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<<読む前の注意事項>>
*雪菜嬢=レイブンクロー生です。






Sneak in!





わしゃわしゃと髪を適度に掻きあげてから、シリウスは肩にバスタオルを落とした。
シン、とこの時間にしては静かな部屋に響くのは自分の足音だけ。
“Friday night”ともなればそれなりに騒がしい筈の自室がこんなにも静かなのは何時振りかと振り返りながら、チラといつも居る筈の二人のベッドへと視線を送った。

「なんつーか、」

呟いて、小さく息を漏らす。
ジェームズはリリーの部屋、そしてリーマスは実家帰省。
別にそんな事はこれが初めてではないけれど、とシリウスはヤケにしんみりとした自分に苦笑を漏らした。
そういう自分も、明日は雪菜と久しぶりに”こっそりと学校を抜け出してロンドン”なのだから、人の事を言えた訳でもないが。
こんな風に珍しく感じるなら今夜から誘っておけばよかった、やっぱり今から誘おうか、なんて思いながらも時計を一目。

「寝てるよなー……」

そう一人ごちて、がっくりと肩を落とした。
レイブンクローに在籍する愛しい彼女は、既に12時を回ってしまった今なら間違いなく夢の中に居る筈。
仕方がない、とシリウスが肩のバスタオルをその辺に放り投げながら、ゆっくりと自分のベッドカーテンを開いた、その時。

「は?」

目に飛び込んできたのは見慣れた自分の枕に、タオルケット。
何時もと変わらない寝具、だけど、そこに横たわる”彼女”にシリウスは目を丸くした。

「……雪菜?」

ご丁寧に首までしっかりと布団を被りながらも、ちょこんと見えるその顔は紛れも無く自分の愛しい彼女の姿。
すやすやとゆっくりと上下に動く布団に視線を投げてから、シリウスは改めて目を改めて瞬かせた。

「え、っと」

誰も居ないとわかっていながらも、周りを見渡してからもう一度雪菜へと視線を戻す。
相変わらず閉じられた瞳は先ほどから何一つ変わっておらず、その姿にシリウスは思わず手で口元を覆った。

「それは……反則だろ」

雪菜がこの部屋に来るのは、勿論これが初めてではない。
数え切れないほどにシリウスの部屋には来ていたとはいえ、こんな事は今までに一度もない……のだが。
あまりに呆気に取られて動かなくなった頭を何とか呼び起こすと、ふと、親友達が出て行く時に見せた意味深な笑みを――今更ながら思い出した。

「あいつ等の仕業か」

ため息混じりに呟いてみたが、緩んでしまう自分の口元は何とも素直なものだ。
すぅ、すぅ、と微かに耳に届く雪菜の寝息に耳を傾けながら、シリウスは息を静に吐いてその隣へと腰を下ろした。

「なんつー大胆な事してんだ、お前本当にレイブンクローか?」

声のトーンを落として呟きながらキシ、とベッドが静かな音を立てると、シリウスの体重を受けて僅かにマットが沈み込む。
そしてそのままシリウスがそっと雪菜の額にかかる髪へと手を伸ばそうとした、まさにその瞬間。
今まで閉じていた筈の雪菜の瞳がパチリと勢いよく開いた。

「ふぁ」
「お?」
「……しりうす」

ぱちぱち、と目を何度か瞬かせた雪菜の瞳がゆっくりと細められる。
それに合わせて弧を描いた口から漏れる、寝起きの様な掠れ声にシリウスはようやく宙を彷徨ったままの手を雪菜の額へと下ろした。

「来てたのか」
「ん、じぇむず達が、しりうすが寂しがってるからって」
「……そか」

くぁ、と大きな欠伸を漏らしてもぞりとタオルケットが形を変える。
大きく伸びをしているのだろう、まるで猫のように”鳴いた”雪菜に苦笑を浮かべてシリウスは手近にあったテーブルランプに明かりを灯した。

「寂しかったの?」
「さぁ、どうだろうな」
「素直じゃないなぁ」

くすくすと、いつもより少しだけゆっくりと笑いを零した雪菜の手が、そっと額にかかるシリウスの手に重ねられる。
自身もシャワーを浴びたばかりなのだが、それよりも温かい雪菜の手を軽く握り返してみれば、クイとその手が引き寄せられた。

