![]() fair enough はぁ、と息をついて雪菜は手にした手紙を見下ろした。 白いカードに綺麗な字で綴られている宛名はSirius Black。 つい先程授業が終わったときに渡されたその手紙は、雪菜が受け取りを断るまでもなく半ば無理やり渡されてしまったもの。 見たくなくても目に飛び込むカードには"4時に図書室で待っています"と丁寧に綴られており、雪菜はそんなカードをぼんやりと見つめた。 「どうしようかなぁ」 彼女はシリウスの事が、自分の彼氏の事が好きなんだろう。 シリウスが女子生徒に人気があるのは今に始まった事ではないし、ラブレターの数も減る気配は全くない――たとえ、どれだけ生徒の前で彼が一心に彼女に愛を注ごうと。 今までにも何度か彼が手紙を受け取っているのは見た事があったが、まさか彼女本人に受け渡しを頼んできた事はこれが初めてだ、と雪菜は息を吐いた。 「どうしたの?」 「あぁ、リリー」 そんな事を考えながら談話室へと戻る廊下の踊り場からぼんやりと外を眺めていると、ふと通りかかった高い声、そして鼻に届いた香りに雪菜は視線を窓の外から戻した。 視界に飛び込んで着たのは親友のリリーの姿。 彼女もまた授業が終わったのだろう、教科書を両手に抱えながら雪菜の目の前で小首を傾げてみせた。 「授業終わったの?」 「えぇ、談話室に戻らないの?あら、なにそれ」 「あ、ううん、何でもな――、」 少しぼんやりしていたせいもあり、言い終わる前にさっさと雪菜の手からカードを抜き取ってしまったリリーに、雪菜は苦笑を浮かべた。 露骨にこそは書かれていないが、察しのいい彼女ならすぐに分かる筈だ、と。 そして案の定カードに目を落としてすぐに片目を細めたリリーは、面倒臭そうに息をついて雪菜をちらりと見上げた。 「これ、雪菜の字じゃないわね」 「う、ん。シリウスに渡してって、頼まれちゃった」 「あらやだ、性格が悪い娘がいるのね。捨てちゃいなさい」 「あ、ちょっとリリー!」 くしゃりと手にしたカードを意図も簡単に握り締めたリリーの手から、雪菜は慌ててそれを抜き取った。 リリーの言いたい事は分かるとはいえ、雪菜にはこのカードを捨てる権利なんてない。 彼氏であるシリウスにはあるかもしれないけれど、と皺の入ってしまったカードに雪菜は眉間に皺を寄せてリリーを見返した。 「リリー、それは駄目だよ。こんな事したら」 「だってそれをシリウスに渡す気あるの?」 「あ、あるよ。嫌だけど、当たり前じゃない」 何とかカードについた皺を手で伸ばしながらリリーに告げてみれば、今度はリリーが少し呆れたように溜息を一つ漏らす。 "お人よしね"なんて言うリリーに"当たり前でしょう"と言いながら雪菜が見返してみれば、リリーは大げさに肩を落とした。 「何?」 「シリウスならそんな手紙燃やしちゃうと思うけれど」 「そんなこと、しないよ。それに、きっとこの子は勇気を振り絞って書いた筈だし……、」 「それなら、彼女の雪菜に渡さなくてもシリウスに渡していたと思うけれど?大方、私のほうがシリウスにふさわしいのよ、とでも言いたいんでしょうけど」 そこまで言って、リリーが肩眉をあげて雪菜を見据えたのを避けるように、雪菜は視線を伏せた。 確かに、カードを渡してきた女子生徒は自分とは比べ物にならない程に綺麗な整った容姿をしていた。 日本人の自分には到底適わないスタイルの良さに、綺麗なブラウンの髪色。 人種に劣等感を感じているわけではないけれども、それでも所謂"容姿端麗"な彼氏の隣に見目だけで立ったのならば彼女のほうが見栄えがするだろう、なんて心のどこかで思っていたのは事実。 「すごく、綺麗な人だった」 ぽつり、とリリーの言葉を肯定するように雪菜が言葉を漏らすと、リリーはすぐに呆れたように口を開きながら俯いていた雪菜の頭にぽんと手をのせた。 まるで妹をあやすようなその仕草にようやく雪菜が瞳を上げてみれば、眉を八の字に下げているものの、笑みを浮かべたリリーがこちらを見つめている。 