Sweet nap 「お、何だ」 寝てるのか、と部屋の住人の姿を見つけてシリウスは頬を緩めた。 見下ろしたそこには、シーツの上で無防備に寝息を立てる愛しい雪菜の姿。 せっかくの休日、ホグズミードへと彼女を連れ出そうと目論んで部屋を訪れたのだが、そんな当初の予定はその姿でいっきに吹き飛んでしまった。 「人がせっかくデートに誘ってやろうと思ったのに、な?」 午後の日差しが開け放たれたカーテン越しに柔らかく降り注ぎ、そよそよと気持ちのいい風も吹き込んでくる。 確かにこれは絶好の昼寝日和だと笑みを浮かべたまま、彼女の傍へと歩み寄った。 「ん、」 静かにベッドへと腰を下ろしたつもりだが、軋んだその音が思っていたよりも大きく響いてしまうのと同時に、雪菜は眉間を顰め、小さく体を丸めた。 僅かに自分の方へと寄った彼女の頬へそっと手を伸ばして撫でてみれば、やがて顰めていた眉はすっと消え去る。 心地良いのだろうか、そんな彼女の姿を見つめてシリウスは目を細めた。 「雪菜」 起こさない様にできるだけ声のトーンを落として静かに名前を呼びかける。 すぅ、と代わりに息を吐いた起きる様すのない彼女に、頬にかけていた手をシリウスはそっとひいた。 「雪菜、寝てるのか?」 もう一度、名前を呼びかけてみても、彼女の様子は一向に変わらない。 手をかけていた頬からさらりとそこへかかる漆黒の髪へと手を移し撫でながら、シリウスは小さく湧き出た悪戯心に口元をあげた。 片腕で体重を支え、彼女を見下ろす様に体を移動させ、ギシリ、とまた比較的大きな音が響いたが、今度も彼女は起きる気配はない。 「起きねぇと、悪戯しちまうぞ?」 見下ろしながら呟く言葉に、彼女は僅かに眉間を潜め身じろぎをしたが規則正しい寝息は乱れない。 自分の言葉が届いていない寂しさに、普段なら顔を顰めるだろうが今ばかりはそうでもなく。 口元の前で両手を揃えていた雪菜のその顎に、そっと手をかけゆっくりと顔を上へと向かせてから、視界にはっきりと入ってきた雪菜の唇に、シリウスは息を飲んだ。 手も、頬も、体も。 普段は何気なさを装って触れることができる、ーーー唇以外は。 いい加減に想いを伝えろとの親友、もとい、ジェームズやリーマス、はたまたリリーの言葉までも聞いてどれ程経つか。 それでもいざ彼女を前にしてみると思う様に言葉を紡げない自分に、ほとほと呆れもしてしまう。 今度こそ、今度こそ、と何度自分に言い聞かせたのか既に覚えてはいない。 「なぁ、雪菜」 相変わらず伏せた瞳は開く事無く、規則正しく胸が上下に動いている事をいい事に。 「俺、その………、」 少しだけ顔を寄せて囁き初めて見れば、同時に高鳴る胸の鼓動。 寝ている間の彼女にさえ、言葉を紡げないのかと情けなく肩を落としそうになるのをぐっと堪え、言葉の代わりに、ゆっくりと、ゆっくりと、顔を近づけてみる。そして。 自分で持ち上げたその唇へとそっと自分の唇を重ねた。 「、」 思っていた以上に柔らかいその唇。 自分の鼻下にかかってくるのは、彼女の寝息。 全く気付かれていないのをいい事に、少しだけ長めの口付けを終えて、シリウスはようやくそこから顔を離した。 瞳を開けてみれば、眼前には相変わらずの彼女の姿。 それを視界にいれそして今しがた触れた自身の唇に手を翳す。 「っ、」 彼女が寝ていなければ間違いなく大きな声で叫んでいただろう、それをぐっと堪えてシリウスはベッドから勢い良く立ち上がった。 そのせいで大きな音が耳元に響いたが、今はどうでもいい。 ただ込み合える感情を必死で抑え、それでも込み上げる何とも言えない満足感に緩んでしまう口元。 思わずベッドに背をあずけてそこへしゃがみ込み、喜びにあわせて頭を抱え込もうとしたその時。 「しりう、す?」 乱暴に抱え込もうとした自分の手とは全くの真逆に、柔らかい感覚が頭上に走った。 