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Pretending





出された課題の多さに悲鳴を上げながら図書館にこもる事恐らく数時間。
ふと気付いて顔を上げたときには陽の光が電気代わりになっていた図書館は、いつの間にか蝋燭が灯されふよふよと宙を舞っており、窓から見える真っ暗の景色に溜息をついてから、雪菜は持ってきていた資料一式を抱えて談話室に、そして自室の前へと舞い戻ってきた――のだが。
ドアを開けた瞬間に響いてきた騒がしい音に、雪菜は唖然と目を見開いた。

「あら、遅かったわね?そろそろ番犬を迎えに行かせようと思ってたところなのよ」
「ただいま、リリーって……どうしたの、これ」
「せっかくのフライデーナイトだから今日はみんなでパーティーでもどうかって……結構前から言ってたわよね?」

丁度その後ろから、おかえり、と更に声をかけられて振り返ると、雪菜同様に両手一杯にお菓子を抱えたリーマスがにこりと笑って立っており、更にその後ろから数名の男子生徒に女子生徒、いずれも見慣れた生徒達がルームパーティーを聞きつけたのか各々お酒やお菓子をもって部屋に入ってくる。
そういえば、今日の夜は部屋でパーティーを開くとリリーが言っていた、とようやく思い出して雪菜は既に部屋に居た数名の生徒たちに手をひらりと振り挨拶を交わした。

「あ、そっか、ごめん、来週だと思ってた」
「いいわよ、よかった?もしかして疲れてる?」
「ううん、疲れてるからこそぱーっと遊びたいわ。……シリウスもきてる?」
「ええ、ほら、あそこ。ジェームズがワインを持ってきてくれたのよ、今日はワインパーティーね」

部屋の中に香るチーズの香りやバゲットの香り、そして背後からリーマスの抱えた甘いお菓子の香り。
普段は嗅ぎなれないその香りに包まれた室内に一歩足を踏み入れてから、雪菜はテーブルで軽く手を振ったシリウスの手元にあるグラスに視線を止めた。
綺麗なフォルムを描いている透明のワイングラスの中にタプン、と揺らいでいるのは部屋の光を反射させている赤ワイン。
当たり前のように既に口をつけながら雪菜の椅子に座っていたシリウスに、ようやく雪菜も手にした教科書を机の上に置いて彼の傍へと近寄った。

「課題終わったか?」
「……聞かないで」
「まぁ週末あるんだし焦る事ねぇだろ。ほら、飲むか?」
「うーん、これだけはシリウスと取ってる科目違うから聞くに聞けないのが悲しいところだわ」

はぁ、と溜息を一つ漏らしながら雪菜は差し出されたグラスをシリウスの手から受け取る。
軽く口をつけてみると、疲れた体と少しの空腹にやけにしんみりと赤ワインが染み込んでいき、ごくり、となんて飲むべきものじゃないが喉を鳴らして大きな一口飲み込むと、香りの良い赤ワインが口内一杯に広がった。

「ん、美味しい……あ、シリウス、ちょっとでいいよ、それ多い」
「飲まないのか?」
「酔いがすぐ回っちゃいそう」
「いいじゃねぇか、酔っ払ったって。ここお前の部屋だし」

シリウスがチーズの並べられたテーブルの上でワインをトポトポとグラスに注いでいたのを押し留めると、案の定なみなみと注がれた後のワイングラスが差し出される。
それに雪菜が軽く首を振ると、シリウスは少し残念そうに、それでもにやりと口元をあげて今注いだばかりのワインを一口、二口と口をつけた。

「これぐらい?」
「ん、ありがと」

自分の持っていたシリウスのグラスと、シリウスが今しがた入れてくれたグラスを交換し、机に置いてあったバゲットに手を伸ばした。
先ほどの一口で酔ってしまう程アルコールに弱い訳ではないとはいえ、それでも心なしか心臓がいつもより大きな音を立てている。
もともとそこまで強くないのは自分が日本人のせいか、それとも体質のせいか。
お酒を口にするようになってから何とかそれなりに嗜めるようにまではなったものの、それでも自身でリミットを覚えておかないと後々が思いやられる――幾度と無く経験済みだ。