「寝よう?明日……早いでしょう?」
「だけど、まだ12時だぞ」
「”もう”12時でしょう、レイブンクローの夜は早いの」
「残念、ここはグリフィンドールだ」

クツと笑いながら彼女の反対側に手をついて見下ろしてみれば、真下からまっすぐな瞳がシリウスを捉える。
雪菜のブラックの瞳がゆらりと揺れたのは、欠伸のせいか。
何かを訴えるようにシリウスのグレーの瞳を見上げた雪菜に、ゆっくりと顔を近づけてみれば……ツイと顔が逸らされてしまった。

「寝るの」
「おう、寝とけ」
「シリウスは?」
「もうちょい”遊んだら”寝る」

告げながら、少しだけ力をこめて雪菜の顎を自身へと向けて、唇を一度だけ重ねあわせ。
もう、と小さく聞こえた彼女の小言には聞こえないフリをして、更にぺろりと唇を一舐めしてみれば、シリウスの手に絡んでいた雪菜の手にぐっと力が篭った。

「シリウス、上の服着なきゃ風邪ひいちゃうよ」
「こうしてれば暖かいだろう?」
「私は寒いの、着なきゃ一緒に寝てあげないんだから」

ほら、とまるで小さい子に諭すかのように手を握る力を更に強めた雪菜を見下ろして暫し。
一度言い出したら聞かない彼女、どうやら今晩は”遊ぶ”つもりはないらしい、とシリウスは軽く瞳を細めて見せ――どうやってその壁を壊そうかなんて、考え始めたのも束の間。
まるでその考えを読んでいたかのように、雪菜が少し口を尖らせながら口を開いた。

「明日、朝早いって言ったのシリウスよね」
「おう、起してやるから」
「ロンドンは久しぶりだから体力温存しとけよって言ったの、シリウスよね」
「そうだな」

ポツポツと、少しばかり恨みがまし気に見上げてくる雪菜の瞳を見ないように。
シリウスは瞳をとじてクン、と石鹸の香る雪菜の頬に頬を寄せた。
するりと感じるふわふわの肌触り、そして髪からはまた違ったシャンプーの香りに自然と緩む口元を隠すことなく、そのままそっと耳元に唇を寄せて、ぱくり、と。

「こっ、言葉と行動が伴ってない気がする!」
「そーか?気のせいじゃねぇか?」
「……気のせいじゃない気がすごくする」

ぴくん、と跳ねた身体に雪菜が慌てて誤魔化そうと声を荒げるが、ダイレクトにシリウスの声が耳元に吹き込まれてしまえば勝ち目等ない。
正直、雪菜とてこのまま身体を預けてしまいたくもなるが……明日のロンドンで”痛い”思いを引きずるのはイヤだ、と何とか頭を振ってシリウスの口元を耳から遠ざけた。

「ほら!寝るよ、寝るんだからねっ」

それでも落ちてこようとしたシリウスを避け、少し緩んでいた指先から抜け出した両手で雪菜がグイとシリウスの顔を頬ごと持ち上げる。
それにようやく開いて重なったシリウスのグレーの瞳からは、やはり艶気を含んでいる様にも見て取れたが――むに、と雪菜がシリウスの両頬を挟む手に力を籠めると、やがてフツとシリウスの瞳の色が変わった。

「へいへい、了解しました」
「ほ、ほんと?」
「あぁ、ホント。明日の楽しみに取っておく事にする」

少しだけ残念そうに、それでも口元に悪戯な笑みを浮かべたシリウスはポフっと雪菜の隣の枕に全身を埋め込む。
同時にふわりと香るのは、雪菜の使っているのではないシャンプーの香り、これはグリフィンドールの備え付けなのだろうか。
くんくん、と自分より少しだけ下に身体を落としたシリウスの髪に顔を寄せた雪菜は、やがて安堵と満足気な笑みを浮かべてそっとシリウスの髪を撫でた。

