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<<読む前の注意事項>>
*甘くもなんともありませんヨ!






let's begin





嫌いかと言われれば、そうではないと思う。
だけどどちらかと言うと苦手なタイプだ、と雪菜は目の前で会話を繰り広げる2人から1歩足を引いて壁へと背を預けた。

「じゃあ今週の土曜日はどうだい?」
「あら残念、先約が入ってるから無理だわ」
「先約って?」

そんないつもの会話に少しだけ耳を傾けながら、雪菜はチラと左隣の彼へと視線を見上げた。
自分と同じように壁に背を預けて、少し呆れているように瞳を細めている彼はシリウス・ブラック。
こうして彼の親友のジェームズが、雪菜の親友でもあるリリーへとデートへ誘う時には彼がいつも隣にいるのだが、これといった会話も二人の間には生まれる事も無い。
そもそも、ある意味学年で最も目立っているシリウスとジェームズ(加えてリーマスも)にはどことなく近寄る勇気すら、雪菜にはない。

「……変わったな」
「え?」

そんな矢先に不意に、シリウスが口を開いた。
思わず顔を上げてみたが視線は目の前の二人を見つめたまま、けれども、軽く顔をひねった風から察するに、恐らく雪菜へと話しかけたのだろう。
その事実にびくりと肩が反射的に強ばったものの、何とか雪菜もまた目の前の二人へと視線を戻しながら胸を押さえた。

「何、が?」
「エヴァンスの様子が。あんなにジェームズの事毛嫌いしてたのに、結構イイ感じなんじゃねーの?」
「あぁ、……うん」

そう言われて、雪菜もまたリリーの表情を見つめた。
確かに、ジェームズから一方的に愛の告白とやらを受け始めた時には心底苦手そうな顔をしていたのにも関わらず、今のリリーの表情はまんざらでもなさそうだ。
粘り強いジェームズと結ばれるのも恐らく時間の問題だろうと思うが、今はあえてそれを口にしないまま、雪菜は微笑みを漏らすとともに口を噤んだ。

「だけど、お前は変わんねぇな」
「わた、わたし?」
「あぁ」

いつもならあと30分は続くであろう二人のやりとりを黙ってぼんやり見てるだけなのに。
今日はヤケに話しかけてくるシリウスを、雪菜は再度見上げた。
学年で、ホグワーツ内で彼を知らない人なんて殆どいないに違いない。
それぐらいに整った容姿やら、頭脳明晰なところやら。
雪菜の耳にだって彼が特に女生徒から人気を集めている事は幾度となく届いている……とはいえだ。

「何か、ずっとびびってるよな。俺らの……つぅか、俺の事」

告げられて、思わず浮かべていた笑顔が引き攣る。
ばれている、と胸中で冷や汗を通り越して冷水を被ったような、変な感覚が胸を占めて行く中で辛うじて首を左右に振ってみせた。

「そ、そうかな」
「俺、何かしたか?」
「い、いえ、別に……何も」
「だよな」

そう、特に彼に何かをされた覚えは無いのだが、こればかりはしょうがない。
どちらかというと引っ込み思案な雪菜にとっては、常に人の視線の真ん中にいるシリウスは……正直言って苦手でしかない。
良い評判しか聞かないとはいえ、きっと自分なんて根暗な存在、得体の知れない風変わりなジャパニーズだなんてきっと彼も思っているのだろう、なんて思い始めるとネガティブ路線に一直線。
もちろんそんな事を当の本人が言ったなんて事も一度も無いのだけれど、こうして普段ジェームズがリリーに言い寄っている間も一度も会話がないのだから、きっとそうなんだろう、と。

「俺の事、苦手だろ?」

ダイレクトにそう問われて咄嗟にもう一度横に首を振ってみせるが、隣から感じる妙なオーラには彼を見上げる事等出来る筈も無い。
もしも首を素直に縦に振る事で嫌われてしまったならば、もしも彼が一言でも周りに"あのジャパニーズ最悪じゃね?"なんて漏らしでもしたならば。
自分のホグワーツ生活は直ちに終わりを告げてしまうかもしれない、なんて。
被害妄想だとリリーには以前笑われてしまったが、それでもこの妙な会話具合といい、上手く表面上取り繕えない今の自分に雪菜は嫌に高鳴る鼓動を押さえながらぐっと唇を噛み締めた。

「俺さー、ジェームズみたいに口がうまい訳でもねぇんだよな」
「う、うん。それは……わたしも」
「ぽいよな、お前も」

クツ、と喉で笑うシリウスに、ようやく雪菜はおずおずと彼へと首を戻した。
先程まで前の二人を見ていた筈なのに、そのグレーの瞳はいつの間にやら自分を見下ろしている。
少しだけ可笑しそうに目を細めて笑うその笑顔は、どう見ても悪意なんてこれっぽちも伺えない。
そのうえ、ついうっかりその端正な表情に魅入ってしまっている自分にハタと気がついて、雪菜は慌ててシリウスから視線を逸らした。

「だから、会う度に少しずつ距離を縮めるなんて面倒だし、やり方がわからねぇ」

ぼやく様に呟かれたその言葉に、視線を逸らしながらも居心地悪く雪菜は胸の前で手を握った。
こんな話しをされてもどう答えていいのか分からないし、第一に学年で一二位を争うと言っても過言ではない彼が悩む事があった方が驚きだ。
何はともあれ、早くジェームズとリリーが会話を終えてくれるのを待つだけだと辛抱強く口を噤んで目の前の二人を目にしていたが、それでもどうやら隣の彼は今日に限っては話をやめる気はないようだ。

