ゆびきり 「あれ、二人して何やってんの?」 「平助くん」 昼食の片付けはもう終わったが、まだ夕食の準備には早い。 そんな中、ちょうど午後の昼下がりに良さそうな匂いにつられて中をひょっこりと覗き込んだ藤堂は、千鶴と原田の姿を見つけた。 「ちょっとな」 目だけをちらりと藤堂に送った原田は、再び視線を手元に落とす。 少し大きめの、それでも形がましな大福を三つ手に取ると、それを小皿に並べた。 「よっし、できた。ありがとな、千鶴ちゃん」 「お役に立てて光栄です。あとは片付けておきますから、原田さんはどうぞ行ってください」 「おいおい、いいって。世話になったんだし、これぐらい俺が片付けるからよ」 「大丈夫です。先にもっていってあげてください。」 にこり、といつものように優しく微笑む千鶴に、原田は鍋にかけた手を止めて暫く千鶴を見つめた後に”悪いな”と苦笑を漏らしながらその手を引っ込めた。 そのまま空いた手で急須に入れて蒸らしておいたお茶を、湯のみと一緒にお盆に載せる。 「え、何、それ左之さんが作ったの?食えんのかよ……って!痛ぇっ!」 何やら珍しい原田の行動に肩眉をあげて、彼の手にしたお盆を興味深そうに覗き込んで手を伸ばそうとしたその瞬間、すかさず頭に大きな一撃が頭に振ってくる。 あまりの激痛にその場にしゃがみ込んだ藤堂が涙目になりながらも威勢良く、一撃の犯人である原田を見上げると、彼は涼しい顔をして顎で勝手場の中を指した。 「お前らのはあっち」 「なんだよ、殴ることねーじゃん!」 ぶつぶつと聞こえるその言葉をしれっと受け流して、原田は千鶴にもう一度声をかけてからその場を出て行ってしまった。 そんな二人の様子を傍らで苦笑を漏らしながら見つめていた千鶴は、頭を摩りながらようやく腰をあげた藤堂に大皿にと取り分けた大福を一つ、手にとった。 「平助君達のは、ちゃんとこっちに取ってありますから……ほら」 「左之さんも言葉でそう言えばいいのに……、って、じゃあ左之さんが今もってったやつは?」 「ほら、先ほど戻ってこられたじゃないですか」 差し出された大福をさっそ千鶴の手から受けとり、それを頬張りながら首を傾げた藤堂に、千鶴は楽しそうに笑みを浮かべてみせる。 その笑顔を受け止めながら藤堂はごくりと大福を飲み込むと、ぽんっと思い出したように手を叩いた。 「あ、そっか。雪菜が一週間ぶりに戻ってきたんだっけ」 その言葉にこくりと嬉しそうに頷いた千鶴に、藤堂は手についた粉を指でぺろりと舐めながら、罰が悪そうに大肩を落とした。 今から隊士達の部屋にもっていくのだろうか、湯飲みを棚から出し始めた千鶴を手伝いながら藤堂はため息を一つ。 「左之さんのそういうとこ、俺、一生叶わない気がする」 がっくりと肩を落とす藤堂に、千鶴はくすり、と可愛らしい笑いを漏らした。 + 「うーっす、雪菜いる、」 「ひっ……!」 ほとんど力任せに勢いよく開けた襖に、雪菜はびくりと肩を竦めて素早く後ろを振り返る。 足元には脱いだばかりの着物が散らかっており、ちょうど帯を巻こうと両手を上げた状態だったにも関わらずに開いてしまった襖。 お、等と嬉々な声をあげて早々に襖を閉めた原田に、雪菜は入ってきた人物が原田でよかったと少しばかり安堵したが、それでも自然と眉間に皺を刻み込でしまう。 そんな彼女の無言の訴えに、悪ぃと苦笑しながら、端の机にお盆をのせると、慌てて帯を巻こうとした雪菜を、その長い腕の中に背後から易々と収めた。 「もう、開ける時はいつも声かけてって言ってるでしょ!」 「わーるかったって。……おかえり、雪菜」 「左之さんっ!」 