「まだ髪の毛湿ってるよ」
「おー」
「上の服もまだ着てない」
「おー
「風邪ひいちゃうよ」

ねぇ、とシリウスの髪を少し力を籠めて一束引けば、暫しの間枕に顔を埋めていたシリウスが大きなため息と共にガバと身体を起す。
ようやく寝る準備をするのか、と雪菜がシリウスを見上げてみると――今度はぽすん、と体勢を整えなおしたシリウスが雪菜の真横に身体を落とし直した。

「ちょ、シリウスー?」
「いいじゃん、これぐらい。いっつも裸じゃん」
「い、いっつもじゃないでしょ、ていうか、今夜貴方が風邪ひいたら明日ロンドン行けなくなっちゃう」
「んなヤワじゃねーって」

それに続いて”よっ”と声をあげて雪菜の頭の下にシリウスの腕が滑り込む、何と手際のいいことか。
そのままタオルケットを肩までかけたかと思うと、さらにぎゅっと雪菜は背中から抱きこまれてしまった。

「風邪ひいたら置いていくんだから」
「風邪ひいたら看病してくれるもんだろ、彼女って」
「馬鹿な彼氏の看病なんてしませんー」

べ、と舌を出してシリウスを見上げては見るが、先ほどまでの艶さはどこへいったのか。
腕の中から見えるシリウスは既にまるで就寝モード。
笑いながらも大きな欠伸を一つ漏らし、シリウスは暖を取るかのように雪菜をまた腕の中にぎゅっと収め込んだ。

「……ありがとな」
「へ?何が?」
「今日来てくれて」

そして突然、シリウスが抱き込んだ雪菜の顔を覗き込むようにコツンと額を重ね合わせる。
ずっと近くなったその距離で、触れるか触れないかの唇ごしに伝えられる言葉。
虚を突かれたように一瞬目を瞬かせた雪菜は、くすり、と柔らかい笑みを浮かべてその唇に自身の熱を重ねた。

「素直なシリウスだ」
「うっせ」

くすくすと笑いながら揺れる唇に、かぷりと噛み付いてきたシリウスに雪菜はそっと瞳を細めた。
5センチあるかないかのその距離に見えるグレーの瞳を見返し、そして雪菜からぺろりと彼の唇を一舐め。
ふ、と緩んだ空気にどちらからともなく二人で笑いあいながら、唇を離した。

「寝よう?」
「ん、おやすみ」

そう呟いたシリウスの瞳が、パタンと閉じられる。
寝つきは自分より良い彼なのだけれど、あっけなく閉じられた瞳を暫く見つめてから雪菜はもぞりと身体をシリウスに寄せた。
その大きな胸板に顔を寄せると、少しだけ温かい体温が雪菜の頬に伝ってくる。
ちゅ、と胸板に唇を寄せてみると、自分の頭を抱えていたシリウスの腕に少しだけ力が籠められた。

「……せっかく大人しくしてるんだ、煽るなよ」
「ねぇ」
「ん?」
「おやすみのキスは?」

もぞ、と身体を動かして顔をあげてシリウスを見上げてみれば、既にトロンとしたグレーの瞳が緩く細められる。
そのままくい、と背後に回っていた腕から顎を持ち上げられて先ほどのキスより幾分も温かい唇に触れ。
ゆっくりと惜しむように離した唇ごしにシリウスの瞳を見つめる事、数秒。

「おやすみ」

さわ、と動き始めたシリウスの手を振り切るように言葉を紡いで雪菜が瞳を閉じてみれば、目を閉じた上からシリウスの苦笑が落ちてきた。
ったく、なんて少しだけ苦言を漏らすシリウスの言葉に、身体を寄せる事で”no”を示し。
暫くしてシリウスの掠れてきた声に、笑みを浮かべながら雪菜は小さく言葉を返した。


See you in my dream, hun.

YOUR?

Okay, your dream, then.


****
最後の数行は
「See you in my dream(俺の夢でまた逢おうな)」
「YOUR?(シリウスの?)」
「Okay, your dream,then(オーケー、”俺が”雪菜の夢に行くさ)」
てな具合で。日本語で言うと違和感がある、気がする。雰囲気です、雰囲気←
hunはハニーです。Honeyからの略語です。なぜかhun。


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