「雪菜、自分に自信を持って。貴方はシリウスの彼女なのよ?まぁ、私から言わせてみればシリウス"なんか"の彼女でいるのは勿体ないと思うけれども」 「でも……見た目って大事だよね」 「雪菜はシリウスの見た目が好きで付き合ってるの?」 「違う!」 そう問うてきたリリーの言葉に雪菜は反射的に首を横に振った。 確かに彼の見た目は他の生徒と比べれば飛びぬけているものがある。 だけども、その容姿以上に彼の性格や人となりに自分は惹かれた。 自分というブレない芯をしっかりと持ち、そして友人の為なら自分の犠牲をも厭わない彼のまっすぐな性格、そんなシリウスに自分は男の人として――そして一人の人間として魅了されているのだ。 「違う、そんな事ない。シリウスは……確かにカッコイイ、けど。だけど、!」 勿論リリーなら自分がシリウスの見た目目当てで付き合った等思っても居ない事は分かっている。 それでも咄嗟に口篭ってしまったのは、頭にかぶさっていたリリーの手とは別の"何か"がしゅるりと背後から突然腰に絡まってきたから。 「あら、シリウス、偶然ね」 「まーな、何か必死な俺の彼女の姿が見えたから、どこかのお姉さんに苛められてるのかと思って」 「失礼ね」 振り返らずともリリーの呼びかけに、そして降ってくる声、そして今までに何度も抱きしめられたその腕に疑問一つなくそれがシリウスだと気付いてしまう。 丁度頭に置かれていたリリーの手が離れると同時に、ついでそこに感じる彼の顎に雪菜はトクンと跳ねあがった鼓動に息を止めた。 「じゃあ、私は先に戻ってるわね」 「あっ、ちょっと、リリー!」 ひらひらと手を振って雪菜の手からカードを再度抜き取ってさっさと階段を上がり始めたリリーに慌てて声をかけてみても、彼女は振り返る事はない。 勿論背後から自分を抱きしめるシリウスの腕がしっかりと腰に絡まっているそれも、緩む気配はない。 呆気に取られながらもリリーの後姿が見えなくなってようやく、雪菜はシリウスの腕の中でもぞりと身を捩った。 「あ、あのシリウス」 「ん?」 「手、解いて?リリーが持って言ったカード、あれ、シリウス宛なの」 「へぇ」 それでも緩む気配のない腕に振り返ろうとしてもシリウスの腕はそれを許してはくれない。 しっかりと自分を捕らえたまま、頭上から振り返らずとも分かる、全く興味の無さそうな彼の声が振ってきたが、そういう訳にはいかない、と雪菜はぽつりぽつりと嫌でも目に入っていたカードの内容を頭に思い浮かべた。 「で、でも中身、覚えてるよ?4時に、図書室だって。……行ってきてあげて?」 「何で?」 先ほどの声色に、少しばかり不満な色を含んだ彼の声。 まるで雪菜の言葉が全く心外であるような風なシリウスのいい分に、思わず黙ってしまうと雪菜の頭に乗せていた彼の重みがふと軽くなった。 「雪菜は、行って欲しいのか?」 「そ、そういう訳じゃないけど……だけど、きっと待ってると思う、から」 「こんなしょんぼりした彼女をおいて行ける訳ねぇだろ?それに、全部聞こえてた」 くく、と喉を低く震わせて笑うシリウスを背後に感じながら、次いでようやく少し緩んだ彼の腕に雪菜は勢いよく振り返った。 「聞いてた、の?」 「偶然、な」 に、と悪戯に笑いながら今度はこつんと額を重ねてくるシリウスをいつもなら見つめ返せるが、今は気まずい。 まさか聞かれていたなんて、と雪菜が灰色の瞳から視線を避けて視線を伏せてみれば、窓の桟に背を預けたシリウスは雪菜を自分の両足の間に雪菜を挟みながら、まるで"捕まえた"とでも言わんばかりに雪菜の頬をつい、と指で撫でた。 「なぁ、教えてくれよ」 「何を?」 「さっきの言葉の続き。俺はかっこいいケド、何?」 問われる言葉に、雪菜は一瞬ぽかんとしてシリウスの瞳を追いかけ、そしてじわじわと熱くなってくる頬を感じて足を一歩下がろうと力を入れた、が。 