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bedside-story





額に当てられていたタオルを雪菜はゆっくり手で持ち上げた。
自身の熱で生温くなったそれをサイドテーブルにおいて、代わりに手を額に翳してみる。

「……もう、大丈夫かな」

自分の手が熱いのか、それとも額が冷たいのか。
それでも手を通して伝わってきた温度に雪菜はそっとベッドから体を起こした。
暫く前までは割れる程に痛かった頭も、ぼんやりしていた思考もだいぶよくなった気はする。
そうとなれば、と大きく伸びをして雪菜はベッドから立ち上がろうとしてーーふと、視界に突然入った姿に体をすくませた。

「お、起きたか?」
「しりうす……あれ、居たの?」
「おう」

丁度ベッドの背後にある雪菜の机の前に腰をかけていたシリウスは、何やら分厚い本にしおりを挟む事もせず、雪菜の起床に気付いてぱたんとそれを閉じた。
何やら小難しそうな表紙をちらりと視線には入れたが聞いても分かる事はないだろう、とそのままベッドを立ち上がる。
随分長い時間寝ていたせいで足下は未だふらついたが、寝る前に比べると随分楽な体に雪菜はほっと息を吐いた。

「鑑賞会、もう始まってるの?」

問いかける言葉に、簡単に頷いて返事を返したシリウスに雪菜は大きく伸びをした。
今日はジェームズがどこから仕入れてきたのか、マグルの映画を談話室で鑑賞をするとか。
映画は普段見る機械もないし、こうして同じ寮の仲間と共に一緒に見るのもなかなかいいかもしれない、と胸を弾ませて雪菜は軽くてぐしで髪を整えた。

「まさか、行くつもりなのか?」
「そうだけど……駄目?」

至極当たり前の様にシリウスの問いかけに答えて、机のすぐ隣においてあるスタンドハンガーに手をかけようとすれば、ぱしりとその手が掴まれてしまう。
昨夜から熱で倒れてはいたが、今の体調はもうばっちり回復しているし映画鑑賞くらいならば温かい格好をしていれば大丈夫だろう、と雪菜は思ったのだけれども。

「駄目に決まってるだろ」
「えぇ、でも熱は下がったよ?」
「今日は一日要安静だってマダムに言われてたの、覚えてるか?」
「でも……」

言葉を濁してすぐ隣に座るシリウスに声をかけてみたが、椅子に座ったシリウスは雪菜の手を掴んだまま。
立っているせいで視線がいつもより僅かに下にあるシリウスの瞳を見下ろして少しだけ顔を歪ませてみれば、シリウスはそれに答えるように目を僅かに細ませた。

「駄目だ。お前は俺とここで留守番」
「でも、でも……私も映画見たい、あれ、楽しみにしてたんだよ?」
「また後で見せてもらえばいいだろ?」

"だから今日は安静だ"と手にしていた本を机において代わりに掴んでいた雪菜の手を引き寄せるシリウスに、簡単にその腕の中に納められてしまう。
でも、と雪菜がもう一度抗議をしようと顔を上げてみればすぐに額にシリウスの唇が降ってくる。
それはいつものキスではなく、むしろぴたりとそこに唇をあて、頬を当てるその仕草はまるで熱を測るかの様な。

「……駄目だ、まだ微熱」
「シリウスの唇が熱いだけだよ」
「どんなに抗議してもこっから出さないぞ、ったく……ここに居て正解だな」

はぁ、と大きな溜め息を額に感じるとともに、まだローブの端を掴んでいた雪菜の手をシリウスが解き、そのまま抱きしめていた体を膝の上にずらされる。
簡単に座らされてしまったシリウスの膝の上から彼を見上げると、灰色のいつもの瞳は呆れてはいるが少しだけ心配味を帯びて細められていた。

「……おねが、」
「駄目だって、頼むから今日は大人しくしててくれ」

む、と彼の言葉に口を尖らせてみれば、今度は”be a good girl,Okay?"なんていう台詞まで飛んでくる。
いくら体調が大分良くなったとはいえ、雪菜だってそこまで頭が回らない訳じゃない。
この過保護極まりない自分の彼氏が、仮に談話室まで降りて行けたとしても見つかれば即部屋に戻される事ぐらい分かってはいたけれど。
それでも一握の望みをかけての行動に出てみたが、最後には”いい子にしてろ”なんて言われて腕に閉じ込められてしまえばどうしようもない。

「……シリウスは行かないの?」
「俺が行ったらお前が一人になるだろ?ほら、ベッド戻るぞ」
「いいよ、ちゃんと大人しくしてるから。行ってきていいよ?」
「んー……?」

ひょい、と雪菜の言葉に返事を返さずにシリウスは軽々と膝の上に居た雪菜を抱き上げ、ほんの数歩先のベッドへとあっという間に戻されてしまった。
ころん、と落とされたベッドの上でブランケットまでかけようとするシリウスへと告げてみれば、彼は手際良くサイドテーブルにおいていたタオルに杖を傾ける。
そのままタオルを折り畳んだシリウスの手が額に翳され、そっと瞳を閉じるとすぐに額にひんやりと冷やされたタオルがかかるのと同時に、ベッドスプリングがぎしりと音をたてた事に気がついて、気持ちのよかった額を押さえながら雪菜は瞳を開いた。

