猫のあやし方 「左之さん、……寝てるの?」 珍しい光景もあるものだ、と雪菜は目の前ですやすやと寝息を立てる原田を見つめた。 いつもなら中庭でまどろんでいても誰かがくると機敏に反応する筈なのだが、今日に至っては目の前に雪菜がやってきても瞳を開く事はない。 器用に柱に背中を預けて頭を落とす原田を見下ろして、ふと胡坐をかいた足を見下ろした。 「にゃんこ?」 袴の色とは全く違う、茶色い色。 よくよく見て見れば尻尾を規則正しく揺らしながらすやすやと原田同様に寝息を立てている三毛猫の姿。 沖田なら有り得るかもしれないが、と何とも微笑ましい珍しい構図に雪菜は口元を緩めてその姿に近づいた。 そっと触れてみれば、猫はぴくりと体を一瞬揺らしたけれども、優しく撫で付けてみればゴロゴロと気持ちよさそうな声をあげ、小さく欠伸を漏らした猫に雪菜は原田の隣へとそっと腰を下ろした。 「そこ、あったかい?」 問うてみても、もちろん返事なんて返ってくる事はないけれど。 暢気に尻尾をぱた、ぱた、と揺るがせる猫の頭を親指で撫でつけて、雪菜はその毛並みを楽しんだ。 暑すぎず、寒すぎず。 今が一番いい気候かもしれない、柔らかな日差しが降り注ぐ中でまるで特等席を見つけた様な猫。 きっと袴が太陽の暖かさを吸収して気持ちがいいのだろう、と思うとどことなく羨ましい。 相変わらず寝息を立てていた原田を横目に、膝枕、何てした事はあってもされた事はないな、なんてふと笑みを零していれば。 「わ、っと……」 不意に飛び起きた猫が綺麗に弧を描いて隣に腰かけた雪菜のひざの上へと飛び乗ってきた。 丁度太ももの辺りで座り心地の良い場所を探すように数回足踏みをして、程無くして猫は一鳴き漏らして雪菜の膝で丸くりなる。 まだ子猫程の大きさの全身を撫でてやれば、再び落ち着いた様に瞳を薄らと閉じていく。 「……飼いたい、なんて土方さんが許してくれないだろうけど」 屯所を空ける機会も多い自分には猫の面倒なんて見れないだろう。 そもそも、鬼の副長がそれを許すわけも無い。 提案してみれば即斬られるな、なんて苦笑を漏らしながら雪菜はふと手をとめて隣の原田へと視線を流した。 くたり、と顔を落としている原田の寝顔を少しだけ覗き込んでみれば目に入るのはあどけない寝顔。 「そろそろ起きちゃうかな」 原田の寝顔を見るのはこれがはじめてではないけれど。 普段見せる大人な顔立ちとは反して”少年”のようなその寝顔は雪菜のお気に入りだったりする。 まじまじと女の自分が羨ましくなるほど長い睫毛を覗き込みながら雪菜は胡坐をかく袴にそっと手を伸ばして原田の太ももを撫でた。 「お化粧したら、美人さんいなりそう……」 ぽつりと呟いておきながらその姿を想像してしまい雪菜は自身で笑みが漏れるのを感じた。 長倉あたりなら厳しいかもしれないが、原田や藤堂なら意外といけるかもしれない。 女の自分が羨ましくもなってしまうその綺麗な肌にそっと手を伸ばしてみれば。 「ん、」 「あ、起きた?」 「、、雪菜?」 「、へ、ひぁっ!」 さすがに異物を感じたのか、ぴくりと顔を顰めた原田に、少し残念に思いながらも声をかけてみる。 反射的になのか、頬に触れていた手をぐいと掴まれてしまい、力強く引き寄せられてしまった。 突然の動きに雪菜の膝の上に居た猫も驚いた鳴き声をあげたが瞬間的に着物の上で爪を立てたのを感じて慌てて猫を宥める様に両手で抑え込んだ。 「び、び、っくりした……!」 「んー……あったけぇ」 「左、左之さん?」 膝の上になんとか抱えなおした猫とは別に、自分を背後から抱きしめた原田の声が頭上から振ってくる。 猫を膝の上から落とさない様に硬直した雪菜の気など知る由もなく、まどろんだ風な彼の声色におずおずと顔を上げようと首を捻ってみれば、雪菜が見上げるよりも早く、原田の抱きしめる腕が強く閉まったのを感じた。 「お、起きた……?」 「ん、はぁ……寝てたのか、俺」 「うん、すやすや寝てたよ、珍しい。……疲れてた?」 