よく考えたら自分の名前も呼ばれた気がする、とびくりと体が強ばり、興奮で高鳴っていた鼓動が急に緊張で高鳴りはじめ、シリウスはごくりと唾を飲んだ。 「お、おう」 ゆっくりと振り返ってみれば、自分の髪をやわやわと撫でていた雪菜は薄らと瞳を開けてこちらを見ていた。 勢いよく立った時に当たってしまったのか、不自然に投げ出された彼女の右腕。 それがさわさわとシリウスの毛先に触れたまま、雪菜は口元に緩やかな笑みを浮かべた。 「雪菜……?」 「練習、おわった……?」 少し掠れた風に紡ぎだされた彼女の言葉に、シリウスは高鳴り続ける鼓動を必死で押さえ込む。 彼女の質問が意味する回答を頭の隅から引っ張りだすまでに、かなりの時間がかかってしまったが、そういえば朝食の時に今日はアニメーガスの最終練習だとジェームズと言い合っていたのを何とか引っ張りだしてきたが、ようやくそれを思い出した時には、雪菜の瞳をほとんど閉じようとしていた時だった。 「あぁ、終わった。……もういつだって変身できるぞ」 ベッド脇にしゃがみ込んで顔だけ出して雪菜の様子を伺うと、頭にかかっていた彼女の手が力なくベッドへと落ちてしまう。 それを戻す気力もなく、意識はほとんど寝ている彼女に嬉しいような、少しだけ寂しいような感覚が胸を走った。 「do……、」 dog、と言いたかったのであろうか、彼女の最後の言葉は聞こえなかったが、確かにその意味はシリウスへと届いたが。 微睡みながら、まだ僅かにとろりとこちらを見つめている雪菜に、言葉無くその場で犬へと姿を代えてみせた。 起きていれば間違いなく破顔させて大喜びするであろう雪菜も、今ばかりはそれに驚いた表情を浮かべる事は無い。 代わりに指先に触れる少し硬い毛並みに指を固まらせたが、やがて指先を僅かに動かし始めた。 そっと触れて来る雪菜の肩手に、シリウスもまたそこへそっと頬を寄せていれば。 「おいで、」 雪菜は息を吐くのと一緒のタイミングで、その頭を撫で下ろし言葉を紡いだ。 もうだいぶゆっくりになていた彼女の腕は、とすん、とベッドを叩いたのか、それともついに体も眠ってしまったのか。 ぱたぱた、と尻尾で床を数回叩いた後に、シリウスは意を決した様にそっと前足をベッドへと乗せ、そして全身を勢い良く飛び乗せた。 「う、……ん……」 もう既に夢の世界に戻ってしまったのだろうか、犬であるとはいえ大きな体格の自分がくすぐっても動く気配はない。 僅かに開いている腕の隙間を見つけてさすがに、とは思ったが湧き出た恋心という名の悪戯心に、そこへと体をすべり込ませた。 言葉もない、抵抗もない。 「………」 腕の中に意外とすっぽりと入った体に自分でも驚きながら、シリウスは近くにある雪菜の表情を見上げた。 ここまでして起きない彼女が次に目を覚ますのはいつだろうか。 すり、っと自分の毛並みに頬を埋める様に寄せてきた彼女の隣。 つまるところは自分は抱き枕か、と胸中で苦笑を漏らしながらもこんな絶好の機会を逃すわけにはいかない。 人間の姿だと間違いなく顔を真っ赤にさせているだろう、せめてそこは犬である今の自分に感謝をしつつ。 彼女が起きたら、犬の姿の自分にどんな反応をするかをいくつかシミュレーションしてはみたが、何よりも先に彼女に今度こそ自分の気持ちを伝えようと犬心に誓いながら、シリウスは前足に自分の顔を乗せた。 すぅすぅ、と耳元に届いて来る彼女の寝息に、ぱたり、ぱたり、と自然に動いてしまう自分の尻尾をあわせながら。 シリウスもまた温かい雪菜の腕に瞳を閉じた。 **** 久々に、かなり久々に犬のシリウスを書いた気がします。 次の拍手でこの続きがupできたら嬉しいなぁ、と。 大型黒犬のシリウスはきっと寝るのに抱き心地いいでしょうね、ふふふ。 >>back |