key question パラリ、パラリと雑誌を捲るリリーの指先を視線で追いかけながら、視界に飛び込んできたマグルの写真を見て雪菜はふと視線を一枚の写真に縫い付けた。 もう数十ページ以上二人で覗きあってきたウェディング雑誌に半ば飽き飽きしていた矢先に目に入ったその写真。 リリーもまた思うことがあったのか、ページを捲る手を止めてその写真をじっと見下ろてから、嬉しそうに口元を緩めた。 「……見つけた」 「うん、私もイイと思う。そのマーメイドラインのウェディングドレス」 手元の写真を改めて二人で覗き込んでから、雪菜はつっとドレスの詳細を指でなぞった。 写真の中の二人組みの女性が着用しているマーメイドライン、それからプリンセスラインのウェディングドレス。 もちろんリリーの希望は"絶対マーメイドライン!”だったからどちらの写真を指しているかなんて言わずもがなであり、更に長年行動を共にしてきたリリーの好みであるデザインな事ぐらい、雪菜にも一目で分かった。 「ここのレースが可愛い。予算も……うん、この値段ならいけるね」 「えぇ、ぴったり。……ジェームズも喜んでくれるかしら」 「パジャマ姿でさえ絶賛するジェームズよ?」 ”気絶しちゃうんじゃない?”と付け加えてリリーの額を小突いてみれば、彼女もまた珍しく照れたように微笑みを漏らす。 普段こそジェームズからのベクトルの方が強く見えるが、彼のために”自分が一番綺麗に見えるドレス”を一生懸命選んでいるリリーとは、やはりお似合いのカップルだと改めて認識しながら雪菜はもう一度雑誌へと視線を落とした。 「雪菜はこっちのプリンセスラインが気になってるんでしょう?」 「え、何でわかったの?」 「あら、伊達に7年も貴方の親友をしてないわよ、私」 くすりと悪戯に笑ってから今度はリリーが雪菜の腰を軽く肘で突付き、雪菜にそのドレスを良く見るように差し出してきた。 確かにリリーに薦めたドレスのすぐ隣に並んでいる女性が身に着けているドレスに瞳を奪われてしまったのは図星。 たくさんある雑誌の中でどれもこれもと目移りしていたせいか、視線を止めるほどのドレスをじっと見つめてから雪菜はにこりと笑みを浮かべて見せた。 「そうね、いつか私の番が来たら……それにしようかな」 「雪菜の番って?」 「リリー、さすがにその反応は傷つくわよ?私だって……その、いつか結婚したいって願望ぐらい……、」 ”あるんだから”と気恥ずかしい感情に口を尖らせて雪菜はリリーから少し視線を逸らした。 結婚なんて、学生の自分は今まで意識すらしてなかったけれど、こうして目の前で親友がそれに向けて準備をしているのを見ていると――やはり羨ましいと思ってしまう。 そして出来るなら、もしも彼、シリウスが自分に愛想をつかさなかったら――と先を考えてしまう自分がどこか気恥ずかしい。 「チャーオ、お嬢さん達」 「ジェームズ、何度言えば貴方はノックを覚えるの」 「ノックする時間がもどかしくってね。ドレスは決まったかい?」 そんな事を考えていた矢先、ガチャ、と当たり前のように入ってきたジェームズと、その後ろからひょいと顔を出したシリウスに、リリーと共にハイ、と軽く視線で笑いかけた。 彼らもまた小脇に何やら分厚い本――表紙ではウェディングドレスとタキシードを着た二人がくるくると回っている――を抱えており、言わずもがな、二人が結婚式についての話をしにきたことに検討がつく。 「丁度今決まったところよ。これはどうかな、って」 「どれどれ?まぁリリーは何着ても似合うと思――」 少しだけ緊張した面持ちでドレスを指差してジェームズに示すリリーに、雪菜が微笑んでその様子を見守っていると、しゅるりと腰にかかるシリウスの腕。 ”よぅ”と軽い挨拶と共に送られた頬へのキスに雪菜もまた頬へと唇を返してすぐに、ジェームズが嬉しそうに指をパチンと鳴らす音が聞こえてきた。 「エクセレント!言う事なしだよ、マイプリンセス」 「よかった。あと、これが――」 「あぁ、キュートなデザインが雪菜らしいね」 リリーが言葉を言い終わる前に、うんうん、と意図を汲み取って簡単に頷くその様子はさすが夫婦になる二人といったところか。 そんな二人を微笑ましく見つめながら、それでも、雪菜の耳に届いてきた二人の会話に、雪菜はきょとんとリリーの背後から雑誌を覗き込んでもう一度”いいね”なんて言っているジェームズ達に首を傾げた。 「私の?」 小首を傾げたまま、聞き間違い?と更に言葉を付け加えると、腰に絡まっていたシリウスの腕が心無しか強くなる。 そんなシリウスを見上げてみても、その灰色の瞳はこちらを見ようとはせずに、また、ジェームズ達からも視線を逸らしてこの上ない気まずい表情を浮かべた彼はヒュゥ、と口笛を訳もなく響かせた――実にワザとらしい。 「もしかして、シリウス君」 「え、いや、その、なんだ」 その、と口篭りながら自分の腰に引き寄せていた雪菜の耳をそっと閉じる。 