「しかも結構ビビりだし、こう見えて」
「……?」
「情けねぇーとか思っただろう、お前今」
「あ、え、いや、別に……そんな」
「ま、普段悪戯したりなんなりで目立ってるのは自覚してっからな。でも……そういうんじゃなくて」

コホン、と何故かわざとらしい咳払いをしたシリウスを見上げると、外れていた視線が再び重なり合う。
じっと見つめてくるシリウスのグレーの瞳とはまだ少し距離は遠いが、それでも雪菜の瞳をしっかりと捉えてから、彼は深く息を一吐いた。

「好きなヤツ相手だと緊張して、会話が続かねーってヤツ」
「あぁ……そうなんだ」
「おぅ、だから正直ジェームズが羨ましい」

I see、と呟くように返事を返して、再び黙り込む。
今のシリウスのカミングアウトが何を意味しているのかなんて、正直さっぱり検討もつかない。
もしかして、シリウスも実はリリーの事が好きなのか、それとも自分の知る誰かが好きなのか。
はたまた、この会話から"協力しようか"という言葉を自分から期待しているのか。
とにもかくにも、出ない答えに雪菜が言葉を飲み込んだまま瞬きを繰り返す事数回、目の前ではリリーの髪に手を伸ばそうとして弾かれているジェームズの姿を眺めていると。

「……な?喋れねぇだろ?」
「へ?」

再度、声をかけられて思わず気の抜けた返事が雪菜の口から飛び出た。
もしかして今のぼうっとしている間にシリウスは何か言っていたのだろうか、しまった、聞いていなかったと慌てて頭をあげてみると、案の定彼はまだこちらを見下ろしたまま。
先程とは違ってどこか苦笑めいた色を浮かべているシリウスに急いで口を開こうとした次の瞬間。

「じゃあ、雪菜も一緒に行けばいいだろう?あぁ、もちろん彼女が退屈しないようにシリウスも来れば良い」
「え?」

シリウスへと言葉を返す前に今度は違った方向から名前を呼ばれてしまい、途中まで開きかけた口からは、またしても気の抜けた声が飛び出てしまった。
もちろん探すまでもない、声の主の方へと視線を向ければ今度は肩に手なんて回しているジェームズの姿。
先程までの仲睦まじい様子はさることながら、少しだけ眉を八の字に下げてはいるものの、その表情はどこか嬉しそうなリリーが雪菜へと首を傾げた。

「どうかしら、雪菜さえよければ土曜日、ジェームズも一緒でもいいかしら?」
「シリウスはどうせ暇だろう?」

問われた内容が分からない程話しを聞いていなかった訳ではない。
先程冒頭の会話からするに、今度の土曜日に遊びに行く話だろう。
先にリリーと約束したとはいえ、親友の恋愛を邪魔する程空気が読めない訳でもない、と雪菜が笑みと一緒に身を引く言葉を退こうとしたその時。

「オーケイ、親友。了解だ」
「おや、珍しいね、君が」
「俺もあんまりオチオチしてらんねぇしな」

眼鏡の向こうで楽しそうに目を細めたジェームズが、シリウスと何やら視線を交わしている。
そして今も感じる視線を辿ってみれば、相変わらずリリーの満面の笑み。
この会話の流れからするに、シリウスは土曜日の件は承諾したのだろう、となれば。
今更首を横に振る事も出来ずに、それでも感じるかなりの気まずさに引き攣った笑顔をリリーに向けてみるが悲しいかな、反応はない。

「せっかくだから、ご好意に甘えてこのチャンスを活用すっかな。な、雪菜?」
「え?う、うん」

恐らくリリーには何が言いたいのか分かっているだろうに、それでも雪菜の視線に気付かないフリを通そうとするリリーにもう一度縋る視線を送ろうとすれば、丁度二人の間に手が差し出される。
何だと言わんばかりに手の先を辿ってシリウスを見てみれば、何故かどこか上機嫌な男が一人。
それに首を傾げる間もなく、リリーの手によって持ち上げられた雪菜の手がシリウスの手と重なるや否や、グイと壁についていた背が引き離され。
わ、と小さく声を挙げたのなんて気にもしないように、シリウスは雪菜の手を更に引き寄せ――手を高く持ち上げてそこに唇を寄せて一言。

「んじゃ、土曜日……覚悟してこいよ?」

少し落ちた声のトーンで一言添えられたその言葉と、併せて聞こえてきたリップノイズに目を見開く間もなく次の瞬間に見えたのはシリウスの後ろ姿。
へぇ、なんて隣から聞こえてきた気もするが、今はそんなことよりも。
唖然として完全に言葉を失いながら後ろ姿を見つめたまま、頬にじわじわと集まってくる熱に声にならない叫び声が上がるのは……あと数秒後のお話。





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何が書きたかったかって、あの。
イケメソな人気者シリウスと、奥手少女なお話。
奥手というかはイケメソ=人気者=できるだけ関わりを避けたいと思ってる女の子のお話。
甘くないです、何かあれです、ごめんなさ……(・∀・)(ぁ


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