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would u be...




「ん、ぅ……」

小さく眉をひそめて身じろぎをする。
そのままもぞもぞ、と体を動かすと、ばさりっという音とともに肩の半分だけ急にひやりとした感覚がはしった。

「んー……、ぁ」

それに重たい瞳をゆっくりと開けてみると、ぼんやりと自分の腕が少しばかり暗い視界に入る。
片方が暖かい理由に、なんとなく察しがつき、それを落とさないように手で押さえながら机から体を起こした。

「寝てた……」

誰もいない図書館で、ぽつり、と一言呟く。
ここに来た時にはまだ太陽の光だけで本が読めていたのだが、今目が覚めて手元を見るとだいぶ薄暗い図書館になっていた。
完全に落ちた訳ではない太陽を窓から眺め、そして一度大きく伸びをする。

「ぁー……」

もやもやと、寝起き特有の感覚が体を取り巻く中、雪菜はゆっくりと教科書と羊皮紙をまとめた。
それから、半肩にかかっていたローブに当たり前のように手を通す。

「あれ?」

そこでようやく、今着ているローブがいつものものでは無い事に気がつき、だいぶ余った手元を見た。
いつもなら、ちょうどいいサイズで手首が見えるのだが、今日に限っては指先しか見えない。

「んー?」

ぼやぼやとした頭を叩き起こして、雪菜は一人ぽつりと呟いた。
いつもなら、図書館で寝こけた自分にかけられているローブは女物の甘い香りがするが、今日に限ってはそれがない。
ーーサイズも、かなりぶかぶかだ。

「リリー、成長期なのかな……」

そう、いつもなら図書館で寝こけた自分にローブをかけてくれるのは、リリーの役目。
毎度薄着で図書館で眠りこけている事を寮に戻ってから怒られるのだが、今しがた自分にかけられているローブのいつもと違う大きさに、雪菜は考えを巡らせたままとりあえず席をたった。

「ひぁ、」

突如、かさっとした感覚が首もとをくすぐり、ぴくりと体を強ばらす。
確実に触れた何かに慌ててローブの後ろ首に手を入れると、何やら紙切れが指先に触れた。

「びっくりしたぁ……」

破れた羊皮紙が手に入り、雪菜はそれを片手に取りペラリと裏返すと――

Would u be my Valentine?

そこには、走り書きのようなそのワンフレーズが書かれてある。
そうか、今日はバレンタインだったのか、なんて事実をようやく思い出し。
特に何も考えずに雪菜はその羊皮紙をくしゃりと手の中に納めようとした、その時。

「ようやく起きたのか」
「へっ!?」

不意に背後からかけられた言葉に、雪菜は先ほどより大きく体を縮めた。
誰も居なくなったと思っていたと思っていた予想が大きく裏切られる。

「しっかし、長い間寝てたな」

けらけら、と面白そうに笑うその声の主を振り返り、雪菜は一気に現実世界に引き戻された。
そこに居たのは、見間違う筈のない、シリウス・ブラックの姿。
雪菜の友人であり、そして長年の想い人でもある彼は、本を片手に少し後ろの本棚から顔をひょっこりと顔を出した。

「し、しりうす、居たの?」
「お前、顔に寝跡ついてるぞ」
「えぇっ」

慌ててごしごしと顔をこすろうとするが、いつもより長いローブの布が柔らかく頬に当たりーーそしてはた、と手を止めた。

「え、あ、こ、これ、シリウスの?」
「あー、そうだ。寒そうだったからな」
「ご、ごめんね……!」
「いいって。寮まで着とけ」

慌てて脱ごうとした雪菜に、シリウスは、自身の腕をまくり上げたままの腕を軽く広げた。
戻すのが面倒だ、とでも言いたげな彼の様子に、雪菜は脱ごうとしていたて手を止めて、そして少しだけ戸惑ったように手を下ろす。
シリウスのローブを羽織っている、と意識した瞬間に頬が熱くなるのを感じ、誤摩化すように慌てて自分の髪をなで付けながら。

「あ、」
「ん?どうした?」

そんな雪菜の様子を少し離れたところからくすくすと笑いながら、シリウスは本棚から数冊更に取り出すとそれを抱えた。
分厚そうなその本を片手で肩に抱えながら、雪菜のもとへと歩み始めた彼に、雪菜は握りしめていた羊皮紙の存在を思い出す。
しわくちゃになってしまったそれを、慌てて机の上で皺を伸ばそうと試みるが、小さい切れ端のせいでうまくいかない。

「ごめんね、これきっとシリウス宛だと思うんだけど……くちゃってしちゃった」

毎年バレンタインには多くの女子に追いかけられてはプレゼント攻撃を受け、それを交わすのに必死の彼の姿を思いだして雪菜は複雑な笑みを浮かべた。
彼女の居るジェームズはきっぱりと断り、そしてリーマスについては笑顔でいつもそれを受け取るのだが。
彼だけはシングルなのにも関わらず、いっこうに受け入れる事なく、ひたすら逃げ回っている為、毎年女子の攻撃も知恵を増してくるばかり。

