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Not yet.





お母さんへ

こうして手紙を書くのも、これで3回目かな?
こっちに来てから、もう3か月も経ちました。
授業は大変だけれど、珍しい科目ばかりで、とても充実しています。
前の手紙に書いた、新しいお友達とも毎日楽しくやってるよ。
同室のリリーは、同い年には見えないぐらい大人びてて、良いお姉さんって感じかな?
他には、ジェームズ、リーマス、シリウスって人達とも最近は仲良くしてもらってるの。
特に、シリウスはすごくカッコよくて、学園のアイドルみたいな人でね。
イギリスの人だからかな、何をするにもスマートだし、頭もいいし。
こういう人が彼氏になったら、きっとお母さんも喜ぶと思うよ……なんてね!(笑)

みんな、私の勉強の面倒見てくれたり、英語がうまく話せなくてもしっかりと話を聞いてくれて、
少しずつだけど、私の英語もうまくなってきた気がする。

いつか機会があれば、日本に一緒に帰れたらいいなぁ。
お母さんもきっと気に入ると思うよ!





カリ、と羊皮紙の上を滑らせていた羽ペンを止めて、雪菜は文字を見返した。
日本の魔法学校から、ホグワーツに正式転入をして、早3か月。
まだ慣れない羽ペンも、何とか様になって使えるようになってきた、と雪菜は羽の部分を指で撫でた。

「あとは……何を書こうかな」

ふんふん、と気づけば漏れるお気に入りの音楽を口ずさみながら、窓から見える森を眺め、思いを馳せる。
ホグワーツに転入してきた時は、何もかもが物珍しかった筈なのに、今となってはすっかりと見慣れてしまった緑溢れる景色。
遠くの方でクィディッチの練習でもしているのだろう、僅かに聞こえる歓声に口元を緩めてから、雪菜は羽ペンを握り直した。

「お、それがジャパニーズってやつか?」
「ひぃっ!?」
「何だよ、そんなにビビる事ねぇだろう?」

突然降ってきた声に、まるで瞬間沸騰したかのように雪菜の心臓が激しく音を立てる。
ついでに、つ、とインクがペン先から零れそうになるのに気がついて、慌てて机の上にペンを置いた。

「あーあー。そんなに驚かせちまったか?」
「……シリウス、びっくりしたよ……全然気が付かなかった」
「一応気づかれないように入ってきたから、悪戯成功だな?」
「もう、」

くるん、と雪菜が頭を上げればそこには見知った男が一人。
雪菜の頭上から手元を覗き込むように立っていた男―――シリウスは、机においたばかりの羽ペンを取り上げると、近くに置いてあったインクボトルへと差し込んだ。

「ホグズミードには行かなかったのか?」
「うん、ちょっとやる事があって。そういうシリウスは?行かなかったの?」
「まー、いつでも行けるっちゃ行けるしさ」

に、と意味深に笑ったシリウスに、雪菜も笑みを返す。
シリウスと出会って暫く経つが、彼の言う「いつでも行ける」は、文字通りその通り。
あまり詳しいことは雪菜も把握はしていないが、ふらりと居なくなっては、両手いっぱいに真新しいお菓子や悪戯グッズを手に帰ってくるのを目撃したのは……既に両手を使う以上はある。

「でも、暇じゃないの?誰もいないのに」
「だって人だって多いしさ、変なもん買えねぇし……第一、暇じゃないさ。お前がいるだろ?」
「ま、まぁ、そうだけど、」

そう当たり前のように答えたシリウスに、思わず雪菜は口をつぐんだ。
確かに自分は居残り組だし、シリウスとも友達ではある。
けれども、まだ完全に意思疎通が出来る訳ではない自分を居て一体何が楽しいか……なんて、雪菜が考えを巡らせようとして、ふと、彼の視線の先がしっかりと自分の手元の手紙に縫い付けられている事に思わず両手で紙面を隠した。

「……へぇ?」
「え、何、シリウスって日本語読めるの?」
「さぁな?」

にやり、と意味深に笑ったシリウスに、ぎくり、と雪菜の頬がひくつく。
今自分が何を手紙に書いていたかなんて、考え直さなくてもまだ頭の中に残っている……たった今、雪菜の目の前にいる男が格好いいと文字に綴ったばかりじゃないか、と。

