薄桜鬼-江戸- | ナノ
 




寝姿





縁側に座りながら、雪菜は手にしたみたらし団子にかじりついた。
隣では、藤堂が頭をぽりぽりと掻いている。

「そこまで言うことないと思わない?」
「いやー……」
「っていうか、寝てただけなのに」
「まぁ、なぁ」
「何よ、私、何か間違ってる?」

もぐもぐと口を動かしながら、不満気に雪菜が見つめると、藤堂は言葉に詰まりながらも雪菜と同じように団子の串にかじりついた。

「左之さんの言いたい事も分かるよ、俺だって」
「みんなだって、いつも昼寝してるじゃない」
「いや、まぁ、論点はそこじゃねぇんだけどよ」

参ったなぁ、とため息をついた藤堂に、雪菜はふんと鼻を鳴らした。
事の発端は、つい先ほど。
久しぶりの非番という事もあり、雪菜はのんびりと午後を過ごしていた。
昼食も終え、丁度温かくなってきた春の兆しに。
開けっ放しの襖から見える中庭を見つめながら、まどろみ、そして眠りに落ちた、のだが。
力強く不意に体を起こされたかと思うと、目の前にはため息と呆れ混じりの原田の姿。
何があったのかと聞けば、彼は一言、昼寝なんてするな、と。
訳の分からない彼の言葉に加え、眠りを妨害された雪菜が不機嫌に原田に噛み付いたのが先刻。
その抗議に、原田はただただ、ちっと舌打ちをして苛立たしげに部屋を出て行ってしまったのだ。

「そりゃ、まだ寒いし。風邪ひかないとは言い切れないけどさ」

私、健康児だし、と言葉を並べる雪菜に、藤堂は頬をぽりぽりと掻いた。
恐らく、原田が怒っているのはそれではない。
開けっ放しの襖の中を通りすがり越しに覗いたときの彼女の寝姿を、藤堂は思い出して僅かに頬を赤らめた。
寝相が悪いとは聞いてはいたが、普段は見えない白い足が太ももの辺りまで惜しげもなく晒し出され。
人通りも多い筈の廊下から簡単に中を覗ける雪菜の部屋の前を通って頬を赤らめたのは、自分だけではないだろう。
永倉など、あまりの動揺に中庭に足を踏み外し、千鶴に怪我の手当てをされていたぐらいだ。

「やっぱ開けっ放しで寝られちゃ、ほら、目の前を通るのもさ、気ぃ使うじゃん?」
「何でよ。平助とか、新八ちゃんなんて、いっつも廊下で昼寝してるじゃない」
「いや、俺らは別によぉ……」

長い髪の毛を揺らしながら慌てる藤堂に、雪菜は串についている三つ目の団子に口をつけた。
彼女からしてみれば、昼寝のどこがいけないのだと言わんばかり。
ここで太ももが見えていたことを告げれば、自分が見たと思われるし、等とぐるぐる頭に過ぎらせながら、藤堂はため息を漏らした。

「ほら、お前と左之さんて……、その、恋仲じゃん?」
「だから?」
「やっぱ、好きな女の寝てる所とか見られるの、嫌なんじゃねえか」

俺は見てないけど、としどろもどろに付け加える藤堂に、雪菜は意味が分からない、といった表情を浮かべて顔を顰めてみせた。

「お前だって、左之さんの褌姿を千鶴に見られたら嫌だろ?」
「なんで褌なの?」
「それは、だな……」

藤堂の言葉に、雪菜は今度は訝しげに眉を潜めた。
とはいっても、男所帯で生活をしていれば、彼らの褌姿はもう見慣れたもの。
そして彼らだって、自分が見ようが気にしている様子もない。
納得がいかない、と言うように、雪菜はごくりと団子を飲み込んだ。

「まぁ、左之さんだって悪気があったわけじゃ……」
「何か平助、左之さんの肩ばっか持ってる」

じろりと相変わらず厳しい視線を向ける雪菜に、藤堂は肩を落としてため息をついた。
これは何を言っても彼女は聞く耳を持たないのだろう。
胸中で、原田への同情を零しながら、藤堂はお茶を飲み干した彼女をちらりと見たその時。

「ぷ、お前。みたらし団子のたれついてるぞ」
「え、嘘」
「ほら、ここ」

振り向いた彼女の唇の少し上についている、その茶色い団子のたれ。
片手を伸ばして親指で彼女の唇を拭ったと同時に、突然感じた”気配”にぴたりと藤堂の手が空に止まった。