「どれだ?」

いつの間にか目の前にやってきて机に腰掛けたシリウスに、雪菜は羊皮紙を気まずそうにもう一度その切れ端の皺を伸ばそうとしたその時。
彼がくっと喉で笑いながら、そっと雪菜のその両手に自分の片手を重ねてきたた。

「それ、読んだ?」
「よ、読んでないよ!大丈夫!」
「じゃぁどうして俺宛ってわかったんだ?」

悪戯な笑みを浮かべて自分を見下ろすシリウスに、自分が墓穴を掘った事に気付く。
そして彼によって押さえられている自分の両手に、心臓が破裂しそうな程大きな音を立て始め、雪菜はおろおろと手を引き抜こうと試みるが、彼の片手は思った以上に強く押さえられておりそれはあっけなく阻止されてしまった。

「……ごめんなさい、見ちゃった……あの、でも、大丈夫!名前とか見てないから!だから!」
「だから、何だ?」
「だから、お返事してあげて、ね」

おずおず、と言葉を漏らす雪菜に、シリウスは面白そうにその灰色の瞳を細める。
それすらかっこいいと見惚れてしまう自分が、今だけは心底恨めしくて雪菜は視線を伏せた。

「返事、か」
「……」

彼が、友達として自分と仲良くしてくれる、それだけで十分だと感じ始めて早数年。
一方で、バレンタインに限らず、毎回こうして彼のもとへ想いを寄せてくる女子生徒達を羨ましくも思うが、自分には想いを伝える勇気など到底ない。

「俺、バレンタイン、誰からも受けてないの、お前知ってるだろ」
「う、ん。そうだけど……。こうして、せっかく想い伝えてるんだから、返事してあげないと。それが礼儀だよ」
「んじゃ、返事聞かせてくれよ」
「へ?」
「この、返事」

そういって彼は雪菜の手を押さえていた手をどけると、雪菜の手の下から切れ端をすっと引き抜いた。
その素早い行動に、雪菜はぽかんと口をあけたまま目をぱちくりと数回しばたかせる。

「この字、見覚えねぇとは……、言わせぇぞ?」

散々課題写させてやったろ、と笑いながらぴらり、と自分の顔の前で羊皮紙を掲げる。
確かに、言われてよくよく見てみると、その走り書きの英語は非常に見覚えのある、――――――シリウスの字。
それでも、まだぽかんと言葉を無くしている雪菜に、シリウスは口元をあげてくつくつ笑うと、片方の手で目の前の雪菜の頭を引き寄せ。

「これ、俺からお前宛。―――――Would u be my Valentine?」

抵抗も無く引き寄せれた雪菜の頭に顔を寄せ、シリウスは低く囁いた。
少しだけ緊張の色が伺えるその声色と、彼の今しがたの言葉が雪菜の頭を反芻する。

「……、雪菜?」

暫く待ってみても、反応が返ってこない事に不安を覚えたように、シリウスはそっと雪菜の顔を覗き込む。
そして、雪菜の表情を視界に入れてから、ようやく少しだけほっとしたように笑みを漏らした。

「なんだ、嬉し泣きか?」
「……、ぅ」
「良い意味って取ってイイ?」

その言葉に雪菜はこれ以上無い程真っ赤に染まった頬と、今にも涙がこぼれ落ちそうな程真っ赤な瞳で小さく頷く。
頭を動かした事でぽろりと瞳から溢れ出た一筋の涙に、シリウスは困ったように、それでも嬉しそうに笑った。

「んな嬉しかったのか?」
「だ、って……」
「お前、毎年何もくれねぇしよ。俺に興味ないのかと思ってたっつぅの」
「嫌だったんだも…。ふられ、て……友達じゃ、なくなったら……」

ひっく、と嗚咽を漏らしながら言葉を紡ぐ雪菜に、シリウスは苦笑してそっとその頬の雫に唇を贈る。
かなり大きい自分のローブの端っこで、涙を拭く雪菜が、――自分の彼女が、ひどく愛おしい。

「何で玉砕前提なんだよ、ったく。こっちはこんなアピールしてんのに、いっつも何ともない顔しやがって」

軽く諌めるようにぽんぽん、と頭を撫でながら、髪の毛を一房手に取る。
彼とて、雪菜と同じく今の関係が無くなる事が怖かった、という事は今は棚に上げておきながら、恋い焦がれたその漆黒の髪を指で遊び――唇を落とした。

「ごめ、」
「雪菜?」

さらり、と呼びかけて、うさぎのような真っ赤な瞳で見上げた彼女を、嬉しそうに見つめ。
彼女の両手をとり、そして指先にまるでどこかのナイトのように口付けを贈り、もう一度囁いた。


Would u be my Valentine?

Yes,of course…… !




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Would u(you) be my Valentine=私のバレンタインになってくれますか=恋人になってくれますか。
バレンタインのらぶフレーズ。
そんな事言われた日には、赤飯です


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