Wild Card 不意に喉に感じた不快感に、雪菜は重たい瞼をゆっくりと開く。 ケホ、と小さく喉をならして暫く、目の前にある自分ではない手をぼんやりと見つめた。 「喉、乾いた……」 からからに乾いてしまった喉のせいで、掠れた空気だけが雪菜の喉から漏れでる。 目をもう一度閉じて暫く我慢なんてしてみたが、それでも一度感じた不快感に雪菜はぼんやりとした手つきで暖かいブランケットから手をさまよわせた。 「ん、」 雪菜のその動作に、今度は背後から小さな声が聞こえてきた。 それでも、だらんとのばされた手は動くこともない。 それを良いことに少しだけ雪菜は身体を起こしてから、サイドテーブルにあった水へと手を伸ばした。 「、俺も」 雪菜がこくり、と喉を水で潤してすぐに、目の前にあった手がゆるりと動いた。 ついで聞こえてきた声に従うように、今しがた口を付けたペットボトルをその手に預けると、雪菜の背後から覆い被さるように背中に暖かい熱が伝わってくる。 ゴクリ、と大きな一口をのどを鳴らして飲む音、そしてそれを何とかサイドテーブルに戻し終えた男−−シリウスは、再びベッドへと不覚からだを落とした。 「今、何時……?」 「わかんない……、でも今日は土曜日だし」 「だな、もう少し寝てるか」 「うん」 きゅ、と背後から包み込まれる感覚に、雪菜はふ、と笑みを零す。 そのまま身体を捻ってくるりと後ろを振り返れば、少し高い視線に見える眠たそうなシリウスの顔。 チラと雪菜がこちらを向いたことに目を開けたものの、すぐに瞳を閉じて口元に笑みを浮かべた彼に、雪菜はそろりと眠たい瞳を開いた。 「、ん……?」 「んーん、おやすみ」 「ん、」 少しだけこちらを気遣うように声を漏らしたシリウスの頭をそっと一撫で。 眉間に二本の皺を増やしたシリウスのそこを雪菜が撫でると、彼はゆるりとした笑みを口の端に浮かべながら、先ほどより強く雪菜を強く抱きしめなおした。 「……、寝れ、ねぇのか?」 「ううん、違うよ」 「……ん?」 「寝てるシリウスを見るのってあんまりないなぁって」 「……そ、か」 告げながら雪菜がシリウスの前髪を撫でれば、彼の笑みが深くなる。 閉じられた瞼からは、いつものグレーの瞳は見えないけれど、静かに重ねられた睫をしげしげと眺めること数秒。 いつもなら嫌がる筈なのに、すぅ、と寝息をたて始めたシリウスの胸元にもう少しだけ距離をつめた。 「好き」 自分の前で、無防備な様子のシリウスを間近で見つめて、小さな独占欲に心が満足する。 そして小さく言葉を囁いてから、雪菜はシリウスの首元に顔を埋めた。 息を吸い込めば香る、香水ではないシリウスの香りに雪菜もまた瞳を閉じようとして−− 「……こら」 「……へ?」 寝息をたてていたはずのシリウスから、"音"が雪菜の耳に届く。 加えて少しだけぴくんと動いた腕に雪菜が少しだけ身じろぎをして頭を上げてみれば、僅かに潤んだグレーの瞳と視線が重なった。 「おやすみのキスは?」 「……寝てたじゃない」 「待ってただけ」 くぁ、と大きな欠伸をしたシリウスの瞳が更に揺れ動いたが、口元には少しばかりの悪戯な笑み。 重ねて、背中に回されていた手が上へとあがり、そして雪菜の頭を支えるようにと更に上へと持ち上げられた。 −−まるで、キスを求めるかのように。 「ほら、早く……寝ちまうぞ」 「しょうがないなぁ」 急かされるがままに、数センチぽっちの距離をつめて軽いリップのノイズと共に雪菜からキスを一つ。 