額をくっつけたまま、自分の両腰に回り込んだシリウスは勿論自分を逃してなんてる訳もない。 「聞いてたなんて、ずるい」 「偶然だって言ったろ?でも、言ってくれねぇと、お前は俺の見た目だけで、って誤解しちまうぞ?」 くす、と楽しそうに笑う彼の言葉。 勿論そんな訳がないのはシリウス自身誰よりも承知しているけれども、珍しく聞こえてきた彼女の自分に対する想い、その言葉の続きが気になってしまうのは仕方がない。 「なぁ、雪菜?」 「……その、中身の方がもっとかっこいいの。私は見た目よりも、そんな貴方の中身に惹かれてる……って、もう!それぐらい知ってる癖、」 告げる言葉と同時に自分の頬が赤く染まるのに気付いたけれども、おそるおそる言葉を選びながらあげた視線がやがて大好きな灰色の瞳とぶつかってしまう。 それがどうしようもなく恥ずかしくて、せめてもの照れ隠しで付け加えようとした言葉は音となって零れ落ちる前に――重なった唇によって塞がれてしまった。 「ん、」 思わず鼻から漏れてしまった息に雪菜が軽く身体を強張らせてしまうと、瞳を閉じた奥でシリウスがふ、と笑う様子が伺えてくる。 ちゅ、ちゅ、と啄ばむキスからどちらかともなく顔をゆっくりと離せば、そこには満足そうに瞳を細めて自分を見下ろすシリウスの姿。 こつん、と一度離れた額を再度くっつた後に、シリウスは雪菜を抱きしめていた腕をさらにきつく絞った。 「ありがと、な」 「お礼を言われる事じゃないよ……あぁ、でも」 「ん?」 「これは、リリーには秘密ね」 確かに頬は熱くなってしまってはいるが、今に始まった事じゃない。 出来るだけ気にかけないように、雪菜は悪戯に笑ってみせながらシリウスの唇に人差し指を当ててみると、まるで犬のようにそれに冗談で噛み付く仕草を見せたシリウスに、雪菜もくすくすと笑い声を漏らした。 暫くの間、指をじゃれながら追いかけて、二人で笑いあっていれば背後を通り過ぎた同級せいからヒュゥと冷やかしの口笛が響いてくる。 "邪魔するなよ"なんて笑いながらいつものように軽口を叩きあった後に、ふとシリウスが雪菜の顔を覗き込んだ。 「でも、何で秘密なんだ?」 「え?」 「さっきのこと」 「あぁ……、だって、シリウスがこんなに素敵な人だって知ってるのは私だけで十分だから。リリーにも、秘密なの」 へへ、と漏れ出るだらしのない笑みを隠すように雪菜がシリウスの腕から抜け出そうと胸元に手を置いてみたが、シリウスはそんな雪菜に一言"no"と告げるだけ。 先ほど自分を抱きしめた腕も力強いものではあったが、更に強く抱きしめてられてしまっては完全にお手上げだ。 「し、り、」 「、お前はほんと、つくづく可愛いよな、ったく」 「苦し、いっ!」 「はは、悪い、嬉しくてつい」 緩められた瞬間に、ふぅ、と雪菜は肺で大きく息をつく。 わしゃわしゃとまるで子供にするように髪の毛を掻き撫でるシリウスの表情は見るからに満足そうで、そんな彼に見とれてなるものか、なんて思いながら雪菜は声を上げてその手を払いのけた。 「ちょ、っともうっ!」 「ところで、雪菜サン?」 「もう髪の毛がボサボサに……、何よ?」 「これ、何だと思う?」 片手で一生懸命髪を整えていた雪菜の目の前に、シリウスが後ろポケットから何やら紙を取り出した。 何やらひどくぐちゃぐちゃのソレを不意に差し出されて、雪菜が目を細めて薄く消えてしまいそうなインクで書かれた名前をじっと見つめてみれば―― 「私宛?」 「お前宛の、ラブレター。でも、いらねぇよな?」 「え、え?」 全く持って突然のシリウスの言葉が何を意味しているのか理解ができずに、雪菜が疑問の視線だけをシリウスに返してみれば、彼は至極当然のような表情でその封筒を――背後の窓へと投げ捨てた。 そのあまりに突然の出来事に雪菜が慌ててそれを追いかけよう窓から下を覗き込もうとすれば、すぐに目の前にシリウスの腕が飛び込んできて腰に回ってしまう。 "飛び降りるなよ"なんて笑うシリウスの声を背後に感じて、窓に手をかけながらシリウスの顔を咄嗟に振り返ってみれば、彼は何だとでも言わんばかりに雪菜を見返してしまった。 「えっ?何してっ……!」 「だーめ、お前は俺のもん。他の誰かに告白させる隙すら与えてやるもんか」 「え、で、でも、今の、私宛の……ら、らぶれたー、だったの?」 「らしいぞ、顔を真っ赤にさせて持ってきやがった、よりによって彼氏の俺に」 "いい度胸してやがる"と不機嫌そうに顔を歪めたシリウスは、落ち着きなく腕の隙間から窓の外を見下ろす雪菜の顎をくいと自分へと引き寄せる。 視界に飛び込んで着た雪菜の表情は未だ状況が把握しきれていないようではあったが、シリウスは雪菜の唇に噛み付くように一度だけ先にキスを贈った。 「4時」 「え?」 「4時に、中庭で待ってます、だってよ」 告げられる言葉に、まさか中を見たのか、と唇が近づいたままの状態で問いかけてみれば、少し気まずそうにラシくもなく視線を逸らしたシリウスに、雪菜は複彼を暫く見つめてからやがて、コツンと額を重ねた。 「4時に、中庭かぁ。シリウスは4時に図書室、かぶっちゃったね」 「、行くのか?」 「え……シリウスも、行くでしょう?」 「それとも、雪菜は俺に行って欲しい?さっきあんなに寂しそうな顔してた癖に。―――なら、俺の気持ちも分かるだろ?」 言わすな、なんて軽く呟きながら頭を掻きあげて額を離したシリウスを、言葉をなくして見つめていれば、はぁ、と大きなため息をついたシリウスは雪菜の首元へと埋める。 ぎゅと背中いっぱいに腕を回され、雪菜の首元に顔を埋める彼に、雪菜はあぁ、と小さく喉を鳴らした。 こうする時は決まって、シリウスが不安を感じている時だという事が分かったのはつい最近。 言われてみれば、まるで小さい子供がぬいぐるみをとられるのを防ぐような、そんな仕草にも見えなくはない、と雪菜は苦笑を浮かべた。 「ねぇ、シリウス」 「何だ?」 「私が行かないなら……シリウスも、行かない?」 「もともと行く気がねぇんだけど、俺」 じっとシリウスの瞳を物言いたげ一瞬雪菜も見つめ返したが。彼の口から当たり前のように、それでも怒られると思ったのか少し視線を逸らしながら返って来た言葉に、雪菜は暫くして苦笑を浮かべていた頬を更に緩めた。 「じゃあ私も行かない」 きゅ、と目の前のシャツに手をかけてそう告げると、頭上からは"good"とシリウスのほっとした声が落ちてくる。 せっかく勇気をだして伝えた気持ちを無駄にしてしまうのは酷く申し訳も感じてしまったけれど。 彼が行く事に先ほどまで気落ちしていた自分と同じで、恐らくシリウスも述べたように同じ気持ちなのだろう。 そう思うと、やはり彼氏であるシリウスの気持ちをやっぱり優先したいところ。 「シリウス、怒られたらごめんね」 「お前も、何か言われたらちゃんと言ってこいよ?」 わかった、とこくりと頷いて既に近い距離を更に1歩足を進めてシリウスに歩み寄る。 片手でシリウスの大きな背中に雪菜が手をそっと回すと、彼もまたふわりと雪菜を抱きしめ返した。 「雪菜は、俺の」 「うん、シリウスの」 「……好きだ」 耳元に落ちる静かな低い音色に雪菜はそっと瞳を閉じてシリウスのシャツへと顔を埋める。 互いの気持ちを肌で感じあうような、不思議な暖かい感覚に心を委ねていれば更に心地のいい低い音色が雪菜の耳に届いた。 「雪菜だけ。これだけは何があっても覚えとけよ。……俺が嘘言ったことあるか」 「、たまに」 「ここは黙って頷いてればいいんだ」 ぷ、と噴出してしまうと、シリウスも可笑しそうに喉を震わせて笑う声が落ちてくる。 もう時間は4時になる頃だろうか、おそらく気にも留めていないだろうシリウスの代わりに、雪菜は心の中で呼び出した相手二人にそっと謝罪の言葉を呟いた。 **** いつぞやの4:00のリメイクです。 前の作品に比べて、なんか仲睦まじくな、った? >>back |