未だだ疑問の色を顔いっぱいに浮かべてるしかできない雪菜に送られるのは、ジェームズとリリーの無言の視線。 その視線が含む意味も分からず、ただただ答えを待つことしかできないでいると、リリーが溜息を大きく漏らして手にしていた雑誌にドッグイヤーをつけてから席を立ち上がった。 「ジェームズ、私少しお腹が空いちゃったから食堂で何か摘んでこない?」 「いいね、僕も丁度小腹が空いてきたところ」 「じゃあ雪菜、シリウス。30分で戻るからお留守番お願いね」 部屋の扉に手をかけてもう一度くるりと振り返ったリリーは、雪菜に――というよりかは、シリウスに向かって”30分よ”と投げかける。 それにシリウスが唸るような言葉で返事を返したが、雪菜は相変わらずきょとんとした面持ちで隣のシリウスを見上げる事しかできない。 暫くしてパタンと閉じた扉を合図にこちらをチラリと見下ろしたシリウスは、どこか思いつめたような、不安そうな色で灰色の瞳に揺らしていて、雪菜は驚いた様にシリウスの頬へと手を伸ばした。 「どしたの?」 「……いつ、切り出そうか迷ってて」 「うん?」 「こういうのって勢いが大事って言うだろ?」 はぁ、と溜息というよりかは気合をいれるに近い吐息を漏らして、シリウスは自分へと向けられたその手を取って頬へと重ねる。 温かい彼の頬を感じながら雪菜が先を促すように、肯定を込めて視線を向けると、こちらを見つめるシリウスの灰色の瞳が少しだけ細められた。 「だから、その、ジェームズらと一緒に挙げようかって事になって」 ―――沈黙。 二人の間に落ちた沈黙は決して否定のものではない、ただ、雪菜はシリウスの言葉に目をぱちりと瞬かせた。 全く予想だにしていなかったその内容に、口を開いては、閉じ――それを数回繰り返しているうちにも、シリウスの瞳はこちらをじっと捉えて離さない。 気付かないうちに少しだけ震え始めていた自分の唇に、シリウスの親指が触れて慣らそうとするのと同時に、雪菜の喉からようやく言葉が漏れた。 「挙げる、って……式を?」 「おぅ」 「……私が?」 「おぅ」 「……貴方と?」 「おぅ」 一体いつからそんな事になっていたのか、そう言われてみれば辻褄が合わないやり取りを何度かリリーやジェームズとしたのはそういう訳だったからか。 尋ねたい事が山のようにあるうえ、呆れた感情、同時に胸に込み上げてくる感情に反射的に涙が溢れそうになるのを必死で塞き止める――まだ、まだ駄目だ、と。 「……私まだ、"アノ"言葉貰ってないわ?」 そう、その前に、だ。 この目の前の自分の彼氏は結婚式を挙げる事を当たり前のように計画していた訳だけれども――そもそも了承した覚えが無い。 勿論、雪菜とて彼からの言葉を断る理由なんて一つも思いつかない、だけど。 やはりここは女の子として、一生に一度の事として、聞きたい台詞がある。 もしも今ここで聞かなければ、一生聞けない気がする――といっても、彼は普段からも愛の言葉を囁いてくれるのだけれども。 「なんで……普段はいっぱい言葉をくれるのに、こういう肝心な事は言ってくれないの」 「悪ぃ……」 「……感動するやつじゃなきゃ受けつけないんだから」 精一杯零れないように堪えた涙声でそう告げると、シリウスは雪菜の泣きそうな、それでも頬を紅く染めて期待するように見つめる姿に嬉しそうに笑った後、頬にかかった髪を一筋すくって唇を寄せた。 ”了解”と雪菜に囁いてから指先に髪を滑らせ、そして流れた毛先から優雅に雪菜の手を救い上げる。 掌の甲に一度恭しく口付けを落としたシリウスは、咳払いを一つ零してから――言葉を紡いだ。 I solemnly swear that..... Oh, that's sounds really YOU...what exactly do you swear, hon? **** sunou様より100000hit企画リクエストに頂きました。 プロポーズラブラブ大作戦!の筈が、プロポーズする前にお話が終わってしまいました……あれ、こんなつもりじゃ(アセアセ シリウスはきっとすごく愛の言葉を惜しげもなく注いでくれる割に、肝心な事はきっとすごく緊張しちゃうタイプ。 もちろん顔には出さないけれども、実は内心で心臓バクバク、みたいな。 大人に見えるけど、実は自分と同じなシリウスだったらいいなぁ、とか思いながら書かせて頂きました。 最後の言葉は、忍びの地図を開く時の"I solemnly swear I'm up to no good"(我ここに誓う〜)のくだりを少しだけ引用して言葉を紡ぎ始めたシリウスに、”貴方らしい言い方ね。それで、何を誓うの、ダーリン?”な具合に読んで頂ければと思います。 肝心の台詞部分は、妄想でどうぞ……!(ぁ snou様、リクエストありがとうございました! >>back |