HP | ナノ
 





turf war





「よく寝たぁ……シリウス、まだ?」
「まだだよ。魔法使用禁止での罰則でも受けてるんじゃないかな」
「あぁ、そうかも……、リーマス、課題終わった?」
「ばっちり。後は出してくるだけ」

ごろりとベッドの上でころりと体を反転させて雪菜はその言葉ににこりと微笑みながら欠伸を漏らす。
視線の先、机の前で羊皮紙をくるくると巻き上げているリーマスもまた穏やかな笑みを浮かべて羊皮紙で片手をポンと叩いた。

「僕これ出してくるけど、寝るならまだ寝てていいよ」
「あ、うん。ありがとう」

本当ならシリウスとデートをする筈だった雪菜がこの部屋に現れたのは数時間前。
今朝方仕掛けた悪戯が運悪くフィルチに見つかってしまい、半ば引きずられるようにシリウスが連れ去られたのは更にその数時間前。
仕方なく課題を片付けていたリーマスのベッドを拝借して、彼を待ちながらすやすやと昼寝についたのはいいのだが。
目が覚める頃には帰ってきてるかな等と思っていた自分の予想は外れてしまい、雪菜が軽く頬を膨らませようとしたその時。

「あ、おかえりなさい」

タイミングよく開いた扉に丁度考えていた人物が部屋の扉から顔を出した事に雪菜は驚きつつも頬を緩めて笑みを浮かべた。
だが、そんな笑顔をよそに視界に入ったシリウスはちらりと雪菜の姿に目を配ると――露骨に顔を顰めてみせた。

「何やってんだよ」
「何って、待ってたんだよ?誰かさんがデートの日に罰則なんて受けてるから」
「……そうじゃなくて。何してんだよ、ソコで」

畳み掛けるように問われたそれに、雪菜は自分が今居る場所を見下ろし、ふかふかと心地のいい感触を確かめる様にぱんぱんと叩いてみたがそれは何の変哲もないベッド。
何を問われているのかその意図が分からずに雪菜は大股で自分の前に歩いてきたシリウスを見上げた。

「待ってる間暇だったから、寝てたの」
「へぇ、――リーマスのベッドで、か」

自分を見下ろす不機嫌そうな彼からの特定の言葉に雪菜はようやくぱちんと合点がいき、苦笑を漏らしながら寝転んだままだった体をベッドから起こす。
少し寝ると言ったものの結果的に長時間眠ってしまった体を解すように両手を挙げて大きく伸びをしてみれば、シリウスは少し乱暴にそれでも雪菜の乱れた髪に手を伸ばした。

「だから何でリーマスのベッドで?」
「だってシリウスのベッド………あんな状態なんだもん」

不機嫌そうな声が頭上から降ってきて雪菜は言い訳めいた視線で隣を――ベッドと認識をしていなければただの物置にしか見えなくもない――指し示す。
"あの上で寝る事なんて無理でしょう?"と逆にシリウスを問い上げてみれば、眉間に皺を刻んだままのシリウスはいつの間にか瞳をリーマスへと向けていた。

「おい、リーマス。これ全部ジェームズのだろ」
「あれ、そうだっけ?」

噛み付かんばかりの視線にも、リーマスは穏やかな笑みを浮かべたまま臆すこともなくさらりと言葉を零した事にシリウスは不機嫌そうに鼻をならした。
確かに罰則の呼び出しを受ける前まではジェームズと新作開発に熱中が故に床に試作品やら資料やらが散乱していた。
だけども、罰則から戻ってきた今、それが何故か全て自分のベッドの上にあるのはどう考えても解せない。

「片付けてから行きなって言ったよね、僕」
「でもこれはジェームズの、」
「言ったよね?なのにやらずに2人とも出て行ったから僕が片付けたんだけど、何か問題でもあった?」

羊皮紙に糸を巻きつけながらにっこりと笑うリーマスに、シリウスは何か言おうと口を開いたが結局何も紡がれる事なく閉じてしまう。
そのまま言葉の代わりに軽い舌打ちを漏らして不満を存分に表してから、共に未だにベッドに座っている雪菜を突然ぐっと抱き上げた。

「わっ!」
「わーったよ、俺が悪かったって。この腹黒狼」
「分かったなら次からはちゃんと片付けてから行ってよね。じゃあ僕は課題出してくるから」

そう告げて出来上がったばかり課題を手にして何事もなく出て行くリーマスに辛うじて"いってらっしゃい"を告げてから、雪菜は自分を抱え上げているシリウスを見下ろした。
自分と彼の身長差があるせいで彼がこうして自分を抱き上げるのは容易い事だとはいえ、いつも不意に抱き上げられるのは体に悪い。
こうして見下ろす事は滅多にないが故に楽しみたい、なんて思ってしまうものの、視界に飛び込んでくる不機嫌を全面に押し出しているシリウス相手にはそれも得策ではないだろう、と雪菜は言葉を飲み込んだ。

「な、何で、抱き上げられてるの、私」
「とりあえず、移動」

どこに、と彼を見下ろしてみても、その灰色の瞳にいつもの優しい笑みはない。
何か告げようとしているその瞳を受け止めていれば、シリウスは後ろポケットから出した杖を片手で見もせずに振り、耳を塞ぎたくなるような音を立てて彼のベッドの上の本や怪しげな箱やらをすぐ下に雪崩れ込ませてしまった。

