Do not judge of the dog by its hair! 時刻は丁度22時を回った所。 ポーン、と心地いい音と共に時を告げた鐘の音に、雪菜はそっと談話室の一隅を覗き込んだ。 そしてすぐに目に飛び込んできたのは、ソファの上で本をじっと読みふける彼氏の……シリウスの姿。 こうして彼が珍しくも真剣な表情で本を読んでいる、シリウスのその姿をじっと遠くから雪菜が眺めて"かっこいいな”なんて思ったのとほぼ同時。 まるでそれに気付いたように不意に本から外されたシリウスの視線が、つ、と自然に雪菜へと注がれた。 「どうした、んなトコ突っ立って」 「え、あ、ううん」 思わず肩を強ばらせた雪菜に不思議そうに首を傾けたシリウスは、口角をあげて雪菜に問いかる視線を送る。 そんな彼に照れくささを覚え、羽織ってたカーディガンの裾を指で弄びながらも、雪菜はパタ、と彼の座るソファへと早足に近寄った。 「おやすみをね、言いにきたの」 「あー……もうそんな時間か」 別におやすみの挨拶を毎晩している訳でない。 けれども視線が重なってしまえば、これを無視して部屋に戻る程白状な彼女でもない、と雪菜はぽすん、と慣れた様にシリウスの隣に腰を下ろした。 「まだ寝ないの?」 「あともうちょっとこれ読んでからだな」 「ふぅん……」 ぎゅ、とソファの上で体操座りをするように雪菜が足を引き寄せる。 そして膝の上に頭を起きながら、雪菜は少し冷えてしまった足先に手を翳しながら、本をぱらりと捲ったシリウスの横顔をそっと盗み見た。 シリウスがかっこいい事なんて、前から分かりきっていた事。 長い足をスマートに組ながら、綺麗な指先が本のカバーを支えている。 別に普段と何一つ変わらない筈なのに、と少しだけ高鳴った鼓動をかき消す様に、咳払いをしながら雪菜は口を開いた。 「……ねぇ」 「ん?」 ふかりとしたソファに身体を預けて声をかけると、そっとシリウスの長い手が雪菜の頭上に降り落ちる。 ぽんぽん、と柔らかく撫でられるがままに頭をゆっくりと動かし、そしてシリウスの手が雪菜の毛先へ流れるのを追いかける様に視線をあげて……いつの間にかこちらを満足そうに見つめるシリウスと視線が重なった。 「シリウスってさ、自分がかっこいいって自覚あるの?」 「は?何だ、急に」 「いや、気付いてるのかなーって何となく思って」 いつもの様にグレーの瞳を細めて雪菜を見つめていたシリウスの瞳が、不意を突かれた様に見開かれる。 勿論それは突拍子も無い雪菜の質問のせいだろう、まるで虚をつかれた様に瞳をパチパチと瞬かせたシリウスは、やがて全く合点が行かないとばかりに手にしていた本をバタン、と閉じた。 「それって、俺の事かっこいいって褒めてくれてるって事?」 「んー……じゃなくて、」 「違うのかよ」 「ほら、よく告白とかされてるじゃない?だから、気付くっていうか……自覚してるのかなって」 「何、嫉妬?」 「違うってば」 優しく毛先を撫でていた筈の手が、ぐ、と場所を変えて雪菜の肩を抱き寄せると、雪菜からクツクツ楽しそうな笑い声が漏れる。 けれども、そんな雪菜の反応に不服そうにシリウスが唸り声を漏らせば、雪菜は相変わらず笑みを浮かべたままシリウスの胸元に身体を預けた。 「ねぇ、それでどうなの?」 「どうした?ンな事いきなり聞いて」 「何となく、ねぇ、それで?」 「何がどうなってそうなったのか分かんねーけど、別にかっこいいヤツなんて他に死ぬ程いるだろ?」 「えー……」 こてん、と雪菜が頭をあげると、シリウスがこちらを呆れた様に見返してくる。 その怪訝そうな表情ですら、他の誰よりも整っているなんて感じてしまうのは自分の彼氏のせいなのか、と雪菜は身体を翻してソファの上でシリウスに向き直った。 「ほら、そんな顔もかっこいいじゃん」 「……とりあえず、褒められてるって事でいいのか?」 「んー、シリウスがかっこいいってのは前から思ってたけど」 「ヤケに褒めるじゃねーか、今日は。惚れ直した?」 いつもならシリウスの軽口に”そんな事ないし!"と頬を赤らめて否定の言葉が飛んでくる筈なのに、今日の雪菜はどこか答えを探す様に複雑そうな表情を宿すだけ。 一体この可愛らしい彼女はどんな答えを求めているのか、とシリウスは胸中で苦笑を漏らしながら、無意識に唇を尖らせて唸っていた雪菜のそこを人差し指でそっと押さえつけた。 「"かっこいい"って定義はよく分かんねーけど。好みの問題ってやつじゃねぇの?」 「うーん、そうだけど、けどさぁ」 「それに、好きな女一人にこんなに必死になってる姿は、端から見れば結構情けないもんだと思うけどな?」 「必死に?シリウスが?」 「お前、俺を何だと思ってんだ」 雪菜の唇を撫でていたシリウスの人差し指が、思わず笑いを零したシリウスと一緒に頬をくすぐる。 