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Mr.glass





比較的静かな談話室の窓際に腰をかけてどれぐらい経っただろうか。
雪菜は最後にコロンのマークをタイトルにつけて、羽ペンを机の上に文字通り手から滑り落とした。

「で、きた……!」

そのまま羊皮紙の上に頭を落とせば、目の前で未だ手を動かしていたシリウスの笑い声が耳に届いた。
ちらり、と机から視線だけ上げてみれば、彼は顎を片手を乗せたまま羊皮紙の上で未だに手を動かしている。

「悪いな、俺ももうすぐ終わる」
「……ごゆっくり」

灰色の瞳でこちらを見上げる雪菜を見やり、口元に笑顔を浮かべた彼は視線を元の手元へ戻した。
そのペン先が止まる事なく優雅に文字を作って行くのを暫く見つめて、雪菜は大きく息をついた。
1週間程かけて、資料を読みふけりながらようやく出来た自分とは違い、すっかり忘れていた課題に彼が手を付け始めたのはほんの数時間前。
雪菜が持ち合わせていた資料をぱらぱらと見ながら、恐ろしい程の早さでそれをこなし始めた上に"もうすぐ終わる"という先ほどの発言に、泣きそうになるのをため息で打ち消した。

「私が1週間かけてやった事を、数時間でなんでこなしちゃう訳……」

泣き言のように漏れでたそれに、シリウスは、んー、と曖昧な返事を返すだけ。
もう一度顔を横目に覗いてみれば、少し細められたその目は真剣に文字を書き並べており、珍しくかけている黒いフレームの眼鏡に、雪菜は気まずそうに視線を落とした。

「コーヒー入れてくるね」

そう言いながら机の上を適当に片付けて席をたった雪菜にも、相変わらずの生返事。
一度こう集中してしまえばなかなか返ってこない彼に、雪菜は苦笑を漏らし、談話室の隅にあるキッチンへと向かった。
いくつか並べられれているそのマグカップは、誰が誰のか大方検討はつく。
大量のそれらから自分の分と、シリウスの分を杖で抜き出して、それに常時してあるコーヒーを注いだ。
鼻孔をくすぐるその香りにふぅ、と息をついて両手にマグカップを持ちながら、再びテーブルへと戻ると、片手をついてペンを走らせていた彼は丁度、トンッと一度羊皮紙を叩き付けてそれを投げたところだった。

「よし、完了」
「お疲れさま」

大きく伸びをしている彼の手元には規定の枚数はゆうに超えているだろう羊皮紙が分厚く積み重ねられている。
全てクリアしながら、更に何やらよくわからない英単語が並んでいる表紙を一瞥して、雪菜は何度目か分からないため息を零した。

「シリウス、ずるい」
「何がだ?」
「頭良いの、ずるい」

むっと唇を尖らせながら拗ねた仕草をする彼女に、シリウスはくつくつと笑みを漏らした。
こきり、と首を鳴らしながら、欠伸を一つする仕草さえ余裕に見えて腹立たしい事この上ない。

「俺の課題なんて、うすっぺらいぞ。ちゃんと調べてるお前のに比べて」
「そうかなぁ。はい、どーぞ」

手にしたマグカップの1つを彼に差し出し、もう1つに口をつける。
ミルクとシュガーの入ったブラウン色の自分のコーヒーとは違い、彼のはブラック一色。
それにいつもの様に口を付けるシリウスを見下ろしながら、雪菜は机に置いてあった眼鏡を手に取った。
いつの間に外したのか、折り畳まれたそれをぷらぷらとかざしてフレームを指でつっとなぞる。