「ちょ、ちょっと返してって!」
「何だよ、急に慌てだして」
「だめだめ、見ちゃだめっ」

とっさに抜き取られそうになった手紙を必至になって掴もうとしても、雪菜より背の高いシリウスがひらりと頭上に掲げてしまえばお手上げ状態。
それでも、と遂には椅子を立った雪菜に、シリウスはokay、と降参したかのように少し皺の入った手紙を雪菜の手元へと戻した。

「はは、安心しろ。日本語は何て書いてあるかサッパリだよ」
「本当?」
「Yep、maybe?」

もしかしたら、という雪菜の嫌な予感はしっかりとは否定されなかったけれど。
まさかいくら”頭のいい”シリウスでも、授業でもやっていない日本語を話せる訳がない、と必死で考えをまとめ、
何故か楽しそうに笑うグレーの瞳を不満気に見返しながらも、雪菜は何時の間にか高鳴っていた鼓動をお押えようと、大きく息を吐いた。

「っていうか、俺が何で行かなかったか本当にわかんねぇの?」
「”言えないもの”が買えないからじゃないの?」
「んー、まぁ、外れてはねぇけど」

そう言いながら、シリウスが少し上空を見つめたかと思えば、何かを思いついたかのように雪菜の瞳に再び焦点が定められる。
そしてコホン、と一度だけ咳払いをしたシリウスが、すぅ、と大きく息を吸い込んだかと思えば――……

「ぶっちゃけ気になってるヤツと一緒に行けたらいいなって思って待ってたけど、いつまで経っても談話室に降りてこないし、周りに聞いてみたら今日は行かないらしいって聞いたから、俺も行くのを辞めただなんて本人に言ってもいいけど、まだそこに進むには早いだろう?っていうか、正直、一緒に行こうってやっぱまだ恥ずかしくて言えぇねから、こうして人目がないの見計らってこの部屋にやってきたとか、後であいつらに何て言われるか……ああ、でも結局あいつらにはバレてるだろうけど。とにかく、こうして俺が地道に接点見つけてアプローチしてるっていうのにも、お前は全然気が付いていないんだろう?」

That's why、と最後に付け加えてから意味深に見つめてくるそのグレーの瞳に呼応するように、雪菜の目が数回瞬かれる。
シリウスの言葉は、秒数にして10秒ちょっとはあっただろうか。
あまりに突然に、そしてあまりにも早すぎた口調に……残念ながら、雪菜の頭では最初の1文を”聞き取る”事に精一杯。
勿論シリウスだって、雪菜がネイティブではない事は重々承知の上で言葉を選んだ筈だと思いたいが、それでも殆ど何一つ聞き取れなかった内容に、雪菜は暫くしてから瞳を不安気に揺らした。

「……え、えっと、」
「ん?」
「ご、ごめんなさい、あの、もう一回ゆっくり話してもらえる……?」
「Nope!」

何故かグレーの瞳を細めて雪菜をじっと見つめたシリウスに、雪菜の瞳が小さく揺れる。
その少しだけ真面目そうなシリウスの表情に、雪菜はついに眉間に皺を寄せた。
……もしかして、何か自分は大切な質問をされていたのかもしれない、と。

「あの、その、ごめんなさい……よく、分からなくて、」
「気持ちがわからないって事?」
「Feeling?」

どうも質問が噛み合わない、と今度は雪菜がシリウスの瞳を真剣に覗きこんでみせる。
けれども、そんな雪菜の視線を遮るかのように、雪菜の頭に大きな手が重なった。

「ほら、行くぞ」
「え、どこに?」
「昼飯。腹減った」
「……」
「ほら、行くだろ?」
「あ、うん、行く!」

くしゃくしゃ、と雪菜の頭を撫で続けるシリウスの言葉に誘われるがまま。
ようやく手が離れたと思えば、かけられた言葉は先ほどの会話とは全く違った内容。
そんなシリウスの提案に、雪菜はしばらく彼を見つめて言葉を待ったが、残念な事にシリウスはどうやら先ほどの話を蒸し返すようなことはしないようだ。
やっぱり気にはなるけれど、質問はまた今度にしよう、と雪菜は代わりに彼の提案にこくりと頷いてから、机の上に置いた手紙を他の羊皮紙の下へと差し込んだ。




「カッコいい、って思ってるって分かっただけでも儲けもん、ってやつか?」
「んー?」
「Nothing.ほら、行くぞ」






*****
絶対シリウスは日本語をマスターしてると思います。



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