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Who knows?





カコン、カコン、と風流な音を鳴らして隣を歩く背の高い彼はどうみても異国の人。
道行く人からチラチラと視線をおくられているのは、きっと彼が異国の人だからではなく、浴衣を身につけているその姿が様になっているからだろう。

「いやー今年も人すっげぇな」
「去年もこれぐらい混んでたよね」

はは、と笑いながら繋いでいた手に力を入れるとその手が軽く握り返される。
ちらりと見上げた彼、シリウスの瞳は目の前の光景に楽しそうに目をキラキラとさせながらきょろきょろと忙しなく首を右へ左へと動かしており、そんなシリウスに雪菜はくすりと笑みを漏らした。
今年で二度目の日本の夏祭り、去年来た時には少し違和感があった浴衣姿も今年はばっちりと着こなせているのが羨ましくもあり、不思議なところだ。

「シリウス、浴衣似合ってるね」
「まじで?サンキュ。もちろん雪菜もばっちり似合ってるぞ」
「へへ、シリウスのセンスがいいのだけは尊敬してます」
「だけ、は余計だ」

ぺち、と痛くないデコピンを受けて雪菜が楽しそうに笑い声をあげると、シリウスは表情さえ不満そうな色を宿していたものの、彼もまた楽しそうにくつりと喉を振るわせた。
去年は雪菜の兄から借りた浴衣を身に着けていたシリウスにだが今年は違う。
新しく浴衣を買いに行くと雪菜が告げたのに便乗して彼もまた、自分用の浴衣を購入したのは昨日の話。
最後の最後まで両手に持った着物の二択で悩んでいた雪菜の手元にひらりとシリウスが持ってきた別の着物に雪菜が瞬く間に一目惚れ、その結果、今雪菜が身につけているのはシリウスの見立てた浴衣だったりする。

「ねえ、可愛い?」
「なんだ、いつもならんな事聞いてこねーくせに」
「……いつもと違う格好してるから聞いてみただけ」

くるり、とシリウスの前に姿を現して彼を見上げてみると、シリウスが口元をあげる。
本当はそんな事聞かなくても分かっているのだが、それでもあえて聞いてみるのは回りからの視線をいっせいに集めているシリウスのせい、と雪菜は軽く唇を尖らせてみると、そんな彼女の行動にシリウスは更に笑みを深く刻んでさらりと右肩に流していた雪菜の髪を救い上げ――腰を折ってスマートなキスを一つ。
それだけでも普段の雪菜なら顔から火が出るほど恥ずかしいのだが、今日は夏祭りのせいかいつもより雪菜が何とか素直に受け止めると、シリウスは綺麗な灰色の瞳を僅かに細めた。

「んな事聞かなくても分かってるクセに」
「だって、」
「可愛い、一番似合ってる」

ちゅ、と髪先から頬に寄せられたシリウスの唇に思わず瞳を閉じてみると、やがて頬に聞きなれたリップノイズが響く。
雪菜の耳にカラン、と響いた道行く人の足音を合図に瞳を開いてみると、視線の端にこちらをチラと盗み見る若い女性の視線が飛び込んできた。
それと同時に離れたシリウスの唇と顔を追いかけて視線を上げると、少し意地悪に笑う彼の姿をすぐに捉え――もう一度不満な色を宿した。

「何だ、今日はヤケに大胆じゃねぇか」
「……、」
「心配しなくても、後で、な?せっかくのグロスが取れちまうだろ?」

まるで子供をあやす様にくしゃりと髪を撫でて再び雪菜の手を絡め取ったシリウスに、雪菜は口を噤んでそのまま身体を寄せた。
告げなくても分かっているのだろう、雪菜が不満そうな色を宿した理由には。
現にシリウスが告げた言葉がそれを物語っており、雪菜はふんとわざとらしく顔を顰めてみせようとしたがすぐにくすりとした笑みに変わってしまった。
そんな些細なやり取りも、バカップルだなんて冷やかされている自分達にとっては日常茶飯事だ。

