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Good day!





新学期が始まって、かれこれ1ヶ月。
すっかり休暇モードが抜けつつある中で、いつもと少しだけ違うと感じるのは、きっと新入生のせい。
まだきょろきょろと廊下で首を傾げながら、おそるおそると足を進めていく彼らは、まるで少し前の自分の様だ、と雪菜は目のあった新入生に口元を緩めた。

「こ、こんにちは!」
「こんにちは。そっちは図書室よ」
「あ、ありがとうございます!」

どちらかと言えば”制服に着られている”新入生の様子に、雪菜が思わず”上級生らしく”言葉を返す。
もしかして別の場所だったのか、と考えるまでも無く、雪菜の言葉に新入生達が安堵したように再び雪菜にお礼を述べてから、少し足早にその場を去っていった。
……自分達が入学した5年前も、あんな風だったに違いない。
通り過ぎていく先輩達に、少し緊張しながら声をかけていたのが随分と昔に感じる、と雪菜は目を少し細めた。

「Good day、ねぇ」
「何よ」

そんな雪菜と新入生のやり取り製を終始隣で見ていたシリウスから、クツりと小さな笑いが漏れたのが聞こえてくる。
今の今まで興味なさそうに、会話にも入らずだったシリウスを、雪菜がムッと見やれば、彼はまるで言い訳をするかのようにくしゃりと雪菜の頭に手を置いた。

「雪菜があれくらいの時が懐かしいなと思って」
「……覚えてるの?」
「んー、実はあんまり覚えてねぇけど」
「ほんと、適当なんだから」

ふん、と不満そうに雪菜が鼻を鳴らせば、シリウスが笑いながら、雪菜の髪から肩へ手を滑らせる。
それを自然に受け入れながら、雪菜は両手で抱えていた教科書を持ち直し、そして遠くを歩く新入生に目をやった。

「私はあの頃から、シリウスの事知ってたよ」
「え、マジ?」
「うん。そりゃ……何か騒がしかったし、ジェームズとリーマスと、シリウスって」

クス、と今度は雪菜が笑みを漏らしながら、シリウスに笑みを向けた。
確か、入学してまだ”異国”と”英語”に四苦八苦していたあの頃。
授業についていくのが必死だったつかの間の休息と言うべきか。
毎日のように何かをやらかす彼らを、他の生徒達と一緒になってハラハラしたり、笑ったり。
時にはフィルチから逃げる彼らをこっそり応援なんてしたりもしていたのが、本当に懐かしい、と雪菜は口元に手をあててクスクスと小さく笑いを漏らした。

「いろんな意味で目立ってたからね。貴方達って」
「そりゃ、ドーモ」
「それに……」

そこまで言葉を紡いで、雪菜は足を一歩進めて、肩に回されていたシリウスの腕からするりと抜け出す。
カクン、と急に腕が空を掻いた腕に、シリウスが目を少しだけ瞬かせたものの、言葉の先を促すように雪菜の視線に自身の視線を重ねた。

「多分、シリウスは覚えていないと思うけどね」
「ん?」
「一度だけ……丁度今頃かな。シリウスと喋ってるんだよ、私」

そこまで言って、雪菜が少し驚いたようなシリウスの様子に、楽しそうに笑みを零した。
雪菜がシリウスと面識を持ち、友達になったのは3年生にあがった頃。
ほとんど”はじめまして”に近い状態のシリウスと少しずつ距離が縮まっていき、めでたくお付き合いを始めたのは3年生の終わり。
だからきっと、シリウスは覚えていないだろう、と雪菜は当時の事を思い出すように視線をシリウスより少し上に上げた。

「図書室で、一度だけ」
「……そう、だっけ?」
「うん。私が窓の席で勉強をしてたら、シリウスがいきなり窓の外に現われたのよ」

突然だったのよ、と笑う雪菜に、シリウスの片眉があがる。
そして少しだけ驚いたような彼に、雪菜が楽しそうに言葉を続けた。

「ちょうどね、私が復習してた時。 Wingerdiumの"i"が"e"だったんだけど、チラっと私の手元をみて「ここ、違うぞ」って。フィルチに追いかけられてるみたいで、すぐに走って行っちゃったけど……覚えてない?」

どう?と問う雪菜の視線に、シリウスの視線がツイと外される。
恐らくそんな昔の、些細な一瞬の事なんて覚えていないだろう事は雪菜にも分かってはいたのだけれど。
何となく珍しく決まりの悪そうな表情を見せたシリウスに、雪菜はわざとらしく唇を尖らせてみせた。

「私だけかー覚えてるの。もしかしてって、思ったのになぁ」

残念、と少しだけ押し付けがましく肩を落として雪菜が歩き出す。
勿論彼女が怒っているなんてシリウスにも到底思えなかったけれど、少しだけ早い鼓動に、シリウスは足を進めることなく、代わりに前髪をかきあげた。

「……お前が覚えてた事のほうが驚きだっての」

ぼそり、と自分にしか聞こえないように呟いても、雪菜が振り向くことはない。
けれど、フラッシュバックのように鮮明に脳裏に蘇った光景に、シリウスは足を止めたまま雪菜の後姿を見つめた。

―きっと、たまたま逃げ入っただけだと思ってるだろうけど。

「ほら、シリウス!窓から飛び込んだら雪菜の印象だってばっちりだよ!」
「いや、普通に話しかけれるし……」
「そう言って何度今まで失敗してるんだよ?ほら、ウィンガーディアム……」
「うわ、お前ら、ちょ、待てって――っ、」


ー実はあの時から、なんて今更恥ずかしくて言えるわけがない!

「シリウス?行くよー?」
「お、おぅ」
「大丈夫よ、そんなに怒ってないから」
「……怒ってるくせに」
「なら、今度のホグズミードで新作のお菓子買って?そしたら機嫌直してあげる」

そう伝えれば、シリウスがわざとらしく”deal"とわざと面倒臭そうな仕草で再び足を進め始める。
それに雪菜が満足そうに笑ったその表情に、シリウスは雪菜の腰に手を回した。



「ひゃっ、な、なにっ?!」
「え、あ……Good day!」
「あ、う、うん……って、ここ何階だと思って、」
「しっ、フィルチに見つかっちまうだろ?」






*****
久々に更新がこれとか^q^
今更恥ずかしくて言えない事ってあるよね、きっと。



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