軽く抓る、柔らかい痛みにも関わらず、雪菜が未だ疑問を瞳に宿しながらシリウスを見返せば……今度は、コツン、とシリウスの額が折り重なってきた。 「そういうお前は?」 「へ?」 「自分が可愛いって自覚、持ってんの?」 「は?」 ゆっくりと離れたシリウスの額を追いかけるように雪菜が首をあげると同時に、口から漏れてしまったのは何とも情けない返答。 そもそも、可愛いなんて直接面と向かって言ってくるのはリリーか、リーマス、それにシリウスぐらい。 どう考えても今議題にあげている問題とは違った域の話。 ”可愛くない人に可愛いという人間の心理は?”なんていうタイトルが雪菜の頭を擦り、思わず自嘲のような笑いがクツと雪菜の心に浮かび上がった。 「持ってる訳ないじゃん。シリウス、目大丈夫?」 「言うと思った。これだからジャパニーズは……謙遜が美徳だとか言うんだろう?」 「そんな訳、」 「それに、俺がお前を振り向かせるまでに、どれだけ苦労したか知らないだろ」 ああ言えばこう言う、とはまさにこの事なのか。 ふるふる、とゆっくり首を振って否定をした雪菜の言葉に重なるように、シリウスから次の言葉が発せられる。 そんな彼の言葉にしてやられた感を抱きながらも、雪菜は思わずモゴ、と口籠りながらシリウスから瞳を逸らした。 「余裕そうだったじゃ、」 「んな訳ないだろ」 ピン、と額に走る痛くの無いデコピンに、雪菜が更に戸惑う様に声を漏らす。 そして脳裏に思い出すのは、今から少し……否、1年以上も前のお話。 もともと同じ寮だし挨拶程度は交わす仲だった彼が、何故か急に自分にアプローチをし始めたのは未だ雪菜の記憶に色濃く残っている。 いわゆる”人気者の彼”が、まさか外国人の自分に興味を持つ訳がない、と何とか“同じ寮生だし”という言葉に全てを落とし込もうと必死になっていたあの時期。 結果、”同級生だからじゃねぇって。気付けよ、バカ”と半ば説教じみて告白を受けたあの時の衝撃は未だに忘れられないし、今となっては笑い話でもある。 「……俺がこんなに必死だってのに"どうせ遊びでしょ!"とか言ってたよな、俺に」 「あ、あれは、その、だって」 「早起きしてお前のために待ち伏せとかしたのに、結局スルーされるし」 「え、そんな事してたの?」 ぽろりとシリウスから告げられた初耳の言葉に、居心地悪く揺らいでいた雪菜の瞳がパチりと見開かれる。 その勢いに併せて再びシリウスの方へと視線をあげると、まるで失言と言ったようにシリウスが口を噤んだ。 「そーだよ、だから言ったろ。必死だったって。まぁ、今も必死だけど」 「全然見えなかっ、」 「ま、何つーかさ。結局は結果オーライでかーわいい雪菜ちゃんを手に入れたからイイけど」 なぁ?とまるで話を切り替えるようにシリウスが雪菜の右頬を手でするりと一撫で。 そして膝の上に置いていた本をソファのサイドテーブルに起き直してから、シリウスは改めて両手で雪菜の頬を包み込みながら額を重ねた。 「ほら、その怒る顔とか色っぽいって思うし」 「な、」 「頬を赤くしてる姿も可愛いし」 「え、ちょ」 「こうやって俺を見上げる顔とか、結構ヤベーんだぞ?余裕なんて一切ないっての」 ちゅ、と最後の言葉と一緒に唇の距離がゼロになる。 ゆっくりと離れた熱に、反射的に閉じていた瞳を雪菜がそっと開くと、少し離れた所にあるグレーの瞳が楽し気に細められた。 「……何か話題すり替えられた気がする」 「そうか?」 「だいたい、シリウスだって、」 そこまで告げようとして口を開いて――……雪菜は唇を噤んだ。 別にどっちが”可愛い”だの”かっこいい”だの。 結局は今更追求するべき話題でもないし、追求したところで何も変わらない。 むしろ、"これじゃあシリウスが更に調子に乗ってしまう!"なんて警報が自然と脳裏によぎり、雪菜は肩の力を抜きながらクスっと笑った。 「……何でもない」 「何だよ、気になる」 「じゃあそのまま気にしてて、いつか教えてあげる」 「はは、リョーカイ」 大方雪菜の考えをシリウスも読んでるに違いない。 今日のところはあっさりと引いたシリウスに、雪菜は話の終わりを告げる様に欠伸を一つ漏らした。 「寝るか?」 「うん、寝る。シリウスは?」 「俺はもーちょい、これ読んでからにする」 「そっか、じゃ、おやすみなさい」 そう言ってテーブルから本を取り上げたシリウスに頷いて、雪菜はソファから立ち上がった。 じゃあ、とシリウスに手を振ってその場を去ろうとすると、クイ、と左手が引っ張られる。 それに小首を傾げながら振り返ると、まるで合図のように笑ったシリウスに、雪菜もまた彼と同じ笑いを零しながら座るシリウスに温かいハグを送った。 ***** 何が書きたかったのか自分でもよくわかりまてん( ´∀`) >>back |