「だってここ日本だもん」
「日本はアッチと違って人前でキスなんてしない節度のある国だってお前去年言ってたじゃねーか」
「……そうだけど、でもシリウスと私の事知らない人がいっぱいいるもの」

むぅ、と少し不満気に息を漏らしながら、雪菜はきょろりと周りを見渡した。
行き交う人たちは老若男女とはいえどやはり自分と同じ年代が一番多い、となるとだ。
先ほどからチラチラと雪菜本人にも感じるほどの視線の数々はもちろん、ハートなんて甘ったるいものをつけて目の前のシリウスに注がれている訳で。
それに"やっぱジャパンで外人って目立つんだな"なんて見当違いな答えを見つけているシリウスに雪菜は溜息を漏らした。

「だから、今日はシリウスが逆ナンされないようにしなきゃ!」
「何言ってんだよ、お前は」
「シリウスだってこの前ロンドンでデートしてた時同じ事言ってたじゃない?」

ほら、と手をとり屋台の道を歩きながら告げられた言葉にシリウスがあぁ、と苦笑を返事代わりに一つ浮かべた。
あれは数ヶ月前、休暇中にふらりとデートがてら遊びにロンドンを訪れた時の事。
いつもより少しだけ気合を入れた服装に、当の彼氏は喜びはしたもののすぐにそれは複雑な表情に変わってしまった。
別に短い服を着るな、等と言う訳ではないが、たまたまカフェで並んでいた時に前に並んでいた男の人に声をかけられたのがまずかった。
声をかけた男は下心があった訳はない(と思う)のに、シリウスの不満が膨らんでしまったのは言うまでもない。

「あれはお前があんな短いスカート履いて……、あぁ、そっか」
「ん?」
「てことは、今日のこの可愛い格好だと、また俺が杞憂しなきゃいけねーってことか」

そもそも"どのコーヒーがお勧めですか"と問うて来た男の質問に答えていただけなのに、どうして服の事になっているのか。
それでも彼氏であるシリウスに心配されるのも悪くは無かったというのがあの時の正直な感想であるとはいえ、と雪菜は不満そうに肩を竦めたシリウスを見上げた。
ここは雪菜の生まれ故郷である日本の片田舎、そこまで来てくれたシリウスには余計な心配をかけたくない、そして自分もまた――必要ないと分かっていても、余計な心配はしたくない。

「ねえねえ、いい案があるの」
「へぇ、どんな?」

くすり、と大方察しがついたのかシリウスも雪菜の笑みに答えてお互い笑いあい、絡めていた手を更に近くに寄せ合うこのタイミングはいつもぴったり。
指先を絡めて、腕まで一緒に絡めあってしまえば傍から見ても一目瞭然で"外国人の彼氏がいる日本人女性"に見えるだろう。
ぴたりと寄り添いながら歩くなんてホグワーツでも冷やかされる分滅多に雪菜からはしないけれども、今日は別。
隣に立つ、人の視線を簡単に集めてしまう彼の隣で"彼女"としてみてもらえるように、と雪菜はシリウスの肩に軽く頭を乗せた。

「いつもこれぐらい素直にくっついてくれりゃ良いんだけどな」
「いつもすると有難味がなくなるでしょう?」
「有難味ねぇ?」

ふ、と突然耳元にかけらえたシリウスからの吐息には、反応したくなくても面白いほどに敏感に雪菜の身体が跳ねてしまった。
慌てて見上げてみればそこには悪戯に成功したようなシリウスの笑みがあり、いくら少し涼しくなってきた夕暮れ時といえど頬にカッとあがった熱に雪菜が体を離そうとしても――勿論、自分で絡めたとはいえその腕が易々と離れる訳が無い。

「そういう事はもっと余裕を持ってから言うもんだと思うけど?」
「ふ、不意打ちは卑怯でしょう?!」
「不意打ちじゃねーし、これぐらい先を読んどけ。占い学、お前得意だろう?」