「ねぇ、どうして普段はつけないの?」
「別に、そこまで必要ないからな」
「ふぅん」

何か言いたげにそれに視線を落としてから机に戻して、雪菜は椅子には戻らずに、そのテーブルに腰をかけて足をぷらりと揺らした。

「お前だって、たまに眼鏡かけてるじゃん」
「まぁ、そうだけど」
「あれ、セクシーでいいよな」

にやりと笑うような彼の言葉に、思わず飲んでいたコーヒーが変な所に入ってしまった。
大きくむせながら咳を零した雪菜に、シリウスは背を苦笑しながら雪菜からマグカップを零さないように取りあげてその表面をにて顔をしかめた−−甘そう、と言葉を添えて。

「あぁ、そっか。そういう事」
「な、何?」

げほげほ、と未だにむせる咳を漏らしていると、背中をさする彼の手を感じる。
自分の左側で雪菜のその反応に暢気に笑いながら、シリウスは再び眼鏡を片手に取りあげた。

「同じ事、雪菜も思ってんのかなって」

そう告げて再び眼鏡をかけ、にぃっと上目に笑うその灰色の瞳。
熱く染まり上がってしまった頬はきっと今更隠しようが無いのだろう。
明確には答えずに無言でちらりと左目に彼を見るも、慌てて視線をそらした雪菜の耳にシリウスが喉で笑う音が聞こえてきた。

「何、こっちのが惚れる?」

同時に、ズっ、と椅子を退く音がしたかと思うと、机に付いていた自分の左手が強く引っ張られる。
崩しそうになる体のバランスを慌てて支えて顔を上げれば、いつの間にか立ち上がったシリウスが、自分を挟む様に両手をつきながら見下ろしていた。

「な、」
「ん?どうなんだ?」

思いっきり頬を染め上げている自分を見下ろす彼の声も、そしてその灰色の瞳もまた、面白そうな色を含んでいる。
不覚にもそれに胸がトクンと音を立ててしまったが為に、返す言葉が見つからずに雪菜は視線を泳がせた。

「ほら、雪菜?」

それを許すまいと、泳いでいる視線を固定するように、顎に手をかけて視線を捉えるのは彼なりの悪戯だろうか。
眼鏡越しに見る彼の、恐らく雪菜をからかう為であろうそのわざとらしい”真剣”な表情に、雪菜は出てくる言葉一つなくぐっと喉で音を詰まらせた。

「……き、嫌いじゃ、ない」

苦し紛れにでたその返答に、真剣に見つめていたその瞳は、暫くしてから今度は優しく緩められる。

「答えとしちゃ、イマイチだけど。まぁ、いいか」

等と笑いながら、くしゃりと頭を撫で付けてからリップノイズ付きのキスを頬に落とす彼に、雪菜は悔しそうに鼻を鳴らした。

「何よ、イマイチって」
「素直に好きって言ってれば、サービスしてやんのに」
「そ、そんなのいらな、」

くい、っと片手で眉間のフレームを押し上げたシリウスの仕草にも過敏に反応してしまう自分がつくづく悔しい。
何か言おうと口を開けるが、結局何も浮かばずに口をまた閉じてしまった自分を面白そうに見下ろしながら、シリウスは再び雪菜のおでこにかかる髪をそっとどけてそこに唇を寄せた。

「あぁ、でも」
「ん?」

ちゅ、ちゅ、とゆっくりとおでこから唇を落とし降りるシリウスは眼鏡に手をそっと伸ばし。
片手でそれを外したかと思うと、雪菜の胸元にそれを刺しかけた。

「やっぱりこっちの方が、キスはしやすいな」
「、ばか」
「何とでも」

くつくつと再び喉で笑い出した彼に、せめてもの嫌味を投げてみるが、やはりそんなものは効く筈も無く、冷たいフレームが触れていた頬に今度は彼の温かい手がかかってくる。
深い口付けをはじめた彼に、雪菜は諦めて胸元にかけられた眼鏡を強く握りしめた。




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に、日常が書きたかったんです…!
あれ、何か、眼鏡とか重点置く気もなか、たのに…
そしてそれが故の、中途半端!(うは






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