「あ、」
「うん?」
「忘れてた」

ジェームズやリリー、リーマスが他の生徒達と美味しそうにお酒と談笑を酌み交わしている様子を見つめながら雪菜がバゲットをごくりと飲み込むと、早速にワイングラスにお酒を注ぎ足していたシリウスが思い出したように顔を上げた。
この短時間にすでに2杯目――否、もしかしたらそれ以上口にしているというのに隣で顔を上げたシリウスの肌色はいつもと変わりない。
いつも酔いが回るのは自分が最初で、彼らが泥酔をしているところを余り目にしない分それが酷く羨ましい、と雪菜は注がれているワインを見つめながらぼんやりとオリーブに手を伸ばそうとしたその時、伸ばした手にシリウスの冷たい手が重なった。

「おかえりのキスは?」
「……ただいま、シリウス」

言うや否や腰に回されたシリウスの手に然程拒否をする理由もなく、雪菜は軽く屈めてきたシリウスの顔――頬に向かっていつものように唇を落とす。
入学した当初は、挨拶代わりにハグを交わすことにいちいち心臓を五月蝿く掻きたてていたが、それももう慣れたもの。
ちゅ、とハグに加えて頬に軽く唇を寄せるとシリウスもまた頬に優しく――少しだけ熱い唇を落とした、のだが。
頬を離してみても腰から離れようとしないシリウスの腕に、雪菜が目をぱちりと一度だけ瞬かせてみると、相変わらず屈んだままのシリウスはそのまま更に距離を詰めるように雪菜の額に自身の額を重ねた。

「うん?」
「……ただいまのキスは、唇ってのが我が家のルールなんだぞ」
「我が家ってどこ?シリウスの家?」
「んーん、俺と雪菜の」

すり、と甘えるように額を数回摺り寄せるシリウスの顔を間近に見つめて、雪菜は目を更に瞬かせた。
ふわりと香るワインの香りはそこまで強いものではないが、それよりも目の前で頬を緩めて笑うシリウスの何と珍しい事。
いつもならふわふわとアルコールが回ってくる自分を"介護”してくれる彼が、今日は既に酔いが少し回っているようだ。
そんな様子にちら、と片目でリリー達の様子を盗み見ようとして――ぐい、と顎が掴まれた。

「なーんで、キスしてくんねぇの?」
「いや、シリウス?」
「俺はこんなに雪菜の事が好きで大事で愛しくてしょうがないっていうのに」
「シリウスもしかして……酔っ払ってるの?」

つんつん、と頬を触ってみると肌の色は先ほど見たときと同じでいつもと代わりが無い。
それでも頬から伝わってくるいつもより熱を含んだ肌に、雪菜は苦笑を漏らした。
珍しい事もあるものだ、と思うと同時に再度額をするすると重ね合わせながらこちらを見つめる灰色の瞳が少し緩みながら雪菜の瞳と重なった。

「酔ってない、あぁ、でも雪菜になら酔ってもいい」
「酔ってるね、シリウス」
「お前にな?」
「はいはい……そんなに飲んだの?」

いつもなら間逆のやり取りが繰り広げられる筈なのに、今日に至っては全く逆。
酔ってないと首を振りながらやがて腰に絡んでいたシリウスが更に雪菜を自分の下へと引き寄せる。
言われてみれば少し熱いかもしれない彼の腕の中、雪菜は相変わらず腰を折ったままのシリウスの頬を両手で挟んだ。

「酔っ払いにはキスしたげないんだから」
「酔ってないって」
「本当に?」
「本当。マジ」
「でも頬熱いよ?」

ぺちぺち、と頬を数回叩いてみると、シリウスは少し不機嫌そうに目を細めるが――その瞳もいつもより緩んでいるように見える。
クスクス、とリリー達が隣のソファで楽しそうに談笑を繰り広げているのが耳に届いたが、ばっちりと身体を押さえ込まれたこの状態では身動きが取れない。
”キスして”と何度も子供のように呟くシリウスに雪菜は堪えきれずについにぷ、と噴出した。

「シリウス、可愛い」
「可愛いのは雪菜だろう?」
「ううん、シリウス可愛いよ。良い子良い子」
「子ども扱いすんなって、それに俺は酔ってない。だからキス。キースー」

何とか腕の中から片腕を出してシリウスの黒髪をやわやわと撫でていると、より一層腕の中に収められる力が強くなる。
”酔ってないって言ってるだろ””キスして”をひたすら繰り返すこの大きな彼氏。
キス一つぐらいシリウスと交わす事は今更何の抵抗もない、それでも本当に珍しく自分より酔っ払っている彼氏を目の当たりにすると――意地悪もしてみたくなるというもの。

「どうしよっかなぁ。ほら、シリウスからならいいよ?」
「いつも俺からばっかじゃん、たまには雪菜からしてもらいてーの。」
「えー、どうしよっかなぁ。酔っ払い相手はなぁ」

