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Happy Valentine's Day! - Sirius -





授業の始まりまであと10分もないといったところだろうか。
すっかり人気のなくなった女子寮の廊下を一心に走り抜けながら、雪菜は勢い良く談話室への扉を開いた。

「っと、あぶねっ!」

そのまま扉から勢いよく駆け出そうとすれば、扉一枚隔てたすぐそこに垣間見えた人影。
慌てて雪菜が踏ん張ろうとするよりも早くに、目の前に出てきた男の声と供に自身の腰をまるで引き止めるように手が回された。

「し、りうすっ……!?」
「なんだ、やっぱりまた寝坊か。んな焦ってると階段踏み外しちまうぞ?」

走ってきたせいか、それとも寸前の所で衝突を免れれたせいか。
ドクドクと高鳴る心臓に息を吐きながら、雪菜は今しがた自分を支えた目の前の男、シリウスを見上げた。

「え、あれ、シリウス授業は?!」
「俺んとこは休講」
「ほんと!?じゃあ私の――、」
「残念、動物学は予定通りあるぞ」

ぱぁっと心に浮かび上がった一握の期待に頬を綻ばせてみれば、すぐにシリウスから告げられた事実に一瞬目眩すら感じてしまう。
見るからに肩を落として落胆したのが恐らくシリウスにも伝わったのだろう、苦笑のような笑い声がシリウスから聞こえてきた。

「髪、ぼさぼさだぞ」
「だって結ってる暇なんてないんだもん……あぁ、もう!何で今日に限って遅刻するの!」

思い返せば、確か先週の授業の終わりに教授から確認試験があると告げられていたのに、と雪菜は湧き出る後悔に盛大な溜息を一つ。
そして思い出したかのように慌てて手にしていた教科書や資料を持ち直した。
チクタクと進む時計は勿論自分を待ってくれる訳もなく、今はこうしてシリウス相手に喋っている所ではないのだ、と。
そう思い直すや否や、雪菜が"じゃあ"と彼の隣を通り過ぎようとすればーーくい、といつもならポニーテールにしている髪の毛が引っ張られた。

「な、何?」
「ちょっと待ってろ、すぐ終わる」
「シリウス、私急いでるんだけど――!」
「大丈夫だ、すぐ結い終わるから」

そう告げらるや否や、シリウスの両手が雪菜の頭を覆う様に掴み始める。
幸いにも起きてすぐに櫛だけは通したおかげで、シリウスの指を"何とか"絡む事なく受け入れれば、すぐに髪をくくりつけるゴムの感覚が頭を襲った。
一体ゴムなんてどこから取り出してきたのだろう、という疑問はこの際おいておいて。
その場で忙しなくパタパタとシリウスを急かす様に雪菜が動けば、ほんの数十秒後にパチン、と気持ちのいい音をたてて後頭部に髪が結い上げられた。

「ん、これでオッケー」
「ありがとっ!じゃあシリウスまたお昼ね!」

"bye"と振り返ったシリウスに軽いキスを背伸びをして贈れば、"okay, busy girl"なんて笑ったシリウスが雪菜の後頭部を軽く撫でる。
そのまま、女子寮の廊下を走った様に全速力で談話室を飛び出してーー数十メートル走ったあたりだろうか。
ふと、胸元に感じる違和感に雪菜は走りながらに自身の胸元へと視線を落とした。

「え、え?あれ?」

本当なら止まって確認したいところだけれども、生憎そのような時間はない。
手でその違和感に触れて、そして視界に飛び込んだのは見た事も無いネックレス。
勿論自分のものではないそれ、トップには丸い何かがついているそれに一瞬だけ目を瞬かせたけれども――

「ああああ、遅れちゃう!!」

耳に届いた予鈴に雪菜は慌てて角を曲がって階段を駆け上がった。
こんなネックレスを身につけた覚えなんて全くなければ、自ずと犯人は一人に絞り込まれる。
悪戯というサプライズ好きの彼の仕業か、でもどうして――と、チラチラ過る考えに雪菜が結論が行き着くよりも早くに、教室の扉を勢い良く開いた。

「まにあ、った……!」

息も絶え絶えに机の上に傾れ込めば、隣のリリーからは呆れた声が数言かけられる。
それに曖昧に返事をかえしていれば、リリーが全速力で走ったおかげで乱れていた髪に手を少しだけ加え――一言。

「あら、素敵なネックレス」
「え、あ、これ……は、」
「シリウスから?」

当たり前の様にリリーに尋ねられれば、未だ息が落ち着かない今の状態では雪菜は首を傾けるしかできない。
ふるふる、と肯定とも否定ともつかない反応を何とか返せば、リリーが雪菜の首にかかるネックレスのチェーンを正しながら楽しそうな笑みを漏らした。

「ほら、シリウスからね?」

改めて告げられて、そして良い香りのするリリーの手にトップが持ち上げられる。
それにもう一度視線を落とせば――よく見ればそこにはアルファベットが組合わさった様なデザインのものが一つ。
一見ただの幾何学的なネックレスに見えたのだけれど――

「え、あれ、えっと……」

よくよく見てみると、確かにSという文字やらrといった文字。
それを繋ぎ合わせて行けば……いきついた、自分とシリウスの名前に雪菜は目を大きく見開いた。

「わ、わたしとシリウスの名前だ!」
「ハッピーバレンタイン。素敵なデザインね」

クス、と笑ったリリーの言葉にようやく今日の日付を思い出す。
普段からギフトの贈り合いはたまにはしていたが、そうか、今日はバレンタインなのだ、と。
その様子に"まさか気付いてなかったの?"なんていうリリーからの視線に苦笑を浮かべながら、雪菜はだいぶ落ち着いた鼓動とともに自身の胸元をもう一度見下ろした。

「バレンタインだったのね……」

ぽそと呟いてトップをゆっくりと指でなぞる。
ピンクゴールドのチェーンは雪菜の好みのものだし、名前を堂々と彫るなんて恥ずかしいと以前言った事を覚えていてくれたのだろうか。
アートにも見えるその文字の組み合わせを見つめ、そこを撫で。
落ち着いた鼓動にトクン、と一度鳴った鼓動に雪菜が満足気な溜息を漏らそうとして――

「はいはい、今日はテストですよ。皆さん準備はいいですか?」

聞こえてきた教授の声に、慌てて顔を上げた。
今日の授業は午前中だけで終わる筈だ、そして休講だと言っていたシリウスの時間割も今日は午前中だけの筈。
素敵なサプライズをくれた彼に、どう愛を返そうか、と雪菜は少しだけ甘くなった脳内も程々にして、手元に回されてきた問題用紙に取りかかった。





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サプライズ好きそうだな、シリウスさん。
デザインも脳内には出来上がってるんですけど上手く言葉にできませんでした^q^
なんていうか、ぐちゃっとアルファベットが連なった感じのを想像して下さい(何


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