薄桜鬼-江戸- | ナノ
 




Sweet nap





目の前で美味しそうに団子を頬張りながら、茶をずずっと豪快に飲む。
そんな永倉を見つめて、雪菜も残り1個になった団子を口に大きく放り込んだ。

「いやぁ、たまにはこんな昼下がりもいいよな」
「そうね、たまにはいいかもしれない」

今日は非番だ、だけど金がない!と雪菜の部屋を永倉が訪れたのは一刻程前。
たまたま近藤からもらった団子をこっそりと食べようとしていたのをまるで見計らっていたかの様な永倉に、雪菜が呆れながらも部屋へと迎え入れるしかない。
長期任務で屯所を離れていた事もあり、永倉とこうして団子を挟んで他愛無い話をするのもひどく久し振りだ。

「っくー、やっぱ団子にはここの茶が一番あうぜ」

もの凄い勢いでそれを胃に納めてしまった相変わらずの永倉に、雪菜もくすくすと笑いながら目の前の湯飲みに手を伸ばしてそれを飲み干した。
ごちそーさん、と丁寧に手を合あわした永倉は、そのまま開けっ放しの襖から外を眺め。
雪菜が湯飲みを戻してそれを脇にどけるのを振り返り、くぁ、と小さく欠伸をした彼女にいつものにかっと笑顔を浮かべる。
なに?と何かを問うその笑みに小首を傾げた雪菜に、永倉もまた大きな欠伸を手も翳さずに漏らした。

「腹も収まったし、こんな気持ちのいい日はたまにはゆっくり昼寝もいいもんだぞ」

そう告げながらごろりと横になって大きく伸びをした永倉に、雪菜は湯飲みを盆に戻す。
相変わらず自分勝手な永倉のそれには呆れもするが、心底気持ち良さそうに寝転がる永倉に雪菜もまた、息を吐いてから畳の上に寝転がった。

「お、何だ。雪菜も寝るのか?」
「んーたまには、ね」
「そうだぞ、雪菜は働きすぎだからな。今日ぐらいは休め、しゃーないから妹分の為にも、今日は俺が一緒に寝てやろう」
「何それ。先に寝転んだのは新八ちゃんでしょう?」

くすくすと笑いなが雪菜は仰向けになり天井を見つめた。
やがて、ほんの数秒しか経っていないにもかかわらず、ぐぅ、と聞こえた永倉に、まさか、と雪菜は思わず体を横に転がせば――すでに大きく口を開けて気持ち良さそうに鼾を掻く永倉の姿が視界に飛び込んでくる。

「早いよ、新八ちゃん」

そんな言葉も彼には届いていないのだろう、ぽりぽりと腹をかいて眠りについている永倉を見つめ、雪菜も束の間の平和な午後に瞳を閉じようとしたその時。
永倉の向こう側、つまるは、襖の外に不意に現れた袴に閉じかけていた瞳を止めて、視線だけでそれを辿る。
見れば少しばかり呆れた表情を浮かべた、紅髪の男がこちらを見下ろしているのに気付いた。

「あれ、左之さんも非番?」
「あぁ、って。何やってんだ、二人して」
「天気もいいし、お腹もいっぱいだし、昼寝でもしようかなって」

寝転んだまま少し頭をあげて原田を見上げてみれば、呆れた表情はすぐに奥へ引っ込められる。
それでも暫く佇んで何か言いたげに二人を見下ろしていた原田は、息を漏らしてから部屋へと足を踏み入れた。

「俺も混ぜてくれよ」
「ん?左之さんも非番なの?」
「あぁ、ちょっと外出てたけど今戻ったところだ」
「今日はみんなで、お昼寝かな。平助もいればいいのに、さっき巡察だって行っちゃったの」

原田が永倉を踏まない様にそれを跨いだのを合図に、雪菜が少しだけ永倉の方へ体を寄せて、自分の反対側に彼が寝転ぶ居場所を開けようと転がる。
が、それを制止するかの如く、原田は永倉と自分の間の足下にしゃがみ込んだ。

「もう少しそっち転がれ」

着物の裾から見えていた足首を掴んで、今度は雪菜が体を寄せた逆方向に体を転がされてしまう。
ころん、と素直にそれに従い一回転してみれば、思ったより大きく開いた永倉との距離。
意味が分からずに体を戻そうするより早く、そこに原田の体が落ちた。

「あれ、そこでいいの?」
「何でだ?」
「ほら、いつも新八ちゃんの鼾が五月蝿いってぶつぶつ言ってるじゃない」

くすくすと雪菜が可笑しそうに笑いながら告げてみると、原田は結っていた髪を解いて何事もないように二人の間に体を完全に寝転ばせる。
さらり、と解いたその髪紐を片手に持ちながら、永倉に背を向けながら肘をついて反対側の雪菜を見下ろした原田をちらりと見上げた。

「こうして背中向けといたらちょっとはましだろ」
「ふぅん、だといいけど」

そう継げて原田が片手に持った髪紐を手で抜き取り、無造作に遊びはじめた雪菜に原田は肘をついたままそれを見下ろしたまま。
寝るんじゃなかったのか、と視線を猛一度チラと送れば、仰向けに寝転んでいた雪菜の体へと、原田がそっと手を伸ばした。

