小さな秘密 「こら、総司!動いちゃだめって言ってるでしょう」 「だって、雪菜ちゃん乱暴なんだもん。僕まだ禿げたくない」 「大丈夫よ、こう見えて私器用だから」 怒っているようで、それでいて笑っているような声色を含ませて、雪菜は沖田の髪に再び手を埋めた。 水に浸した手ぬぐいで、出来るだけそっと彼の髪の毛の一本一本を丁寧に拭き取っているのだが。 すっかりと溶けて絡み付いてしまった飴を取るのは中々容易な事ではない。 「こんな事なら巡察に行っておけばよかったかな」 「サボった総司が悪いんでしょ、自業自得」 笑いながらも文句を言い続ける沖田に、雪菜はくすくすと笑いながら手ぬぐいを桶の水へ浸した。 巡察があるにも拘らず、沖田が境内で”ちょっとばかし”昼寝をして居た昼下がり。 いつも鬼ごっこをして遊んでいる子供達が、総司を見つけて悪戯心からか、髪に飴をつけてしまったのだ。 それに気付かず昼寝を続けてしまった結果、巡察には間に合わず、そして髪には半分溶けた飴がべっとりとこびりついてしまったという訳だ。 何度か自分で試行錯誤をしてはみたが一向にとれないべたつきに、いっそ斬ってしまおうかと沖田が刀を抜いたのに声をかけたのが、監察の仕事から戻った雪菜である。 その瞬間、ちらりと今度は沖田に湧き出た悪戯心から、雪菜に処理をお願いをしてみれば、予想した通りの返答、”斬るなんてもったいない”、との言葉を雪菜から”引き出す”事に無事成功、その結果、今こうして膝の上に寝転がる事に”成功”したのだ。 「ねぇ、左之さんは?」 「誰かさんの隊の組長が居ないから、代わりに巡察に行ってるみたいよ」 「ふぅん」 「なぁに、用事でもあったの?」 別に、と意味深な笑みを浮かべ、沖田は体を動かして横寝姿勢から仰向けへと姿勢を変えた。 ごろり、と膝の上で急に動いてしまった頭に、思った以上に髪を強く引っ張ってしまい、雪菜は咄嗟に掴んでいた髪から手を緩めた。 「もー動かないでって」 「ごめんごめん」 雪菜の顔を下から見上げてみれば、相変わらず視線は自分の瞳より大分上の髪の中。 まじまじと見つめながら、それでも振ってこない視線を横目に沖田はふぁ、っと欠伸を一つ。 その様子にようやく視線を沖田の瞳へとちらりと下げたものの、雪菜は苦笑を漏らしながらもう一度手ぬぐいに水を浸した。 「もうちょっとだから、我慢してね。大方取れたから」 「ねぇ、雪菜ちゃんは、大人な人が好きなの?」 「うん?どしたの、いきなり」 しっかりと水をきってから、手ぬぐいを大きく広げていれば、下から聞こえてくる不思議な質問。 特に答える事はせずに、手ぬぐいを適当な大きさに折り畳みながら雪菜は返事の代わりに首を傾げてみせた。 「左之さんは、いつも落ち着いてるから思っただけ」 「何言ってるの」 髪全体に手ぬぐいをかけてぱさぱさとかきあげ始めながら、雪菜は少し意外と素直に感想を述べながら沖田の頭に両手をかけ始めた。 されるがまま、下からその行為を受けていた沖田は、頭を揺らしながらも疑問の視線を雪菜へと投げかければ、手ぬぐいの隙間からその視線に気付いた雪菜は目を細めて笑った。 「左之さん、大人に見える?」 「雪菜ちゃんよりかはね」 「へぇ、総司はそう思うんだ」 「違うの?」 沖田にしては珍しくぴくりと眉を動かしたその様子に、今度は沖田に対して少しだけ驚いた様に目を見開いた。 人の表情を読むのは得意であるが、沖田がこうして感情を自然と出すのは珍しい。 