ふふ、と笑いながらシリウスの頬を撫で、そして唇の触れそうなぎりぎりの距離で囁くのはいつもシリウスが自分にする”些細な意地悪”。
それをまるで真似るように同じ事をしてみているのだが、シリウスは気付いていないのだろう、不満そうに雪菜の唇に噛み付こうとして――そして寸前で捉え損ねる。
いつもの彼ならこれぐらい簡単に崩してしまうのだが、どうも今はそうはいかないようだと雪菜は悪戯にくすりと笑みが漏れてしまう。
それが不満だったのか、ふんと鼻を鳴らしたシリウスは唇を諦めたのか雪菜の首元に顔を埋めてぎゅっと、きつく腕を閉じ――ぽつり、と言葉を漏らした。

「ずるい、俺ばっかり」
「んー?」
「俺ばっかり雪菜の事が好きで、俺ばっかり雪菜を求めてばっかで、ずるい」
「そんな事ないよ?私もシリウスの事ちゃんと好きだよ?」
「じゃあなんで、」

ころん、と肩口に転がったシリウスの頭をぽんぽんと撫でると少し不満そうな、それでいて弱いシリウスの声が耳に届いてくる。
拗ねているのか、悲しんでいるのか、お酒を飲むと本性が出るというがまさか彼が本当に不安に思っているというのか、と雪菜は相変わらず漏れ出る笑みは隠しきれないまま、それでもシリウスの首をそっと持ち上げた。

「ごめんごめん、シリウスが可愛くてつい」
「可愛いのは雪菜だろ?」
「うんうん、ありがとう。大好きよ、シリウス――」

ちゅ、と小鳥の啄ばむようなキスを一つ。
一度目のキスでシリウスがぴくりと目を見開いたのに気を良くしてもう一つ。
そして満足そうに瞳を細めた彼を見つめて、最後に一つ。

「これで良い?」
「ん、好き。雪菜マジで好き」
「私も好きよ、シリウス。だからちょっと、ね?重たいからそろそろ、」

そう、いくら抱きしめられているとはいえ酔っ払い相手の今はだんだん自分に重みがかかってきている。
少しずつ力の抜けてきた彼を支えながら、腰を折ったままのシリウスの体を押し返そうとした――その時、感極まったのかシリウスが一段とがばりと抱きついてきた。

「ちょ、しりう、わっ!」

ドサり、とついに支えきれずにバランスを崩してしまった雪菜は幸いにもすぐ背後にあったソファに体がぽすりと納まった、のだが。
そのソファに座っていたリリー達も何事かと驚いたような、呆れたような声が次々に上がり始めた。

「シリウス、僕のワインが零れたじゃないか!それに、痛い、足踏んでる!」
「あらやだ、雪菜大丈夫?」
「いたた……ごめんー!っていうかこの酔っ払い!」

そんな小言はどこ拭く風といったところか、相変わらず雪菜の頬に頬擦りをしながらさらには覆いかぶさるように体をあげたシリウスに、隣に居たリリーも苦笑をしながらやんわりとシリウスから雪菜を引き寄せようとするが――悲しいかな、いつもなら力強いリリーの腕も今日は幾分も弱い。
ぽん、と雪菜の手にかけたリリーの腕が力なく抜けると同時に、楽しそうに笑い出したリリーをジェームズがまたくすくすと笑う。
この状況、いつもなら間違いなく目くじらをたてるリリーがこうも笑っているとは、と雪菜が頬をひくつかせると同時にようやく雪菜は視界の端、ソファの横に並べられたワインの瓶を視界に捕らえた――その数、目算だけでも5本以上はある。

「ジェ、ジェームズ?」
「んー?ここで始めないでね、始めるなら、」
「違う違う違う!ていうか、貰ったワインって1本じゃなかったの!?」
「1ダースだよ、1本なんてこの人数なら足りないでしょ?」

あっけらかんと言ってのけるジェームズを――言われてみれば彼の頬も少し赤い――見つめ返して笑う彼に雪菜はようやくこの覆いかぶさっている彼氏がこうなってしまった理由に行き着いた。
すりすりと頬擦りをしたり、雪菜がジェームズと会話を交わしている間にもちゅ、と唇に落とされるキスの嵐。
間違いなく犬の彼なら尻尾をはちきれんばかりに振っていると思うと……可愛いとは思ってしまう自分はつくづく重症なのかもしれないと雪菜は苦笑を浮かべた。