水を飲んだせいか、少しだけ水分のある唇。 それに満足そうに細められたグレーの瞳に、雪菜は軽く身体を延ばしてもう一度シリウスの唇へと熱を落とした。 「、ん?」 途端にぴくっと頭に回されていたシリウスの手に力が籠もる。 そして今日一番に見開かれた瞳に、雪菜は瞳で笑いかけながらゆっくりと瞳を閉じた。 「おま、」 言葉を紡ごうとして開かれたシリウスの唇に、雪菜はそのまま彼の舌をぺろり、と。 いつもはやられる側ではあるけれど、こんなに無防備に寝ていたシリウスなら、たまには立場を逆転してみてもいいかもしれない。 なんて、雪菜の心に湧き出た悪戯心にそのまま舌をちゅくりと差し込んだ。 「ん、ぅ」 ちゅ、ちゅ、と、いつもされているキスにはほど遠いけれども、それでも温かいシリウスの咥内に誘われるがままに。 少しだけゆっくりとした彼の舌が、やがていつもの動きを取り戻そうとしたその前に。 「へへ、いつものシリウスのまねっこ」 「……朝から随分積極的じゃねぇか」 「いっつも寝起きの私にしてくるじゃない?」 少しだけの銀糸をぷつりと儚く切ってから、雪菜は身体を再度シリウスの腕の中に戻し込んだ。 ほんの少しの間だったけれども、触れあった唇が急に熱を持ち始める。 とくん、とくん、といつもなら大きな音を立てる心臓もまだ寝ているのだろうか、いつもより幾分か静かな音を雪菜は感じながら、ふ、と笑みを一つ浮かべた。 「じゃあ、おやすみなさい」 「あぁ……じゃなくて、おい」 「んー?」 心地良い感覚を抱きながら瞳を閉じると、がくがくと身体が強く揺すられる。 そして、くい、と痛くはないけれども後ろ髪を引かれる感覚に、渋々ながら再度瞳を開いてみれば−−ぱっちりと目の開いたシリウスがこちらを不満気に見下ろしていた。 「寝れると思うのかよ」 「どうして?」 「……一人だけすっきりした顔しやがって」 そう告げはするものの、少しだけ唇を尖らせるなんて、いつものシリウスらしくない。 よく見れば開いた瞳には、いつもの真っ直ぐな視線はどこへやら。 トロンとした、珍しいシリウスの瞳をまじまじと見返して疑問を投げかける視線を送ればすぐに――…… 「お返し」 言葉とともに、重なり、そしてシリウスと一つになった。 それはとても短い時間のキス。 けれども、確かに口の中に感じたシリウスの舌と熱、そして自分の時とは完全に違う"もっていかれた"ような感覚に雪菜から自然と甘い吐息が漏れた。 「ふ、」 はぁ、と熱く漏れた息に、シリウスの指先が軽く雪菜の口元を拭う。 そしてそれに自身の唇をちゅ、と寄せるとようやく、シリウスが満足そうに息を吐いて雪菜の額へと"触れるだけ"の唇を落とした。 「シリウス、あったかいね。まだ眠たい?」 「お前もあったけーし、やーらかいし……もう一眠り、すっか」 聞き捨てならないシリウスからの言葉に、一瞬だけ雪菜が瞳を緩く開いたけれど。 額に重ねられたままのシリウスの唇。 きゅ、と自分を大切に抱き込むその腕、そして甘い熱。 それを堪能するように、雪菜も瞳を再び閉じた。 二人がもう一度目を覚ますのは、まだまだ先。 そんな土曜日の早朝のお話。 **** いつも寝る前の話ばかりだったので、たまには逆を。 このままシリウスのスイッチがONになる気がしなくもないですがw 寝てるシリウスをまじまじ見たかったんです、それだけでつ(キリ 短くてごめんなさい。。。 >>back |