「またそんな乱暴に……、」
「なぁ、雪菜」

すとん、とベッドの上に降ろされたかと思えばそこへ腰をつける筈がそのまま肩を押され、気付けば背中全体にベッドに触れた。
スプリングがぎしりと耳に響き、そして衝撃で目を閉じた雪菜が次に瞳を開けばそこに――自分に覆いかぶさるシリウスの姿。
その近い距離でぶつかる視線に暫く目を瞬かせていればすぐに近づいてきた彼の顔に反射的に瞼を落とそうとして、ふと、耳に彼の声が降ってきた。

「あんま、俺を嫉妬に狂わすな」
「……え、」
「俺、お前の事で狂ったら何するかわかんねーぞ?」

ぽつりと漏れた言葉に目を再度開こうとしてみれば、今度こそ触れた唇に中途半端な位置で瞼は完全に止まってしまう。
自分を射抜く様に見つめる真剣なシリウスの灰色の瞳に、雪菜は瞳を閉じる事も見開く事もできずに、ただ重なった唇の重みを感じることしか出来ないだけだ。
そんな中、触れただけの唇が程無くして離れたかと思うと、雪菜がようやく言葉を紡ぐよりも先にシリウスが口を開いた。

「リーマスの……匂いがするんだよ」
「え……匂いする?」
「する、すっげーする。リーマスの女みたいで、すっげー嫌だ」

"あいつのベッドで寝てたからだろ"と告げられた言葉とその至近距離に頬が赤く染まってしまってる気はしたが、それよりも苛立った様に揺れる灰色の視線を受け止めた。
そんなシリウスん、一体何をこの人は不安になっているというのだ、と半ば呆れながらも雪菜は目の前の彼の頬にゆっくりと手を這わせた。

「嫉妬に狂わせんな、っていつも言ってるだろ?」
「嫉妬って、リーマスでも?」
「リーマスでも、だ」

完全に言い切ったシリウスに反論しようと雪菜が口を開けば、待ってましたと言わんばかりにすぐに口内に生暖かい何かが挿入される。
それがシリウスの深い口付けだと気付くと同時に頬にかけていた手にシリウスの大きな手が被され、強く握られ――激しい口付けの様に深く指も絡めとられてしまった。

「し、りう……っ、」
「何、だ?」

問われたのに、言葉を紡ぐ間も与えられない程の熱い口付けを贈るシリウスは、まるで聞きたくないと言わんばかりに。
重ね合っている手とは反対側のシリウスの手が雪菜の頬をなぞり、首筋をなぞり……そしてゆっくりと落ちていく。
触れる指先にぞくりと走った感覚に雪菜はあいている手でシリウスの胸元を慌てて押し返した。

「だ、っ……だ、め」
「何で?」
「何でじゃないでしょ、リーマスも帰ってくるのにっ、ば、ばかっ」

酸素を求めるように離れた唇をいい事にぐっと力を込めて彼の胸を押し、再び重ねられようとした唇から顔を精一杯逸らしてみれば、暫く抵抗する力がかかっていたがやがてようやく体を引き、そして名残惜しそうにシリウスが溜め息とともに体を離した。

「他の男の匂いなんて……簡単に俺の縄張りから出てんじゃねぇよ」
「縄張りって……でも、ご、ごめん」

気をつける、と体をずらして横に寝転がってガシガシと髪をかきあげるシリウスに、雪菜はおずおずと体を寄せる。
その間も指の間から宙を見つめていたシリウスは、はぁ、と比較的長い溜め息をついた後にもう一度髪を乱雑にかきあげてから、ようやくシリウスの体の上に少しだけ乗り上げていた雪菜を、彼の瞳がゆっくりとを捉えた。

「雪菜」
「うん?」

名前を呼ばれて軽く引かれた腕に体を傾けて振り返ってみれば、額に落とされる優しい温もり。
しゅるりと同時に自分の腰に絡んだ彼の腕に体を素直に預けてみれば、1ミリの隙間もないほどにしっかりと抱きしめられ、程無くしてクク、っとシリウスが喉で笑う声が響いてきた。

「ったく、リーマスの匂いこんなにさせやがって」
「ご、ごめんって」

幾分か緩んだ彼の空気と笑い声に、雪菜はほっと胸を撫で下ろしながら、もう一度ごめんね、と呟くとシリウスは雪菜の髪を優しく撫でながら一房掬ったそこへ唇を寄せた。

「お前は……俺の女だろ?」
「う、ん。シリウスの、女、です」

確かめる様な彼の言葉に、雪菜はようやく赤らむ頬を緩めてシリウスの腕から顔を伸ばす。
それに気付いたシリウスも目を細めながら本日初めての嬉しそな笑みを漏らしてから、雪菜の顎を引き寄せ啄む様なキスを送った。

「とりあえず、今日は俺の匂いがつくまで、こうだからな。うし、昼寝すっぞ」
「えぇ?デートは?」
「俺のもんだってちゃんと匂いつけれてからな」

当たり前だろ、何て言わんばかりに自分を抱きしめる力が強くなり、抱き枕の様に自分をしっかりと抱きしめて瞳を閉じてしまった彼に、雪菜は暫く呆気にとられていたが、やがてクスリと笑みを漏らした。
自分では全く気付かない、むしろシリウスに抱きしめられていることで彼の香りしかしないのに。
そこまで鼻が利くのは彼が犬だからだろうか、等と想いを巡らせながらも。
どこかすり寄る様なシリウスの仕草に頬を緩めながら、まぁいいか、と雪菜もそっと瞳を落とした。





****
昔あげていたsmellのちょっと改良verです。
シリウスが嫉妬でイライラしておる……可愛い。
リーマスのベッドで寝たが故二、リーマスから雪菜嬢の香りがして戸惑うシリウスも書きたいもんです。


>>back