腕の中から小言を漏らす彼女に微笑みながら髪の毛に唇を落とし始めた原田には、小言なんて届いていない。 するすると雪菜の胸元へと手を滑り込ませた原田は、彼女が抵抗とともに込めた力にその腕を納め込もうとして――はたとその動きを止めた。 「おっと、今の目的はこれじゃないんだな」 ちゅ、と不満そうな彼女が振り返ったのを良い事に今度は唇に口付けを落とし、ぱっと力を緩めて体を離した。 その彼の行動が”いつもと違う”事に探るような視線を送った雪菜に原田は苦笑を漏らして、今しがた自分が解いてしまった彼女の帯を簡単に締めると、そのままそこに座るように両肩を押さえ込む。 すとん、と綺麗に正座をした雪菜は尚も訝しげに原田を見上げており、その不満に口を開こうとした彼女の前に、持ってきていたお盆を畳の上に滑らせた。 「大福?どしたの?これ」 「作った」 「え、これ?作った、って……左之さんが?」 「おう、ちょっと歪なのは勘弁してくれな」 予想だにしていなかった彼からの返事に、雪菜はぱちぱちと瞬きをしながら原田と、そしてたった今目の前に差し出されたお盆を交互に見比べてて小首を傾げた。 確かに、言われてみれば少しだけ歪んでいる形が、手作りだという事を物語っていて原田から告げられた言葉が嘘ではない事は確かだが。 「えっと、食べて…いいの?」 「おう」 「じゃあ……いただきます」 どこか急かすような彼の視線を受け止め、両手をきちんと合わせてから一番上の大福を手に取り、少し控えめにぱくり、と口を付ける。 まだ少し温かいそれは”作り立て”を物語っていて、口の中で柔らかくとろけ、そしてふわりと少し甘い餡が疲れた身体にじわじわと染み込んでいくようだ。 もちもち、と片頬をふくらませてその感触を楽しんでいると、ふと、どことなく緊張した様子で原田がこちらの様子を伺っていた事に気付いて、雪菜はふっと頬を緩めた。 「、美味しい」 「そっか、よかった」 雪菜のその言葉に、彼の表情がようやくゆるりと緩んだ。 ほっとしたような笑みを浮かべながら、よっぽど緊張していたのか、思い出したように急須に入れたお茶を湯飲みに注ぎ始める。 「でも、どうしてまた急に?」 「いや、一週間も仕事で張り込んでたし、疲れてると思ってよ」 雪菜の目の前で胡坐をかきながら事も無げにお茶を注ぎ始めた原田に、雪菜は思わず視線とともに眉を上げた。 確かに疲れているのは事実だとはいえ、こんな出迎えをしてもらった事は今まで一度も無い。 「何か買ってこようと思ったんだがな。千鶴ちゃんが作れるって言ってたの思い出してな」 「そういえば、この前言ってたもんね」 ”それで頼み込んで教えてもらったんだ”と笑いながら原田も皿の大福に手をつけた。 まだ温かいそれは、冷たい時とは違った美味しさを放っている。 形は少し歪ではあるものの、味は千鶴の見立てたとおりの味になっており、現に目の前の雪菜もすでにぺろりと一つ食べ終わっている。 食っていいぞ、と最後の一つの乗ったお皿を差し出すも、雪菜は手に取ったそれをしげしげと見つめ、そして暫くしてから、その大福をそっと更に戻した。 「どうした?」 「いや、」 言葉を詰まらせ、同時に少し戸惑ったような表情を漏らした彼女に、味が合わなかったのか、等と探るような視線を向けた原田を敏感に察知した雪菜はふる、と首を横に一振り。 職業柄のせいか、人の視線や仕草を敏感に気付いてしまう自分に、原田が何か言葉を紡ぐ前に苦笑を漏らしながら口を開いた。 「ううん、すごく美味しいのは本当。だけど、だから。なんか……もったいなぁって」 少しばかり申し訳なさそうではあるが、それでも、雪菜はとても満足な色を顔に浮かべている。 