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couple-kisses





ペラリ、と一枚捲った雑誌の右ページに写るのはきらびやかなジュエリーの写真。
特にこれといった変哲もないそれを眺めてから暫く、ふと雪菜は目の前を通り過ぎようとしたカップルの指先を見つめた。

「やっぱお前もこういうペアリングっての、欲しいもんなのか?」

その視線を追いかけていたのか、不意に左隣から声がかかる。
つい今の今まで雪菜の髪の毛で遊んでいた彼、シリウスは目をぱちりと見開いた雪菜の顔を覗き込んだ。

「いらなくはないけど……けど、うーん、」
「いらなくはないって……つまり欲しいってこと?」
「欲しいけど、欲しくない、かな?」

その答えに、不思議そうに首を傾げたシリウスに曖昧に笑いかけてみれば更にグレーの瞳が問いかける様に雪菜を見返す。
上手く言葉にできないもどかしさに雪菜が悩むように宙へと視線を彷徨わせてみるが、やはり的確な答えは浮かんでこない。
そんな雪菜の様子をじっと見つめていたシリウスへとゆっくりと視線を落としながら、雪菜は答えの代わりに軽く小首を傾げてみせた。

「シリウスは?こういうの欲しい?」
「俺?」

例えば、とたまたまページを捲ったところにあったペアリングを見せてみれば、案の定彼はチラリと視線を寄越しただけ。
分かり易いくらいに興味がないといったところか、すぐに視線を雪菜に戻したシリウスに、今度は雪菜が驚いたように小さく口を開いた。

「俺はこういうのに興味はナシ。ま、お前が欲しいっつーならアリだけどな?」
「なんか、意外」
「そか?」
「ほら、シリウスって何気に嫉妬深かったり独占欲強かったりするじゃない?」

そう告げながら手元の雑誌を手の中で丸め込んでみると、読書終了と受け取ったのか、すぐに雪菜の肩に回されていたシリウスの手に力がこもる。
トン、と寄せられてゼロになる二人の距離にも今更何を言うわけではないまま、雪菜はくるりと顔を上にあげて間近にあるシリウスの顔を見上げた。
今となってはもう彼の過度なスキンシップには慣れたもの。
最初でこそ恥ずかしくて蒸発してしまいそうになっていたのに……慣れとは怖いもの、それだけ"愛されてる"とさえ思う自意識さえ最近では芽生えてしまった程だ。

「んー、まぁ、そうだけど」
「この前は、レイブンクロー先輩が貸してくれた羽ペンだってだけで、羽をむしろうとするし」
「あれは、あんな見え見えのアプローチなんて俺の前でしてくれるからだろ?」

むぅ、と口元を尖らせたシリウスに、くすりと自然と笑みが漏れてしまう。
自分より大きな身体をして、しっかりと自分を抱き寄せるその仕草は成人男性そのものなのに、今の目の前の彼はまるで小さな子供そのもの。
普段のクールな彼もかっこいいと思う一方で、こういう"可愛い彼"もまた、愛しさが込み上げて胸がくすぐったく心地が良いというもの。

「だから、こういうさ"俺のもの!"っての、欲しいのかなって思ってたのに」
「まぁ、そうだけどさ。なんつーか……」

拗ねたように尖らせていた唇をゆっくりと引き戻しながら、今度はシリウスの視線が宙をゆっくりと彷徨う。
そのグレーの瞳を上目に見つめながら、行く先を辿ってみるがあるのはいつもの大広間の天井だけ。
彼氏の考えている事ぐらい分かって当然!と、以前クラスメイトが言っていたのをふと思いだしたが、生憎雪菜にはそんな特技はない。
さて、今回はどんな言葉を紡いでくれるのかと形の良い唇を横から見つめていれば、やがてシリウスが正面から雪菜の瞳を捉えた。

「だってこういうのは、俺とお前のお揃いにもなるけど、それだけじゃねーじゃん?」
「つまり?」
「同じ商品を買ったやつも少なからず世の中には居るわけだろ」
「まぁ……そうね」
「だから、ヤダ」

だろ?と同意を求めるように頬をくすぐったシリウスの手首から、僅かに香る彼の香り。
つ、とその香りをまるで擦り付けるように雪菜の首筋に手を這わして少しだけ強くあてつけて一言、"雪菜は俺だけのもんだ"と。
ソレを言うなら今の彼の行動――自分の香水を彼女にすりつける――も、シリウスにしてみればマーキングに近いものかもしれないが、これこそ同じ香水をつけている人など五万と居る筈なのに。
だけれども、きっとそういう理屈じゃないんだろうと何とか考えを落ち着かせようとしても、うっかりと漏れてしまった笑みに、シリウスはすぐに気付いたようにグレーの瞳を細めた。

「何で笑うんだよ」
「ごめんごめん、可愛いなぁって思って」
「何がだよ」

ぐしゃり、と髪をわざと大雑把に撫で付けられては、口元に浮かんでた笑みも一気に引っ込んでしまう。
恐らく余程照れているのだろうか、いつもよりもワシャワシャと強めに撫で付けられては視界もままならない。
それでも収まらない雪菜の笑いに痺れを切らしたのか、不意に無理矢理引き寄せられた顎からすぐに、シリウスの唇が雪菜の唇を挟み込んだ。

