薄桜鬼-江戸- | ナノ
 









「お前の好きな団子、買ってきてやったぞ」
「え、ほんと?」
「あぁ、ちょっと待ってろ、茶入れてきてやっから」

開けっ放しの襖から雪菜が自身の忍び装束を繕っているのを覗き込むと、原田は片手に団子が入っている袋を雪菜へとちらつかせた。

「ついでに、俺のも縫ってくれっか?」
「しょうがないなぁ」

その言葉にお団子と引き換えね、とにっこりと微笑むと、しばらくして二人分のお茶と、隊服を抱えた原田が雪菜の隣に腰を掛けてきた。
霰の香ばしい香りと、少しの団子の甘い香りがすぐに鼻をくすぐり始める。
つかの間の平和、取ったところだろうか静かな屯所の昼下がりに、原田はずっ、と茶を啜りながら縫い物に視線を落としている雪菜を横目にチラと見た。
さらり、と横に流れている彼女の漆黒の長髪は、同じ黒い色をしているにもかかわらず、土方のと似ているようでまた違う。
そっと一房手に取ってみると、驚くほど柔らかくその髪の毛は原田の手の上を滑り落ちた。

「んー?」
「綺麗な髪だなって思ってよ」
「土方さんには負けちゃうけどね」

そんな原田のちょっかいにも雪菜は視線は布地に落としたまま、くすくすと笑いながら器用に布地の上で手が動いていく。
やがてぷちんと糸を奥歯で噛み切り、程なくして原田の隊服もあっという間に繕われてしまった。

「今日は、やけに屯所が静かね」
「あぁ、みんな巡察やら何やらで出払っちまってるからな」
「そっか。たまにはこういう静かな昼もいいかもね」

隊服を畳み終えてから少しだけ冷めたお茶に手をつける。
固まっていた肩を解しながら差し出された団子の串を頬張って息をふわりと吐きながらもちもちとした触感を楽しんでいると、ホッと抜けた空気に自然と笑みが溢れてくる。
ゆっくりと団子を楽しんでいればふと、原田がごくりと団子を飲み込むと同時にぽつりと口を開いた。

「なぁ、お前は全部、戦が終わったらどうするつもりだ?」
「うーん……?もうずっとこうだから、戦が終わるって事がイマイチよく分からないけど」
「確かになぁ」
「全部終わったら、かぁ」

自分が手にしている団子の串を見つめながら、そして静かな中庭にゆっくり視線を送る。
どこからともなくやってきた鳥が2対、離れの木の枝に静かに舞い降りたのが雪菜の目に飛び込んできた。

「美味しい甘味処がたくさんある、少し田舎にでも行こうかな」
「……お前らしいな」

でしょ、と微笑んだ雪菜に、原田は残りの団子を口に投げ入れながら一緒に茶を流し込んだ。
どうしたい、と問われてもこれといった夢というものは頭に過ぎらない。
少しずつ流れていく時間に新撰組としての立ち位置も変わってきているのは雪菜も、また原田も気付いている。
もうすぐ何か大きな事がおこる、それが何かはわからないが確実に変わっていく毎日に不安を覚えることだって度々あるが、だからといって逃げるなんて事は毛頭選択肢には無い。
仮に原田が問うたように、全て事無く終わったとしたら――どこかでのんびり、こうして"二人"でお茶をすする毎日もありかもしれない、と雪菜は手元に視線を落とした。

「お前の、その夢に、よ」
「うん?」
「俺は入ってるのか?」
「……、どうかな」

そんな事を考えていた矢先に問いかけられた言葉に、思わずぷっと噴出しながらお茶に口をつけてみると、すぐに原田が訝しげに眉間に皺を寄せる。
その反応が自分の予想していたものと全く同じなのが面白くて、雪菜は口元に笑みを浮かべたままわざとらしく肩をすくめてみせた。