「……何してるの?」
「何って、寝転んだだけ、だけど」
「病人のベッドに?」
「もう微熱だろ?それに、お姫さんが抜け出さない様に見張っておかないとな?」

さも当たり前の様に横になり、そして自分の隣で片手をつきながらブランケットをかけ直すシリウスを見つめて、雪菜は頬を少し緩ませた。
本当ならば彼の楽しみまで邪魔をしたくはないが、いつも自分が病気に倒れると傍にいて離れないシリウスにそれを告げるのは無粋だろうところり、と彼へと体を寄せ。
当たり前にずれたタオルを額にかけなおしながらも、くつ、と優しく笑うシリウスの声に、そして近づくシリウスの香りに胸元へ手をかける。
ゆっくりと降ってくる彼の手を髪に感じながら、そして頬をくすぐる彼の手を感じながら雪菜はそっとシリウスを見上げた−−額のタオルのせいで少しだけ視界が狭い。

「ねえシリウス、やっぱり私−―」
「懲りねぇなぁ、お前も」

もちろんシリウスからの許しがでるなんてもう思ってもいない、それでも見上げた視界がたまたま上目だった事に悪戯心が芽生えてしまう。
お願い、とそっと雪菜が見上げてみればすぐに額から瞳にかけてシリウスの大きな手の平に視界を遮られてしまい、苦笑を漏らす彼の声に雪菜もまた口元を上げた。

「言ったろ?時と場を考えて上目遣いはしろってな?」
「時と場を考えて使ってみたの」
「あぁ、だから未遂に終わらせといた」

見たらどうなるか、何て含ませて笑うシリウスに、雪菜は軽く唇を尖らせて抗議を示してみる。
シリウスの手で隠された視界のせいでその表情は見えないけれども、大方いつもの笑いを零しているのだろうと思えば、抗議のはずが口元が緩んでしまう。
ギシ、と体をずらすシリウスの様子に気付いて遮られた視界のままだけれども、瞳を閉じてみれば重なる彼との唇。
ちゅ、というリップノイズを静かな部屋に響かせ、離れる唇と一緒にクリアになる視界の先にうつるのは瞼の裏で描いたシリウスと同じ表情。
それが妙にくすぐったくて、嬉しくて、雪菜が追いかける様に顔をあげると、彼もまた嬉しそうに笑い唇を重ねてくる。
軽いバードキスを交わし合いながらやがて頬に触れた手を合図にどちらかとも無く唇を離し、雪菜もシリウスも温かい息を吐いた。

「そろそろ寝るか?まだ熱いぞ、口ん中」

ぺろ、と舌を出したシリウスに言われるとおり、自分でも少しだけ熱は感じ始めている。
先ほどまで大丈夫だったのはきっと寝起きだったせいもあるのだろう、これ以上長引かれては困る、とブランケットにくるまりながら、雪菜は片腕だけ手を出してシリウスのシャツへと手をかけた。

「ねぇシリウス」
「ん?」
「お話して?」
「話しって……何のだ?」

きょとん、と雪菜を撫でていた手が止まり、顔を見下ろしているシリウスの瞳を見上げてみれば案の定目を瞬かせたシリウスの姿。
くぁ、と欠伸を漏らす彼はこのまま寝るつもりだったのだろうが、目が爛々と冴えている雪菜はそれを引き戻す様にシリウスの胸元のボタンで指を遊ばせながらそれに答えた。

「何でもいい、映画よりおもしろいお話が聞きたい。ラブストーリーがいいな」
「またハードル高いな、そりゃ」

はは、と笑いながらもそうだな、と紡ぐ彼に甘えてすりよってみれば、しょうがねぇなぁ、とシリウスが笑う。
いつもなら軽く交わされそうなその言葉に答えるシリウスに少し目を丸くしてしまったけれど、快諾してくれる彼が珍しくて雪菜は言葉を続けた。

「面白くなかったら談話室に降りちゃうんだから」
「それは困るな……じゃあこれでどうだ?とある少年の恋物語」
「何それ?お伽噺?」
「主人公の男が好きになったのは、英語もつたない日本人の女、っつー話し」

くす、と笑うシリウスに、今の今まで笑っていた雪菜の頬もぴくりと動いた。
ぱちりと瞳を瞬かせてシリウスを見上げると、彼もまた少しだけ気恥ずかしさを浮かべながらも微笑みを漏らしている。

「……終わるまで寝れないかも」
「なら違う話にするか?」
「やだ!聞きたい、……聞いてみたい」

お願い、と急かして彼の胸へと手をかけてみれば、”そんなにドラマチックじゃねぇぞ”なんて笑うシリウスに、雪菜は額にかけられているタオルを気にもせずに頭を振ってみせれば、それを直しながらも頬へとちゅ、と彼の唇が落ちてくる。
映画よりも十分魅力的なシリウスの提案に、彼が心を変えてしまわないように、と顔を見上げてみればやはり気恥ずかしそうに灰色の瞳と目があった。

「早く早く」
「わかったって。ちゃんと目ぇ閉じてろよ?」

再度被される彼の手の平に言われるがままに瞳を閉じて耳を澄ませてみれば、しばらくの沈黙の後にシリウスがわざとらしくコホン、と咳払いをした。
やがてトン、トン、と自分を柔らかく、そしてリズムよく叩くシリウスの言葉に雪菜は口元に笑みを浮かべ、心地いい彼のちょうどいい低い声に耳を傾けながら、雪菜は初めて聞く”お伽噺”に耳を澄まし始めた。


I know i never told u…coz its too embarrassing.
But if this can keep you in my arms, then Im willing to tell you...




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アズカバンがテレビでやってたとか。
見れない!くそう!ってので書いてみました。
ちなみに最後の英語。

”恥ずかくて今まで言えなかったけどよ。これでお前が俺の腕の中にいるってんなら、俺は喜んで話すぜ?”

て、感じです。普段は照れて真っ向からは言ってくれなさそうだけど、病人になら、かな?




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