大方、自分の前では通用しないと既に悟っているのか、素直に驚いた表情を宿した彼の頭をもう一度かきあげようと手ぬぐいを裏返したその時。 「あれ、左之さん」 「え?」 下から雪菜を見上げていた沖田が、不意に声をあげた。 上目に見上げていたその視線を追って雪菜も視線を上げてみれば、案の定鮮やかな浅葱色が視界にすぐに飛び込んでくる。 そのまま隊服の色を追いながら顔をあげていけば、沖田の言葉通り巡察帰りの原田の姿に雪菜は頬を緩めた。 呆れたような表情を宿しながら、来た方向を考えると副長室への報告後と行った所だろうか。 「あ、おかえりなさい」 「総司、お前また巡察すっぽかしやがって。土方さんが怒り狂ってたぞ」 「あはは、ごめんごめん。昼寝してたらうっかり」 はぁ、とため息をつきながらも原田は部屋へと向かう仕草は見せずに、その場で隊服を脱ぎ捨てる。 適当にそれを手の中で丸め込むと、どか、っと雪菜のすぐ隣に腰を下ろした原田は、膝の上に暢気に寝転んだままの沖田を物言いたげに覗き込んだ。 「で?」 「何?あぁ、何で僕が雪菜ちゃんの膝の上にいるかって?僕の髪に飴がついちゃったから、取ってもらってるんだ」 「ほぅ、膝の上でか」 「そう、膝の上で」 原田の問いかけに、悪気のない声色を添えて返す沖田、そして雪菜もまた手を止める事なく沖田の髪をわしゃわしゃとかきあげ続けながら視線だけチラリと原田へと向けて軽く疑問符を投げかける。 沖田からの確信犯めいたのその瞳、そして雪菜からのそれを両方に受け止めてから、原田は面白く無さ気に鼻を鳴らした。 「んで、飴なんてついてんだよ」 「それは僕にもわからないよ。悪い子供達に聞いてくれなきゃ」 何だそれ、と苦笑を漏らす様子はいつもと一見何一つ変わらない雰囲気を醸し出してはいる。 それでも、原田が紡ぐその言葉の一つ一つに、沖田は面白そうに笑みを深めた。 「はい、できたよ総司」 「ありがと、雪菜ちゃん」 「ほら、さっさと土方さんとこ行ってこい」 暢気に膝の上から雪菜を見上げる沖田へと一蹴するかのように沖田の頭上でしっし、と手を振り翳した原田に、沖田はよっこらせ、ともったい振りながらもようやく雪菜の膝から頭を上げ、雪菜へと何か言いたげに視線を送った。 その視線に、―原田に見えないように―雪菜もまた、うっすらと口元を緩め微かな肯定を告げると、沖田は満足気にそれに瞳を細めた。 「本当だ、べとべとじゃなくなってる」 「一応今日の夜もしっかり洗ってね」 沖田が髪を撫で付けるながら感触を確かめるように、何度か後頭部や襟足へと手を伸ばしている様子を見守る雪菜の後ろで、原田面白く無さげに琥珀色の瞳を細めた。 顔にはいつもの表情を貼付けてはいるが、原田のその視線に感じ取った”何か”に沖田が口角を少しだけあげて見せ ると同時に、原田は苦笑に似た溜息を漏らしながらも、瞳の色だけを変えて沖田へと射抜くような視線を送った。 「お前、まさか全部計算の上じゃないだろうな」 「やだなぁ、何言ってんの。僕に威嚇しても何もないよ、左之さん」 「お前相手じゃ張り合いがねぇな、ったく」 「じゃあ、僕は土方さんに怒られてこようかな」 くすくすと”面白いものが見れた”と言わんばかりに沖田は大きく伸びをしてからひらひらと手を降ってその場を後にし始める。 その背中に、原田はふん、と鼻を鳴らし見送りながら、手ぬぐいと桶を持って立ち上がろうとした雪菜の肩を上から押さえこんだ。 「待て、何処行くんだ?」 「ん?片付けてこようかなって、これ」 膝の上においた桶と、うすらと飴で汚れているその手ぬぐいを雪菜と供に見下ろして暫く。 