「だって左之さん、女の人に人気あるから、平和な毎日送れなさそう」
「何言ってんだ、どっかの監察さんも男からの文が絶えないって聞くぜ?」

あえてからかいの言葉をかけてみると、間髪入れず言葉を投げ返してきた原田に、肩すかしを食らったように雪菜は目をぱちりと瞬かせてしまう。
誰にも見つからないようにこっそりと隠し、処分していた筈なのに、この男はいったいどこからそんな情報を仕入れてくるのか。
ああ、やっぱりこの人には何一つ隠し事なんて出来ない、と雪菜は苦笑を浮かべた。

「俺を甘くみんなよ?」
「もぅ」

そっと視線を縁側へと戻すと、相変わらずチチと鳴く鳥達が楽しそうに枝の上を飛び跳ねている。
自然と終わってしまった会話に雪菜がふと、雪菜が湯飲みを手で遊んでいると、原田の真剣味の帯びた声が耳に届いた。

「……俺は、お前と二人でこれからも歩いていきたいって思うぜ?」
「私なんかと?」
「お前が何と思おうが、俺にとっちゃ雪菜は最高の女なんだよ」
「……左之さん、褒めすぎ」
「思った事言ってんだ、何も間違ってなんかねぇだろ」

少し拗ねた様に原田はその場にころりと寝転がり、少しだけ淡く頬を色づかせた雪菜の膝の上に頭を置く。
すぐににさらり、と髪を撫で始めた雪菜のその手に気持ち良さそうに目を細めて、その姿を改めて下から見上げると、視界に飛び込んできた彼女の瞳はゆっくりと笑うように細められた。

「……ずっと傍にいてくれるの?」
「あぁ、ずっとだ。覚悟しとけよ?生まれ変わっても探し出してやるから」
「生まれ変わっても?」

少し可笑しそうに笑う雪菜に、原田が当たり前だと言わんばかりでくつくつと喉を鳴らして笑うと、髪を撫でていた彼女の手が自分の頬にまで落ちてくる。
するする撫でる雪菜の手が心地よくて、原田もまたすっかりと伸びきってしまった頬を隠す事無く、下から雪菜の顔を見上げた。

「おう。もうずっと、雪菜だけだ。次の時代でも、俺らは絶対巡り逢うから」
「もし、左之さんが女に生まれ変わってたら?」
「それなら雪菜は男か?」

それも楽しいかもな、と笑いながら原田は頬に落ちていた雪菜の手を自身の口元へと持っていくと、そこへちゅっと小さな音をたてて雪菜の指先に唇を落とした。

「ありがとな」
「なんで左之さんもお礼言うの」
「俺の傍にいてくれて」

お互いに顔を見合わせてみると照れが胸を過ぎるが、それでも嬉しという感情のほうが大きく込み上げて、雪菜はそっと原田の額に手を翳した。
ゆっくりと額を撫で始めた雪菜の手に、原田は柔らかい笑みを浮かべたままそっと瞳を閉じる。
少しだけまだ肌寒い風が、開けっ放しの扉から入ってくるが今は特に気にならない。
程なくして、静かに聞こえてきた原田の寝息に、翳していた手を解いて雪菜はもう一度ふっと笑みを漏らした。

その綺麗な紅い髪に手を通し、胸元に置かれている手に触れる。
自分の事をこれ程までに愛してくれるこの男が、ひどく愛おしい。

「ずっと、一緒ね」
「あぁ、ずっと一緒だ」


+



「雪菜、左之さん知らね………ぁ、」

しばらくぼんやりしていると、ぱたぱたと駆ける足音と供に、平助がひょっこりと顔をだした。
思わず、しぃっと口元に手をあてながら雪菜は小さく微笑むと、平助は少し頬を赤く染めながらも雪菜と、膝の上で無防備に寝息を立てている原田を交互に見つめること数秒間。
そして雪菜と同じように、平助も、しぃっと人差し指を口元に当て小さく笑うと、そっとその場を後にした。




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ほのぼのとした休息の一こまを書きたくて。
ふふ、学パロへと続く前の二人って事で。

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