「ひぇーすけ?」
「あ、いや、その」
「何やってんだ」

彼の視線が自分の頭上に縫い付けられているのを追うように、それを追って上を向いてみると、そこにはいつものにこやかに笑う、原田の姿。

「こ、こいつの口にたれがついてたから、取ってたんだけど……」
「へぇ。で、それで、ソレどうすんだ」
「え、っと」

原田の問いかけに、藤堂は自分の親指についたソレを見つめて唾を飲んだ。
舐めてしまおうと思ってたその当初の予定を実行すれば、間違いなく自分は血を見るだろう。
ぞくり、と言い知れぬ圧力に藤堂は手についたそれを――悪いと思いながらも、目の前の雪菜の着物に擦りつけた。

「あ、ちょ!」
「おおおお俺、用事思い出した!行かなきゃ!」
「――――お前、さっき見たもんは、即効忘れろ。じゃねぇと、」

パキリと手を鳴らした原田に、藤堂は慌ててその場を立ち上がる。
何がヤバイなんて言葉にできないが、とりあえず全身に鳴り響く警戒音に藤堂は身の潔白を訴えるかのようにぶんぶんと、目の前の原田に向かって首を大きく左右に振った。

「お、俺何も見てねぇし!いや、まじで!じゃ、じゃあ、また後でな!」
「え、ちょっと、平助っ!」

あまりの動揺にすぐ隣の柱におでこをぶつけ、それでもその場を嵐のように立ち去った藤堂に、雪菜はぽかんとその後姿を見つめることしかできない。
一体何なんだと唇を尖らせていれば、暫くしてから原田が雪菜のすぐ横に座る布ずれの音が聞こえてきた。

「………」
「団子食ってたのか」
「誰かさんが昼寝なんてするな、なんて言ったから」

残りの団子を食べるのを諦めてそれを皿に戻しながら、雪菜は不満気に鼻を鳴らした。
その様子に原田はがしがしと頭を掻いてから、ため息を一つ。

「悪かったよ。んな意味じゃなかったんだ。……つかよ、お前気付いてないだろ」

未だにむすっとした表情で言葉無く自分を見つめる雪菜に、原田は重ねてもう一度め息を漏らす。
じっと雪菜を見つめてみれば、大分時間が経った後”何が”とようやく少しだけ上摺った声をあげる雪菜に原田は不満げに口を開いた。

「足、見えてたんだよ」
「は?」
「太ももまで、それはもう、豪快に」

この辺まで、と縁側から投げ出していた雪菜の太ももを着物越しにつぅっと撫であげてみれば、その指が上に上がるのに従って、雪菜の頬が赤く染まり上がる。
そして同時に、口の端がひくり、と引き攣ったように動いた。

「ちょ、え、うそっ……!」

かっと頬に熱が上がる雪菜に、やっぱ気付いてなかったか、と原田は項垂れるしかないが、先ほどとは立場逆転と言わんばかりに、じろりと雪菜を見つめた。

「惚れてる女の足が他の野郎の眼前に晒されて、何も思わねぇ程、俺はできてねぇんだよ」

そのまま、悪かったな、と呟いた彼に、雪菜は何か勢い良く言葉を紡ごうとして、一息つき――結局何も威勢のいい言葉は紡ぐ事はせずに、しゅん、と頭を垂れた。

「寝相悪いの、私」
「知ってる。だから、せめて次からは襖は閉めて寝ろよ?」

こくり、と無言で頷いた雪菜に、原田は苦笑を漏らしながらその小さな頭を撫でる。
誰か見たのかな、と呟きながら着物の襟と裾を手でしっかりと締め直している、そんな雪菜の耳元に唇を寄せて一言。

「今は俺しかいねぇから、締めな直さなくていいんだけどな?」

と、軽くその白い耳たぶに齧りついてみれば、彼女の体は面白い様に反応を示す。
今更ながら、羞恥に口をぱくぱくさせているその愛らしい姿を見やりながら、原田はにんまりと更に一言。

「なんなら、襦袢の中に俺の褌でも履くか?」

それなら安心だ、とひょうひょうと可笑しそうに笑う原田に、先ほどの羞恥の表情は何処へやら、原田の頬へと手を振り上げたかと思えば――綺麗な平手打ちの音が中庭に響き渡った。




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褌、履いてみるかと言わせてみたかったんです(何プレイだ
どうやら雪菜嬢はお気に召さなかった模様です←

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