けらけらと笑いながら腕を引き寄せ歩き始めたシリウスに声を荒げたくてもこの人込みで"いつも"の杖を振り上げた喧嘩などできる訳がない。
もう、と出切る限りの精一杯の不満を表してみても、結局は楽しそうに笑うシリウスに雪菜の頬も緩んでしまうのだからどうしようもない。
十分に警戒をしながら再び身体を寄せてみると"もうしねぇから"なんてまだ可笑しそうに笑うシリウスの声が雪菜の真っ赤な耳に届いた。

「ただでさえ耳弱いの知ってるでしょ、もう……やめてよね」
「知ってるからしたに決まってんだろ」
「ばっかじゃないの、ほら、早く何か買って食べよ」
「あ、俺あれがいい、中にオクトパスが入ってるやつ」

飄々と言ってのけるシリウス之言葉を早々に切り上げて、と雪菜はシリウスの腕をぐいと引っ張りながら適当な屋台の隙間を歩き出した。
去年は片っ端から試してお腹がはちきれんばかりに一杯になったのはいい思い出、今年はその二の舞を踏む事もなく的確に選ぼうなんてココに来る少し前に話してたのだけれど。
今年のリクエストはたこ焼きか、と頭を切り替えて屋台を見渡していると不意に、あ、とシリウスがあげた声に、雪菜も同じ方向へ視線を向けて、あ、と言葉を漏らした。
決して新しくも今風でもないその屋台の看板は昨年もシリウスと足と止めたものと酷く似ている、否、こちらから見える店員にも見覚えがある辺り同じ出店に違いない。

「いらっしゃい、何に――って、おぉ!お前ら!」
「こんにちは、覚えてますか?」
「覚えてるよ、勿論。かっこいい旦那つれてたのは1年日本中歩いてもお姉さん達ぐらいだったよ」
「へぇ、俺の事覚えてたのか、それともこいつ?」
「はは、そりゃ俺は男だからな。勿論お姉さんの方に決まってんだろう」

はっ、とワザとらしく不満気に笑うシリウスに、店員の男もまたニヤニヤと楽しそうな笑みを返す。
去年屋台で雪菜が買っている隣に立っていたシリウスに店員が不意に英語で話しかけたのがきっかけ。
まさか英語を話す店員がいるとは思っていなかったシリウスは不意を突かれたようだがすぐに打ち解けてしまい、結局随分と長い間話していた気がする。
1年かけて全国の祭り会場を巡っていると店員はいってはいたが……まさかまたこの地で再開できた事は、と雪菜も素直に軽く会釈を落として笑みを浮かべた。

「お兄さんが彼女と別れてたら今年は口説けたってのにな?」
「残念、そんな日は来ねーから別をあたるんだな」
「相変わらず仲が良くて何よりだよ、ほら、もっていきな。代金はいらねーよ」
「え、いいんですか?」
「なーに、ちょっとした心意気ってやつさ。その代わり来年は子連れできてくれよ?」

そしたら売り上げもあがる、なんて笑う男に雪菜がぽかんと口を開けていれば、シリウスはそれは楽しそうに笑って店員と軽く握手なんてしている。
日本には友達が居ないシリウスにとっては、こうして少しアグレッシブだけれども新しい知り合いができたのは嬉しい事なのだろう、また来年な、と男同士の約束を交わしている姿を見て雪菜も笑みを浮かべてその様子を見守った。
やがて並んできた客の列に店員に別れを告げて、適当な場所―といっても屋台のが並ぶ裏の木の陰ぐらいしか場所はなかったが―に落ち着き先を見つけてから、雪菜は袋から出来立てのたこ焼きを取り出しながらふとワクワクした表情でそれを見守っていたシリウスへと視線を上げた。

「ねぇ、来年も来る?」
「当たり前だろ?何だ?帰りたくない理由でもあるのか?」

きょとん、として当たり前のように、むしろ逆に問うてくるシリウスの表情には純粋に疑問しか浮かんでいない。
即答で答えられたその回答に首を横に何度も振ってから言葉を濁して、雪菜は店員に手渡されたばかりのたこ焼きの蓋をあけながら頬を綻ばせた。
せいぜい"そうだといいな"と言う返事が返ってくると思っていたのが、実際に返ってきたのは"当たり前だ"なんていう確定の返事。
きっとニヤニヤと浮かんでしまっているであろう笑みにすら、シリウスは首を傾げてその意味を尋ねてくるのだろうと思うとほっこりと嬉しい感情が雪菜の心を満たしていたその時。

