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stray jewel





ぱたぱたと小走りに一目散に光を追いかけて走り去っていく生徒の後姿を見つめながら、雪菜はふふ、と笑みを零した。
一度も振り返ることなく見えなくなったその後姿に雪菜は隣に立っていた彼を見上げてみると――そこには面白いほど露骨に顔を顰めたシリウスの姿。

「スリザリンかよ、ったく」
「そういう事は言わないの。スリザリンだろうが同じホグワーツ生でしょ」
「けど、お礼ぐらい言えよな」

ふん、なんて不満そうに漏らしたシリウスに、雪菜は溜息を吐いてから杖を納めた。

今日は9月1日、ホグワーツ魔術学校の入学式。
組み分けも夕食も終わり、寮へと移動する生徒達を見送って大分立ってから、雪菜達も大広間を後にしたが今歩いている廊下はいつもとは違う廊下。
毎年途中で迷子になる新入生がいるのは雪菜も"経験済み"であるが故に、せめて監督生のリーマスの負担が減るように、と迷いやすい廊下を選びながら歩き始めたのはいいものの。
既に迷子を発見する事3組目、あと一体何組の迷子が寮までの道の中に迷い込んでいるというのかと思うと雪菜は毎年の事ながら苦笑を漏らした。

「今年はどんなおもしれーやつが入ってくるか、楽しみだ」
「ジョルトだっけ、ハンガリーの。シリウスに随分懐いてるよね」
「あいつにはもう少し度胸が必要だけどな」

くつり、とシリウスは悪戯に笑いながら片手に持っていたリンゴを手の上で転がしながらもう片方は器用に雪菜の手を絡め取る。
その手に一度だけ視線を落としてから雪菜もまたその手を軽く握り返して歩き始めし――ふと、通り過ぎようとした廊下の奥の方で左右を見渡している生徒の集団を見つけた。
知っている人しか気付かないだろうその廊下で右へ、左へと頭を動かしているその様子は背後から見ても十分に不安気な様子が読み取れる。
また見つけた、と通り過ぎようとしていたシリウスの手を引っ張って止めてみると、彼もまたそれに気が付いて軽く息を漏らした。

「迷子発見」
「いや、もしかしてホグズミードへの抜け道をもう知ってるのかもしれねーぞ」
「それだと悪戯仕掛け人としては是非スカウトしないといけない人材ね?」

もっともだ、と笑いながらシリウスは手に持っていたリンゴを一度だけ手の上で跳ねさせてから狙いを定め――雪菜が咄嗟に静止の声を上げる前にそれを腕から放った。
ああもう、と雪菜が軽い溜息と小言を漏らしながら手を解いてそれを止めようとしても、既に手を離れたそれは本人の狙い通りに遠くの生徒の頭に当たってしまう。
当然、痛い!と泣きそうな悲鳴をあげた生徒に反応して周りで体を寄せあっていた生徒達も次々と上げ始めた叫び声に、雪菜はにやり笑うシリウスを小突きながら溜息を漏らした。

「おいお前ら、そっちじゃねーぞ!」

一体どうしてこんな薄暗い道に迷い込んでしまったのかは皆目見当はつかないが、早速"先輩"の姿を見つけて安堵の色を宿した生徒達がパタパタ自分達の下に駆けてくる。
おろしたてなのだろう、まだ新品を物語るその制服はどちらかというと"制服に着られている"に近い。
その様子が逆に微笑ましくて、まるで親のような感覚になってしまうのが不思議なものだ、と雪菜は隣にやって来た今にも泣き出しそうだった紅いネクタイの男子生徒が大事に抱えて持ってきたリンゴを受け取った。

「迷っちゃったのね、グリフィンドールはこっちじゃないわ」
「すいません、周りに夢中になってたら……」
「毎年いるよな、動く壁紙につられて迷子になるやつ。こいつなんてもっと酷、」
「シリウス!」