「い、ひゃ」

"がう"なんて音付きで唇に柔らかく歯を立てているのは彼なりの照れ隠しに違いないだろう。
くすぐったそうに雪菜が唇を引けば、更に深く"噛み付いてくる"シリウスの唇。
クスクス、と今度はシリウスまでも悪戯に笑い始め、噛み付き合いながらじゃれること暫く。
ようやく離れた唇に雪菜がぺろり、と自身の唇を一舐めしてみると、ツン、と今度はその唇にシリウスの人差し指が当てられた。

「お前の、さっきの意味は?」
「え?」
「欲しいけど、欲しくないって、どういう意味?」

その言葉に、シリウスの指先から視線をあげてみれば、そこには真剣な表情を宿したグレーの瞳。
今の今まで照れて笑っていたのじゃないのかと疑いたく成る程に、不意に宿す彼の表情はいつも突然色を変える。
そして今も同じく――トクン、とその垣間見せた色に雪菜の鼓動が小さく音を立てた。

「んー、シリウスとお揃いって嬉しいけど……」
「けど?」
「何て言うのかな、ちょっとワガママな事言っちゃうかも」

何となくぼんやりとした考えに、雪菜は言葉を探すようにもう一度宙を見上げた。
確かに彼氏とお揃い、なんてものは彼女としてはやはり気にはなる。
だけど、じゃあ指輪が欲しいかと問われると……素直に頷けないのは先程シリウスが答えたように"自分達限定じゃない"からかもしれない。
別に他人と同じモノが嫌な訳ではない、ただ、と少し唇を開いたものの言い迷っていた雪菜に、シリウスが事も無げに先を促すようにツ、と唇を一撫で。
その仕草でゆっくりと暖まる唇をもう一度だけぺろりと舐めてから、雪菜は促されるままに喉から音を紡いだ。

「……シリウスからしか、貰えないモノが欲しいの」
「俺からしか?」
「指輪ってほら、貰おうと思えば誰からでも貰えるでしょう?」

"誰からだよ"とすぐに不満そうに眉を顰めたシリウスに、違う違うと首を慌てて横に振る。
む、と再び顔を顰めたシリウスに"ほら嫉妬深い"何て告げてみると、更に眉間に皺が一つ。
その仕草に苦笑しながら、ごめんと雪菜が眉間へと手を伸ばそうとした――その時。

「俺しかあげれねぇものっつったら、一つしかねぇだろ」
「へ?っひ、ぁ!」

声と同時にチクリと走る痛み。
ソレが何かなんて問わずもがな、いつもは見える所に残らない紅い印が――恐らく首元に一つ、綺麗についたのだろう。
咄嗟に首元を押さえようとしても、パシリとすぐにその手は塞がれてしまう。
その用意周到というのか、先を見越したシリウスの動きに、今度は雪菜が眉に皺を寄せて鋭くシリウスを見つめたのに――その鋭さなんてものは、すぐにシリウスのグレーに飲み込まれてしまった。

「イイ案だと思わねぇ?」
「な、いきなり何するの……!」
「ほら、この紅い印は俺しかあげられねーだろ?」
なぁ、と愉しそうに笑いながら再度グイと引っ張られる感覚。
そしてすぐに首もとに走る生温かい感覚に、雪菜の身体がもう一度ぴくりと敏感に跳ねた。

「……発想がえっちぃ」
「何だ、駄目だったか?」

せめて悪態吐いてやろうと吐き出した言葉も、クツクツと喉を震わせて笑うシリウスの前では何一つ攻撃力がない。
ここが談話室だという事も、実は少し離れた椅子にジェームズとリリーが座っているという事も。
何一つ気にならないのだろう、シリウスは。

「安心しろ、メンテナンスは年中無休で24時間受け付けてるから」

ボソリ、と耳たぶを唇で挟みながら告げられてしまえば、雪菜の背筋がぞくりと嬉しそうに震えてしまう。
こういう発言も、こういう仕草も。
つい先ほどまでは拗ねたような表情を宿していたとは思えない程に、艶を含んだシリウスの瞳を至近距離で見上げると、嬉しそうに絞まる彼の瞳。
そんな余裕に溢れた表情が……悔しくて。

「……お?って、おま!」

まるで今つけたばかりの箇所を堪能するかのようにゆっくりと首筋を撫で上げたシリウスの手を余所に、目の前にある太い首に手を伸ばして、すぐにシリウスが自分につけた箇所と同じ所へと唇を寄せる。
途端に肩に寄せられていた手に力が籠るのを感じて、雪菜はギリギリ浮かべる事の出来る笑みに、口角を挙げて見せた。
……とはいっても、おそらく自分の頬は紅く染まり上がっているのだろうが。

「こういうのは"お揃い"っていうのが大事なんでしょう?」

目を見開いて、心底驚いた表情をしていたシリウスへと何とか告げてみると、やがてシリウスの口元がゆっくりと持ち上げられる。
それを見届けながら、更にシリウスに引き寄せられるがままに身体を預けて、コツンと当たった額同士に雪菜がそっと瞳を持ち上げると――

「As you wish, my honey」

そんな囁きと供に再び首もとを差し出したシリウスと、そこに唇を寄せようとした雪菜の耳に。
ピュゥ、なんて俗物的な口笛が目の前に居たジェームズから送られ、からかわれるのはあと2つ、お互いに印がついてからのこと……。




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特に何が書きたかったという訳でもなく(あ
最近我が家のシリウスが迷走してる気がしてならない……昔と変わった、気が。
シリウスは指輪欲しがりそうだけど、欲しがらなさそう。
皆さんはどう思いますかね……?( ´∀`)
最後のas you wishっていうのは、仰せのままにっていう男前フレーズです(何


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