にひく程ヤワな身体してねーんでな」
「でも、」
「それに、こんな深夜に雪遊びなんてしてるお前の身体のほうが心配だ」
「ちょっとだけよ、すぐ部屋に戻るつもりだったし……」
「駄目だ」

ぎゅぅ、とついには逃げ道を探していた雪菜の両手すら腕の中に押さえ込んで強く抱きしめ込むと、小さく腕の中で雪菜から吐息が漏れる。
もちろん、それが意味するのは少しばかり強く抱きしめすぎた印でもあるが……別の意味でトクンと心臓が音を立ててしまう自分に胸中で失笑を漏らし。
ゆっくりと顔をあげた雪菜の額に原田も自身の額を軽くくっつけてその冷たい鼻先へと唇を一つ落とした。

「明日お前非番だろ?」
「……何で左之さんは私の予定把握してるの」
「当たり前だろ?ほら、このまま持ち上げるぞ」
「へ……っ、」

素っ頓狂な声が雪菜の口から飛び出したのはほんの一秒にも満たない間だけ。
その代わりに目を大きく見開いた彼女に、原田は瞳を細めて微笑みかけると――ゆるりと瞳を閉じて更に深い口付けを雪菜へと贈り始めた。
ぴく、と肩が震えたり、原田が雪菜の身体を簡単に抱き上げると同時に彼女の身体が大きく揺れたり。
その全てに雪菜がどんな反応をしているか何て今更問わずとも脳裏に過るくらいだ、とやがて少しだけ小さな水音を響かせて二人の間をつないでいた銀糸をプツリ、と切って……一言。

「シー、静かにしねぇとみんな起きちまうぞ」
「なっ……!」
「文句は部屋で聞いてやっから」

告げた言葉に、雪菜の頬が月明かりに見ても一目瞭然な程に赤く染まり上がる。
これが日中で周りに人目があるものならば大きな声で罵倒、というのがお決まりだが……いかんせん、今は深夜。
勿論文句の一つ、ついでに手の一発ぐらいは今すぐにでも自分を抱き上げている原田に送りたい所だが……と何とかその衝動を堪え。
楽しそうに瞳を細めて笑う原田の瞳を避けるように、ツと視線を今まで自分が立っていた足下へと落とした。

「……ねえ、明日朝起きたら雪だるま溶けてるかな?」
「大丈夫だろ、昨日総司が近所の子供等と作ってたヤツも今日になっても残ってたぐれーだし」
「明日――、朝起きたら一緒に雪だるま作ってくれる?」
「総司か、お前は」

くつりと聞こえる原田の笑い声。
それでも視線を落とした先にある小さな雪だるまを雪菜が見つめる事暫く。

「左之さんだって……、明日非番でしょ」
「……へぇ、良く知ってるな」

ぽつり、と呟いた言葉に少しだけ原田が息を呑み……ふ、と笑みの吐息が漏れたのを感じながら、雪菜は原田の胸元をぎゅっと掴んだ。
そんな事知ってるに決まってる、だけど……やはり素直に、そう告げるのも気恥ずかしくて。
寒かった筈なのに少し汗ばんでる気もする身体を感じながら、雪菜は返事の代わりにしゅるりと原田の首元に手を回した。

「お。……わかったよ、その代わりその後はちゃんと温めてくれるっつーんなら、な?」

すり、とまるで頬で雪菜の頬を持ち上げるように。
すっかりと冷えてしまった原田の髪先を感じながらもう一度口付けを一度だけ交わしてから。
しっかりと片手で雪菜を抱き上げながらもう片方の手で原田が自室への扉を開け……そのまま室内に連れられながら、雪菜はチラと後ろ――襖を振り返った。

随分小さくはあるが、自分が作った雪だるまが一つ。
明日はこの何倍大きな雪だるまがつくれるか、と少しだけ楽しみにしながらゆっくりと襖を閉じた。





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雪うさぎにすると、某斎藤氏と被る気がして。
何となく雪だるまに。というよりかは、驚くのと同時に口塞いじゃう左之さんが書きたかっただけです、ごちそうさまです(*´д`*)w

title from 恋のお墓

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