ぴしゃり、と瞬時に反応した雪菜の声に新入生と達はびくりと今一度身体を強張らせたが、すぐに笑いながらシリウスが振るった杖先から出はじめた光に興味を抱いたように瞳をきらつかせた。
ふよふよと杖先からでてきた光はホグワーツにいると見慣れたものだけれど、それでさえ新入生にしてみれば驚きの声を上げるには十分のようで、わ!と上がった声にシリウスは得意気に口元をあげて――光を七色に変色させてみせた。

「ほら、これを追いかけていけば寮に着くから」
「ありがとうございます!」
「次は迷うんじゃねーぞ」

はい、と声変わりすらまだしてない声で丁寧にお礼を告げた生徒達がゆっくりと進みだした光を追いかけはじめる。
やがて追いかけながらも角を曲がろうとした生徒達が最後にへこりと自分達に頭を下げた彼らに、雪菜は飛び切りの笑顔で答え――姿が見えなくなると同時に、隣のシリウスを恨みがましく見上げた。

「何よもう」
「ん?何がだ?」
「私のほうが酷かったって、言わなくったっていいじゃない」
「だってお前あれは、」

彼が笑いを堪えている理由は雪菜には問わずもがな。
入学式が無事に終わりグリフィンドールの生徒の列に混じって寮に向かっていた筈が、周りの動く肖像画に気を捕らわれていた雪菜がとふと気がつけば回りに人っ子一人居なくなっていたのだ。

「神隠しなんてホグワーツであるなんて知らなかったんだもん」
「いや、あれは単にお前が迷っただけだろ」

余りに突然訪れた静けさと不安、それから行き交うゴーストに対する恐怖はマグル出身の雪菜を泣かせるのに時間なんて10秒もあれば十分。
泣いて、叫んで、当てもなく廊下を走りながら角を曲がって思いっきりぶつかったのは――今隣で笑いを堪えているシリウス。
彼もまた新入生だったのだが、あの時の取り乱した雪菜にはそんな事を確認している余裕なんて微塵もある訳がなく、わんわんと泣きながら助けを求めたのは言うまでもない――情けなくも、"助けてお父さん!"という声と共に。

「でも、お父さんってなぁ?」
「だ、から!あれは取り乱してて……っていうかいい加減忘れてよね!」
「それぐらい、インパクトがでかかったんだって」
「あーもう、聞きたくない!」

言わないで、と耳を塞いでシリウスの声に"あー"なんて雪菜が重ねると、ついにシリウスが噴出して笑い始めてしまった。
ふん、と精一杯大きく鼻を鳴らしながらケラケラと笑い続けるシリウスを一瞥して、さっさと歩き始めた雪菜の背後から暫くしてようやく笑いが納まったのか"悪い"なんて思ってもないであろうシリウスの声が聞こえてくるが、勿論雪菜には振り返るつもりなんて毛頭ない。

「はは、悪かったって言ってんだろ?」
「毎年この時期になるとその話掘り返してくるよね、もう!」
「だってあの時のお前の泣き顔つったら、」
「あーはいはい、どうせぶっさいくだったんでしょ、もういいから!」

握り締めたリンゴを投げつけたやろうか、そんな感情がふつと沸きあがって雪菜がリンゴを振り上げた――その瞬間。
少し後ろに居たはずのシリウスの手がいつの間にか自分の腰に巻きついていて、いつの間にか肩口に彼の顔が横目に見えた。
悲しいかな身長とリーチの差ですぐに距離をつめたのだろうシリウスに後ろから抱きしめられてるこの状態は、普段ならトクンと胸を彼女らしく高鳴らせたいものだが、今はそうはいかない。
振り上げた手の中に納まるリンゴを片手で取り上げたシリウスに、雪菜がそれでも小言を漏らそうとするとすぐに耳元に彼の温かい唇が触れた。

「せっかく可愛かったって言おうとしたのに、もういいのか?」

ああいつもこうだ、と瞬間沸騰してしまったような身体に雪菜はぴくりと身体を強張らせた。
いつもこうして自分が機嫌を悪くして怒鳴り散らしたり、シリウスに文句を言ったとしても彼の一言で心臓がすぐに音を立ててしまう。
どんなに自分自身を叱咤しても、どんなに長い時間彼と共に居て慣れようと、いつも簡単に"嬉しい"なんて音をたてる心臓に雪菜は深い溜息を漏らした。