原田はその桶を受け取ると自分とは反対側にそれを再度置き直した。 「………、俺も」 「うん?」 「俺も、膝枕」 「へ?」 一連の流れを見ていたとはいえ、まさかの彼の言葉に思わずぽかん、とした表情で原田の顔を見上たが、既にそこに彼の姿はなく、同じくして膝にかかる重たい感覚。 その素早い動作に目を瞬かせて原田を見下ろすと、こちらは見上げずにあえて中庭に視線を流す原田の横顔が目に入った。 「、どうしたの?」 「……」 「なぁーに、もしかして、嫉妬しちゃったの?」 くつくつと、漏れ出る笑いを堪えながら原田のその横顔の頬に手を添えてみれば、少しばかり気まずそうな表情を一瞬宿した原田はそのままじっと中庭を見つめたまま返事は紡ごうとしない。 もともと非番だと聞いていたし、この様子だと今日の隊務はおそらく終わったのだろう。 ゆっくりと返事を待つか、と頬にかかっていた彼の紅い髪をそっと手で避けていれば、暫くしてぽつりと原田が言葉を漏らした。 「悪いか?」 「悪くはないけど、珍しい」 「別に俺だって、嫉妬くらいするさ」 へぇ、っと目を細めて笑う雪菜に気付いたのか、原田は少しばかり不満そうに体を揺らした。 そして雪菜の膝をぽんぽんと手で叩いてから、少しだけ抱え込むように雪菜の膝を寄せて一言。 「ここ、俺のなんだよ」 その発言に堪えきれずに思わず、ぷ、っと吹き出した雪菜に、原田は”何だ”と不満そうにこちらを一瞥した原田に慌てて、ごめん、と笑いながらも謝りながら、落ち着かせるようにその紅い髪をそっと撫でた。 落ち着いている人だとは思うが、こうしてたまに、まるで子供のような独占欲を示す彼の事を知っている人はもしかしてほとんど居ないかもしれない。 別に彼自身も意識している訳ではないだろうが、いつも人の事を考えているという印象が強い分普段はそれが表立つ事があまりない。 自分だけが知っているという小さな秘密に、雪菜は少しばかりの優越感に口元に自然と笑みが溢れた。 「明日、時間できたら一緒に甘味処一緒にいこうね」 「ん」 少しだけ落ち着いた響きの返答に、雪菜はさらさらと彼の頬を撫で続けていれば。 そのままそっと、瞳を閉じようとした原田に気付いて、体を慌てて揺すり起こした。 「ちょっと、左之さん。今寝ちゃうと夜寝れないよ?」 「、知ってる」 「じゃあほら、起きないと」 ぺちぺち、と軽く頬を叩いてみれば、彼の大きな手によって簡単に片手を取られてしまった。 しっかりと、どこか大切に握りしめたまま原田は片目をちらりと雪菜に向けて、口を開く。 「今夜、出てくんだろ?」 「うん、ちょっとだけね、すぐ戻るつもりだけど」 「だから、いいんだよ」 そして再度瞳を閉じてしまった原田に、相変わらず手は取られたままではあるが雪菜は頬を穏やかに緩めた。 恐らく自分が帰る深夜、早朝に近い時間まで待っているつもりなのだろう。 あれ程いつも、待たなくていいと言ってはいるものの、好きでやってるんだ、と言い張る彼にいよいよ雪菜も折れてしまったのはいつの事だっただろうか。 「少ししたら、起こすからね」 「あぁ、頼む」 しっかりと握られたその手に視線を落とし、そして自分の膝の上で瞳を閉じた原田の髪をもう片方の手で撫でながら、遠くに聞こえる土方の怒声と、沖田の暢気な笑い声に耳を澄ませながら投げ出された原田の隊服を畳みはじめた。 **** 左之さんのキャラが崩壊してませんか…! あれ、ごめなさ…。 いや、でも、たまにはこうして小さな主張もすると思うんです、ぉ。 >>back |