くぁ、と豪快な欠伸を漏らす原田の様子に半ば落ち着きを取り戻せた自分にホット胸を撫で下ろしながら、雪菜は膝の上に爪を立てて居座る猫の頭を安心させるように撫で付けた。 「いや、んな……。そろそろ帰ってくるかと思って待ってたら、ついな」 「せっかくの非番なんだから新八ちゃん達と出かけたらよかったのに」 「”せっかくの非番なんだから”、雪菜と過ごそうと思ってな」 少し掠れた、まだどこか眠たそうな声。 背後から抱きしめられているせいでその表情はわからないけれども、自分の腹部に絡みつく原田の手に自分の手をそっと重ねた。 いつもより温かいのはこの日差しのせいか、それとも寝起きのせいか。 重ねた指を絡め取る原田の指に合わせて雪菜も指を遊ばせた。 普段なら人目のつく場所でこんな事するのは恥ずかしいけれども、誰も目に付かない今なら少しぐらいはいいかもしれない。 第一、離してと言っても原田が離すとは到底思えないし、と雪菜は膝の上ですっかり起きてしまった猫の頬を人差し指でくすぐった。 「おー……、そいつまだ居たのか」 「あれ、気付いてたの?」 「あぁ、俺がここでゆっくりしてたら寄ってきてな」 「二人とも可愛い寝顔で寝てたんだよ」 思い出す朗らかな光景にくすりと笑みを漏らしてみれば、指を絡めた原田の反対側の手が太ももにうずくまる子猫を少し乱暴に撫で付けた。 それを嫌がることなく受け入れてるあたり、猫にとっては丁度いい強さなのだろうか。 ゴロゴロと低い音を鳴らす猫に、原田からもふと微笑みを漏らす音が聞こえた。 「何か、こうしてるとよ」 「うん?」 「俺らの子供が産まれた時の事、考えちまうよな」 「へ?」 突然告げられた言葉の意味を雪菜が理解するよりか早くに、腰に巻きついていた原田の手が更にきつく閉まった。 ぴったりとくっついた背中に感じる温かい原田の体温、このままの姿勢では顔を上げることすらままならない。 「ほら、こうして俺が雪菜を抱きしめて。お前が子供を抱きしめて」 「な、なに言って、」 「いつか、そんな日がくればいいな、って思って」 首元に感じる温かい熱と、さらりとくすぐりながら視界に入る紅い毛先。 自分を大事に大事に抱え込んでいる風の原田にとくりと跳ねた鼓動に、問いかけに、雪菜は震える息を漏らした。 自分と原田の将来を考えなかった訳ではない。 それが新撰組に身を置く自分達にとっては夢物語に聞こえる事も承知ではあるけれど。 だけど、何となく原田のまっすぐな問いかけが、未来の彼の隣に自分がいると当たり前のように告げられたかの言葉がくすぐったくて。 思わず黙り込んでしまうと、原田の鼻先が雪菜の耳元を数回往復した。 「男と女なら、女がいいな」 「、そ、そう」 「……嫌か?」 かっと熱くなってしまった頬が原田に見られないのはせめてもの救い。 それでも恐らく自分の顔が真っ赤にそまっている事ぐらい原田にはお見通しなのだろう。 現に、歯切れ悪く答えた雪菜の言葉にも、不安色を一切漂わせずにむしろ楽しそうに問い直してくるのだから。 「ほ、ほら、私達まだその、こいびと、だし」 「あぁ、もちろんケジメはちゃんとつけてからだけどな?」 「け、けじめって」 「そ。ちゃんと待ってろよ?」 くつくつと笑う原田の低い笑い声に、雪菜は恥ずかしさからわしゃわしゃと猫の頭を撫でて見せればついに猫は不満そうに鼻を鳴らして雪菜の膝から飛び降りてしまった。 地面の上で大きく体を伸ばした猫は一鳴きもすることなくそのまま屯所の外へとのろのろと歩き出す、その後ろ姿に雪菜は肩を落とした。 「あーぁ、雪菜が照れるから」 「さ、左之さんがそんな変な事言うからっ!」 「変な事じゃねぇだろ?」 でも、と口篭って雪菜は両手を頬に翳してみれば、猫が居なくなって幾分か自由になったのか原田が解かれた雪菜の顎をくいと掴みあげた。 大きな手にすっぽりと掴まれてしまった顎をそのまま軽く横へと向けられれば、首元に顔を落としていた原田の瞳がちらりと視界に入り、咄嗟に雪菜はその手を振り切って顔を逸らした。 「何だよ、こっち向くの嫌か?」 「い、今は駄目」 「何でだ?」 