「それに」
「うん?」
「お前は一応女なんだから、ちょっとは気をつけろっての」

自分の髪紐であやとりの様な事をし始めた雪菜からそれを抜き取り、あ、と雪菜から抗議の声があがったが、原田はそれを自分の手に絡める。
遊んでたのに、と頬を少しだけ膨らましたそんな雪菜の髪をそっと撫で降ろした。

さらりと触れる指心地に、自然と緩んでしまう頬。
それでも、少しだけ胸を焦がすのは、小さな嫉妬心。
たとえ相手が永倉であろうとはいえ、自分以外の男と並んで寝ようとした雪菜に小言を漏らしたくはなるが。
付き合ってはいない自分が彼女の行動に口を出す権利はないが、それでも胸の内に秘める複雑な恋心に原田はじっと雪菜を見下ろした。

「気をつけろって……、そうよね……新八ちゃんが寝返り打って潰されたらやだしね」

くすくすと悪戯に笑う雪菜は、大方冗談でも言っているつもりなのだろう。
そうだ、と原田もそれを否定する事なく、曖昧に息をついてから、こちらにむいていた雪菜の腰を当たり前のように自分の方へと引き寄せた。
途端、ぴくりと雪菜が体を強ばらせて原田を見上げてみるが、彼は特に何を言うわけでもなく涼しい表情を浮かべたまま。
そんな無言の彼をしばらく見上げていた雪菜は、琥珀色のその瞳が笑みを浮かべているその奥に潜む何かに、もう一度体を小さく揺すった。

「左之、さん?」
「、俺が守ってやるから」
「え?」

寝ながらにして小首を傾げる事は出来ず、代わりに視線だけで彼の言葉に疑問を含めて問い返してみる。
その視線をまるで避けるように原田は雪菜の片手を取り上げて、自身の手に絡めていた髪紐をその腕にゆるりと巻きはじめた。
きゅ、っと蝶結びに手首に結われたそれを見つめて、もう一度原田を見つめ返してみても、ついていた肘を投げ出して、原田は体を完全に畳へと落としただけ。
訳が分からない、と相変わらず疑問を浮かべる雪菜の瞳を覗き込み。
黙ったままの雪菜をいい事に、体を少しだけよじって抱き込む様に彼女を腕の中に包み込んだ。

「わ、ちょ…っと!」
「ん?」

原田の突然の行動に、腕の中で声をあげた雪菜に何だと言わんばかりの視線を落としてみれば――やはりそこには何かを訴える様な雪菜の姿。
頑に自分の胸元に手を置いて距離を取ろうとしているその姿に、原田は腰に回す手に力を入れてから、瞳を閉じた。

「こ、これは……ちょっと、左之さ、ん!」
「昼寝しようって誘ったのは、雪菜だろ?」

当たり前の様に言葉を落として腕枕をしたその手で雪菜の髪をさらさらと撫でながらに瞳を閉じる。
今瞳をあければ、もしかしたら頬を赤らめた雪菜が覗けるかもしれないと期待はしてしまうものの、真剣に抗議をされたら腕を緩めてしまう自分も簡単に想像がつく。
今だけは、普段の"雪菜に弱い自分"を瞳の中に閉じ込めてながら腕に力を込め、黙り込んでみる。
未だにモゴモゴと抗議の声をあげ続けていた雪菜は、やがて原田が全く反応を示さなくなった事に小さな溜め息を漏らした。

「左之さん?」

とんとん、と呼びかける彼女の声もしっかりと耳には届いているのだが。
それでも、頑として瞳を開けようとしない原田に、雪菜は観念したのか、ついに胸元にかかっていた手の力を抜いた。
さらり、と自分の後頭部を規律よく原田の大きな手、それが彼がまだ起きているという事を物語ってはいるのに瞳は閉じられたまま。

「……、もぅ」

小さく悪態吐いてみても、彼の手は、自分の腰を抱き寄せる彼の手は微動だにしない。
どきどきと高鳴っているこの鼓動に、おそらく赤い顔を原田に見られないのがせめてもの救いではあるが。
ちらりと見上げた瞳を閉じた原田の余裕なその表情がどこか悔しくて。
普段は自分を女扱いするなと告げているのにも関わらず、こういう時だけ都合良く湧き出る女心という矛盾に、雪菜は息をゆるゆると吐いた。
原田が気をつけろと言った意味は、本当は理解している。
それをあえてあんな風に答えた自分の事も、結局は原田全部お見通しなのだろう。

「、今だけだからね」

ぽつりと呟いて原田の胸元に顔を寄せて、全く収まりそうにない胸の高鳴りを落ち着かせる様に瞳を閉じた。
ぽん、ぽん、と撫でていた頭が、それに反応する様にやがてぎゅっと力がかかる。
わかった、という彼なりの返事なのだろうか、すっかりと自分を抱きしめてしまった原田に、起きたらどんな小言を言ってやろうか等と思惑を巡らせながら。
それでも、原田の匂いを胸いっぱいに吸い込んで行くうちに、そんな事を等どうでもよくなってしまった。

心地いい彼の香りと、腕。
そしてトクトクと響いて来る規律正しい彼の鼓動に耳を傾けながら、いつの間にか収まってきた胸の高鳴りに気付く間もなく、意識をゆっくりと手放した。




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左之さんて滅多に顔に表情宿さなさそうですよね。
本編監察×左之さんの、付き合う前のお話、てことで。
私の中で新八は横になって10秒で寝れる人なイメージが。
ぐうぐう鼾かいて、さぞ気持ち良さそうに。

起きた後の二人は、またいつか。

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