「それに、来年は子供もいるかもだし?」
「なっ?!」
「有り得なくはねーもんな?」

Who knows?だなんて笑いながら弱いと知っている雪菜の耳に言葉と吐息を落としたシリウスに、思わず落としそうになってしまったたこ焼きを雪菜は何とか死守してから木の幹に背中を預けるシリウスの顔を慌てて見上げた。
先程までの純粋な表情はどこにいったのか、何やら含み笑顔を浮かべるシリウスに何を言い出すのかと言う視線を投げかけても軽く受け流してしまう灰色の瞳に口を開こうとして――ぐっと、雪菜にしては珍しく、言葉を飲み込んでしまったのは、"有り得なくはないな"と嬉しそうに笑うシリウスの言葉に隠された将来という意味を汲み取ってしまったから。
そうね、とは上手くは返せなかったけれども、もごもごと言い籠ってしまった雪菜の様子にシリウスは満足そうに笑ってからやがて、口をあーんと大きく開いた。
問うまでもない、手元にあるたこ焼きを入れてくれという事なのだろうと雪菜がたこ焼きに爪楊枝を刺したその時、"そうだ"と思い出したように開けいた口を閉じて雪菜を見下ろしたシリウスに、首を傾げてみると彼は何故か今になって再度まじまじと雪菜の浴衣を見下ろしてから、一言。

「浴衣って下着つけてんの?」
「は?」
「いや、気になっててさ」

するり、といつの間に手を回したのか雪菜のお尻の部分にかかる手は誰のものなのか何て確認する必要は無い。
するすると撫でるその手に無粋に撫で回されること数秒。
"どっちだ?"なんて答えは分かっているのだろう、それでもわざとらしく笑いながら尋ねるシリウスに、雪菜はひくつく頬を押さえて右手に持っていたたこ焼きを――シリウスの口に押し付けた。

「……つけてるに決まってんでしょっ、この変態っ!」

熱っちぃ!!、と一際大きく上がった叫び声がもしかしたら今日一番の視線を集めたかもしれないがそんな事は今は気にしない。
まさか、ではあるけれども。
来年はもしかしたら3人でここにいるかもしれない、何て思いながら目の前でひぃひぃと口元を押さえて涙目になっているシリウスを見つめて、雪菜はぷっと吹き出した。





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水川 玲様より100000hit企画リクエストに頂きました。
シリウスと浴衣を着て夏祭りにGOなお話、という事で書かせていただきました!
シリウスが浴衣、うは、描写はほとんどできませんでしたが見える胸元に一人脳内でニヨニヨしておりました(笑)
たこ焼きとか、お好み焼きとか、からあーげとか好きそうだな、シリウス。
初夏祭り!を当初は予定していたのですが、目にするもの全てに飛びついて最終的にはお面とかつけて、ぴーひょろろと鳴る笛とか買ってそうなシリウス(と鹿)しか思いつかずに二度目の夏祭りに変更です。
おいあれすっげえよな!とか言いながらあっちへフラフラ、こっちへフラフラ。
やっと戻ってきたかと思うと浴衣が開けて半裸みたいな、むしろバスローブみたいな格好になってしまってたり……と、到底落ち着き先ななかったんで(笑)
二度目という事もあってシリウス、ちょっとは落ち着いていますがこの後またいろんなもの食べて金魚すくいとか、型抜きとかやったりして。
近所のちびっこと意思疎通できずともその神テク金魚すくいで注目を集めそう(何
何はともあれ、すげーなジャパン!とかいいながらきゃっきゃうふふしてるシリウスを思いながら書かせて頂きました!
全然夏祭り描写少ない癖にね!←
who knows?というのは誰もどうなるかわかんねーもんな?的な感じでお願いします。

水川 玲様、リクエストありがとうございました!


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