「は、はずかしいから!」 しっかりと両手で顔を覆っていやいや、と首を振るが熱は去ってはくれない。 更には腕の中に居る事すら恥ずかしさを助長してるように思えてしまい、無駄な足掻きだと思っていても体を捩って抜け出そうとすれば、案の定やはりそれは努力の甲斐もむなしく。 馴れた手つきで原田は面白そうに笑いながら意図も簡単に雪菜の体を自分のほうに向けてしまった。 「何照れてんだよ、今更だろ?」 「今更でも、照れるのは照れるのっ!」 「ほら、こっち見てみろよ」 「い、やっ!」 もはやここまでくれば意地にすらなってくる。 原田がそれでもしつこく雪菜の顎に手をかけて笑いながら顎を上げようとするその動きに、雪菜は目の前に差し掛かった原田のその手を避けるべくーーー噛み付いた。 「いっ、て!」 「お、女の子の顔を勝手に触ろうとした罰っ!」 「何も噛みつく事ねぇだろ……猫かお前は」 不満そうにそれでも笑う原田の声に、雪菜は恥ずかしさを消し去る様に一度引かれた指に牽制の意味を込めてそれを更に追いかけてみれば。 「んな、欲しいなら……ホラ」 「ん、っ……!」 もう一度指を引くだろうと予想していたのを全く持って裏切って、原田の指が口の中に差し込まれてしまった。 一瞬呆気にとられて腹だを見上げてみれば、その瞳は艶な色を微かに浮かべるだけ。 慌てて咥えた指を離そうと試みればすぐに、奥深く指が差し込まれてしまった。 「、っふ、」 「猫にしてはイイ声で鳴くんだな?」 ゆるゆると口内を掻き乱し始めた原田の指先。 降ってくる原田の艶を含んだ声色。 恥ずかしさをかき消す為だったのに、いつの間にか後ろ頭を押さえられて逃げる事すらできない。 官能が脳裏を過ぎる、それが雪菜の羞恥を更に煽ってしまい、必死で”咥えさせられた”指を何とか追い出そうと舌でそれを押し返してみるが、ざらりと舌の上を這い回る原田の指はなかなか口から出て行かない。 いい加減ぼんやりしてしまう頭を必死で保ちながら、雪菜がついにその指を思いっきり噛もうと歯に力を入れた――その瞬間。 「っと、危ねぇ、食いちぎられるところだった」 「ふっ、っ、な……っ」 乱れた息がひどく恥ずかしくもあるが、精一杯あっけらかんと笑う原田を睨み上げてたが、そんな雪菜の瞳を見返して軽く細めて笑う彼は何一ついつもと変わらない。。 その余裕がひどく悔しくて、そして警戒の意を込めて雪菜は原田からすぐさま体を離した。 「はは、怒ってるのか?」 「怒ってるに決まってるでしょ!」 「せっかく俺の”猫様”をあやしてたのに、な?」 「なっ……!」 先ほどまですやすやとあどけない表情を浮かべていた原田はどこに行ってしまったのか。 ひょうひょうと自分を玩具の様にからかうその仕草に少しでも”たまにはいいのかもしれない”なんて思った自分が今となっては憎らしい。 「私は猫じゃないもんっ、もうっ、左之さんなんてしらないんだからっ!」 「おい、どこ行くんだよ。」 「土方さんとこっ!」 逃げる様に体をあげてぺたぺたと廊下を四つんばいで離れる雪菜に原田はついに大きく噴出した。 顔だけではなく、指先まで真っ赤になってしまった雪菜はその噴出しが何を意味しているのか等簡単に分かるが故に余計に狼狽してしまい雪菜は頬を赤く染め上げた。 「何だ、今のヨかったのか、にゃんこ?」 「ち、ちがっ、ちょっと疲れただけっ!左之さんなんて土方さんに怒られちゃえばいいのよっ!」 ばーか、何て子供染みた言葉しか出てこない自分の語彙量不足を嘆きながらも何とか雪菜はその場に立ち上がり。 原田も雪菜にあわせて立ち上がったのには目もくれずに、震える足を押さえながら雪菜はその場を一気に駆け抜けた。 **** ちょ、うあ、何か、あれぇ^qqq^ おかしなオチになってしまった。 土方さんとこに雪菜嬢が泣きつく→左之さんがいじわるするんですっ! な、惚気的泣き言を漏らして廊下を走った事に雪菜嬢が雷落とされる的な。 だけど我が家の土方さんは雪菜嬢には甘いから、何だかんだで面倒みるんですよ^qq^ >>back |