「……そんな風に機嫌取ろうとしたって駄目なんだから」
「本当のことを言っただけだぞ?俺は」

怒んなよ、なんて言葉を紡ぎ背後から頬を撫でられてしまうと、文句を言いたくても全部のどの奥に舞い戻ってしまうだけだ。
頬から喉元にかけて、まるで猫や犬をあやす様に指先で撫でる少し冷たいシリウスの指に、雪菜は勢いよく出ようとしていた言葉を捜しながら口を噤んだ。
全く同じ事を去年も繰り返した事がある、あの時は確かこの後リーマスが合流したけれど……今年はその気配はない。
ならば今年はこのままからかい続けられるのか、と雪菜が胸の中で小さく嘆いたその矢先、背後でシリウスが喉を軽く揺らしたのが身体に伝わってきた。

「そりゃ、驚いたけどな。いきなり抱きついてきたし、号泣してるし」
「あれは……その、反省してるってば」
「鼻水なのか涙なのかわかんねーし」
「そういうのは言わないで、一応レディーなんだから」

あの時は必死だったが、今思い返せば返すほど顔から火が出てしまいそうなのに。
それでも毎度この話題を口に出すシリウスは英国紳士の風上にも置けない、と雪菜が腕から抜け出そうと勢いよく身体を捩った。
いつもならそれも敵わないのだが、今日はすんなりと緩んだ腕は彼なりの償いなのかと雪菜がくるりと身体を反転させると――すぐにまたシリウスの腕が腰に回されてしまう。
これじゃあ向きを変えただけじゃないか、とその身体を押し返そうと試みてはみたが、今度はしっかりと腰に回されているシリウスの腕は緩む気配はない。

「離してよ、鼻水つけるわよ」
「あの時……好きとかそういうのは未だ良く分かんなかったけど、確かにお前を泣かせたくないって思った」
「……泣き声が五月蝿かったから?」
「ばっか、違ぇよ」

ふ、と笑ったシリウスは薄暗い廊下に差し込んでいた月明かりを瞳に反射させながら、それ細めて視線だけを雪菜へとゆっくりと落とす。
その瞳と笑みはどこか懐かしそうで、あまり見ない彼のその表情にすっかり毒気も抜けてしまいぽかんと雪菜が顔を見上げてしまうと、シリウスはクツ、と一度だけ喉を鳴らして笑ってから雪菜の額へと自分の額をコツンと重ね併せた。

「泣いてる顔がこんなに可愛いなら、笑ってる顔はもっと可愛いんだろうなって思ったんだよ」

なぁ?と頬をちょいちょいと撫でるその指先は、きっと雪菜の頬が熱い事ぐらい気付いているのだろう。
いつもならそれすらからかってくるシリウスではあるが、今日はどこか違う。
そんなシリウスの様子と言葉に完全に湧き上がってしまった自分の心の落ち着き先が全く見出せずに、雪菜はかろうじて動いた口を開いた。
――やっぱり、簡単に許してしまう自分が何とも嘆かわしいが、今の言葉は正直に……嬉しい。

「……キザすぎるよシリウス」
「そんな俺の事が好きなくせに」

返された言葉に綺麗なリップノイズと共に落とされた軽い口付け。
しゅわりと炭酸が胸の内に弾ける感覚に、ほんの少し前まではチクチク怒っていた気持ちなんてすっかり消えうせてしまう。
悔しい、という気持ちは未だ燻っているのに、ゆっくりと頭を撫でてくるシリウスに雪菜はあの時のようにシリウスの胸に顔を埋めた。



So can you show me your smile?

.....Later.

When?

.....After you give me another kiss.

Deal.



****
本当は、リンゴを雪菜嬢の唇にちゅってしてから、それにちゅってするシリウスが書きたかった筈なのに。
結局小道具は使われずにいつもの流れ、どんまい。

最後は

「んじゃ、笑ってくれよ。」
「……後でね。」
「後って、いつだよ。」
「……もう一回キスしてくれたら。」
「了解。」

てな具合で。

あ、今日ホグワーツに入学した皆さんおめでとうございますヾ(´∀`*)ノ


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