お皿に置いてある最後の大福をもう一度見つめて、改めて雪菜は胸が暖かくなるのを感じた。 ――料理だってそんな得意でもない彼が、こうして自分の為に作ってくれた。 その事実がとても嬉しくて、だからこそ、この大福がとても大事で、愛おしい気持ちがつい溢れてしまう。 全部食べてしまいたい、それでも、残しておきたいという両方の感情に困ったように笑みを零した。 「せっかく左之さんが作ってくれたから、さ。全部いっきに食べてしまうのもったいないなぁって」 ”でも食べないとね”、と意を決したように雪菜は最後の一つの大福に手を伸ばして口元へと持っていく。 あーん、と口を開いたものの、しげしげとそれを見つめてやはりどこか躊躇っていた彼女に、原田はくつりと笑い声を漏らしてさっと彼女の手を途中で引き寄せて――大福にかじりついた。 「あああ!」 慌てて雪菜が手をひっこめた頃には既に時遅し、それは半分ほど形をなくしてしまっている。 悪戯な笑みを浮かべながらも、もちもちと口に頬張りながら”なかなか”なんて呟く原田に、雪菜は堪えきれずに泣きそうな声を上げた。 たかが大福、されど大福。なんていったってこの大福は自分のために原田が作ってくれたもの。 そう思うともったいぶりたくなる感情が――原田には伝わらないのかと雪菜が眉を下げた。 「ちょ、酷い!」 「食わねぇから、いらねぇのかと思って」 「もったいないからって、言ったじゃない!」 あーあ、と酷く顔をしかめて口を尖らせる雪菜に、より一層暢気に原田はけらけらと笑い始める。 その様子が更に雪菜の感情を逆撫でし、部屋に入ってきた時よりも深い皺を眉間に刻みながらも、雪菜は残りの大福だけは取られまいと思ったのかそそくさと口に押し込めた。 少し大きな最後の一口に、暫く口をもごもごさせていると、笑いがようやく収まった原田からぽんぽん、とあやすように頭を撫でられる。 その手をうざったそうに払い落とそうとした彼女の顔を覗き込み、ごくり、と大福を飲み込んだ彼女の口角をぺろり、と舐めた。 「粉ついてんぞ」 「……舐めたって許さないんだから、私の大福」 「んな拗ねるなって、悪かったって」 「私の”為の”大福」 彼が口角を舐めたという事はまるで気にしないかのように、雪菜は据わったままの瞳で原田を見つめた。 何かを訴えるようなその視線に、左之はわしゃわしゃと髪の毛を無理矢理撫で始める。 「わーったわーった、また作ってやるからよ」 「……本当?」 じろりと見つめ上げながらも、すかさず小指を原田の前に差し出す。 それが何を意味するのかなんて問わずもがな、原田は苦笑を漏らしながら自分の小指を雪菜に絡め取り、間もなくして手を揺らしながら、小さな声で、歌というよりかは呪文に近いように雪菜は早口で何かをぶつぶつと呟いた。 「絶対だからね?みたらし団子ね?」 「大福じゃねぇのかよ」 「もう指切りしたもんね?」 「わかったよ。いくらでも作ってやるから」 無事に帰ってこいよ、と小さく呟きながら、原田は空になったお皿を見下ろした。 ほんの小さな思いつきだったが、思っていた以上に雪菜が喜んでくれた、それがくすぐったくて嬉しくて。 慣れない料理に手間取りこそしたものの、やった甲斐があったというもの。 次はもう少し多めに作ろう、等と既に思考を巡らせながら、原田は目を細めて笑った。 **** バレンタイン夢!とはさすがに江戸では言えないので… ホワイトデーとかけてみました、というか左之さんに作ってもらおう!な夢でした。 実際、彼って料理以外と上手そう。 こう、”なんとなく”な適度な分量が分かる人っぽいと言うか。 >>back |