「もう、シリウス、酔い覚ましにお水飲もう?」
「酔ってないって。なぁ、雪菜、キスは?」
「キスもうしたでしょ?」
「やだ、足りない」

覆いかぶさる彼を押し返しながらタップを繰り返すが、力の差はたとえ酔っ払い相手でも歴然としている。
大丈夫、と視界の端から――彼は酔っていないのか、いつもと変わらない笑顔を浮かべている――リーマスが手を差し伸べるその手を取ってなんとかシリウスの腕の中から抜け出すと、当の彼は先程までのご機嫌はどこにいったのか、不満そうに鼻を鳴らしてグルグル言っているではないか。

「酔ってるね、シリウス。そんなに飲んでたの?」
「おい、リーマス、雪菜は俺の」
「五月蝿いよシリウス……いや、いつもと変わらないと思うけど、雪菜が戻ってこないから待ちくたびれたんじゃない?」
「雪菜、ほら来いって。キスしてくれよ、キス」
「はいはい、ちょっとまってねシリウス。……なのかな、それにしても珍しい。ちょっと落ち着くまでお部屋に連行してくるわ」

ぐい、とついに腰を引っ張られてシリウスの腕の中に収められると、先ほどよりも更にシリウスの頬が、体が熱い。
自分の名前を呼ぶ声、そしてすりすりと犬か子供か、とにかくいつもより大分おかしいその状況に雪菜はシリウスを振り返った。
ばちりとあった視線に、その瞬間にシリウスの頬が嬉しそうに笑うシリウスの何と緩みきった事か。

「シリウス、部屋に戻ろっか」
「やだ、雪菜と離れるの嫌」
「私も一緒に行くよ?」
「……一緒に?」
「うん、一緒に。立てる?」

ほら、とソファから身体を起こして手をとると、大分おぼつかない足取りではあるがシリウスもなんとか立ち上げる。
きゃー、なんて訳の分からない笑い声をリリーがあげ、隣ではジェームズが杖を振って何かを出しており、そしてリーマスも楽しそうに笑いながらそれに応戦している。
何ともいえない珍しい光景に雪菜もまた可笑しそうに笑いながら、別れを告げた――最も、覚えているとは思えないが。

「なぁなぁ、雪菜、雪菜?」

ゆっくりと部屋を出ると、今までの騒がしさはどこへやら、シンと静まり返った部屋にシリウスの陽気な声が響いて雪菜は慌てて彼の口に人差し指を重ねる。
しっ、と告げると今度は素直に口を閉ざしたシリウスはそれでもほろ酔いは覚めやらぬまま、ふと雪菜に連れられていた手を自身のほうへと引き寄せて――トン、と彼女に押しつけるまでに要した時間、たったの数秒。
咄嗟の行為に雪菜が驚きで目を見開くのと同時に、見慣れた灰色の瞳がくすり、と笑って細められ――耳元に”いつもの”彼の低い音色が振ってきた。



Do you really think I'm wasted?

Si...rius?

I got you...wasted is just an excuse to take you out.

wh..what? but I thought...

I told you I'm just intoxicated by you,hun?




****
花より団子様より100000hit企画リクエストに頂きました。
シリウスとお酒を飲んでしっとりと……という事でしたが、まず土下座させて下さい、すごい土下座させて下さい、地に頭を埋めさせてください(ガバァッ
しっとり……し、っと……しっとり?な、むしろやっかましいお酒の会合となってしまいまし、たorz
いや、あの、その……良い訳ができない(冷や汗)ち、違うんですシリウスが酔っ払ってたのがいけなくてデスね、はい、その、ごめんなさいorz
たまには雪菜嬢でもなく、シリウスがペロンペロンに酔っ払うのもいいかなーなんて……なんて、独断です(殴
そしてたまにはすりすり甘えられたりしたら、幸せかなとか(私が
そんな事を思いながら書かせて頂きました。
それにしても酔っ払ってるとはいえどヘロヘロは若干の演技とかもう、シリウスは何様ですか、神様ですか、お犬様ですね(何

最後の台詞は

「ホントに酔っ払ってるって思う?」
「シ……リウス?」
「お前を外に連れ出す口実、ってな?」
「え、え?でもてっきり、酔ってるって……!」
「あぁ、でも、言ったよな。お前に酔ってる、って。」

てな具合でお願いします、きっと金曜日だしシリウスはデートしたかったんだと思います(遠い目)
美味しくお部屋でいただけれてください、ごちそうさおまでした(逃亡

花より団子様、リクエストありがとうございました!


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