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take it in the...





部屋の中に充満する、華やかな色と香り。
目の前の鏡の前で念入りに最終チェックを行っているリリーの姿をちらりと見て、雪菜頬をぽりぽりとかいた。

「ねぇ、リリー。私やっぱり……」
「ダメよ、雪菜。何が何でも、来るのよ?」
「でもほら、私パートナーいないし……」

もう、と腰に手を当てて、リリーはベッドに腰掛けた雪菜を咎める様に振り返り、その手に持っていた香水をシュッと一吹き、雪菜の頭上へと落とす。
途端に、ふわりと雪菜の鼻孔をくすぐる嗅ぎ慣れない香りと、僅かな水滴にぎゅっと反射的に瞳を閉じたものの、まだ完全に乾いていないマスカラの冷たい感覚に、慌てて瞳を開いた。

「居なくても!せっかくの機会よ?後からこっそり入ったらばれないわ」
「でもー……いたた」

パタリとベッドへ倒れてみれば、纏め上げられた髪に刺さるヘアアクセが後頭部に直撃し、ごろりと避ける様に横に寝返りながら雪菜は盛大に溜息を漏らした。
あの日以来、シリウスと会話をする機会は幾度とあった。
それでも、雪菜からピーターの話を蒸し返す事もなければ、彼がそれについて触れる事も一度もなく。
その結果、ピーターからシリウスにパートナーが出来たと聞いたのは昨夜の事。
当の本人はその場に居なかった為、聞きただす事もできなかったのだが、聞いた所で所詮、胸が痛むだけだ、と雪菜は目の前に投げ出した自分の腕を見つめた。

「それに、あんな断り方するのがそもそもいけないんでしょう?」
「だって、しつこかったんだもん」

先ほどリリーが腕に巻いてくれた細いデザインのネックレスを指でいじりながら、雪菜はゆっくりと身体を起こす。
半ば強制的に着せられたリリーのロングドレスは、少し、否、かなり胸が緩いのが悲しい所。
少しタイトなドレスが、着慣れない所為か、かなり動きずらい。
これを着てダンスなんてもっての他だろうに、と雪菜は裾の部分をちらりと持ち上げて溜め息漏らした。

「とにかく、私はもう行かないといけないから、雪菜もちゃんと後でくるのよ?」
「…………」
「返事!」
「気が向いたら、いきます」

騒がしかった女子寮の廊下が静かになった事に、リリーが慌てて時間を確認して足早にハンドバッグを手に取って慌ただしく出て行こうとドアに手をかける。
そのドアが閉まる前に、リリーが心配そうに雪菜を見つめたのに気付いたが、ヒラヒラと手を振っただけの雪菜に少しだけ不満そうに口を開いてみせたが、そのまま綺麗なヒール音を鳴らしながら部屋を小走りに出て行てしまった。
カツカツとリリーの足音が響いて行くのと同時に瞳を閉じながら、雪菜はゆるゆると息を漏らしてぼんやりと鏡に映った自分の姿を視界に写した。
こんなドレスを身につける事など、滅多にない分もったいない気もするが、それよりも、やはりダンス会場でシリウスが他の生徒と踊っている姿を目にする方が辛い。
リリーにはああ答えたものの、行く事はないパーティーに、颯爽と寝てしまおう、等と考えながらとりあえずネックレスを外そうと手をかけたその時。
コンコン、と部屋をノックする音にびくり、と身体を強ばらせた。
まさかリリーが無理矢理引っ張って行く気なのか、と咄嗟に頭に過ったが、そもそも部屋の主でもあるリリーがノックをする事などまずない。
もしかして寮の見回りなのか、と雪菜はネックレスから手を外して、仕方なしにドアを開けてみれば。

「え?」

案の定、ドアを開けてみれば予想していたリリーの姿も監督生の姿でもない。
代わりに自分を見下ろす形で立っていたその灰色の瞳を見上げて、雪菜は目を見開いた。

「よぅ」
「シリウス……?」
「なんだよ、パーティー始まってるぞ?」

目の前に立つシリウスは、ぽかんと口を開いた雪菜をどこか呆れた様に見つめたまま。
カツカツと足早に響くヒール音に小さく舌打ちを漏らして本人の断りも無く、雪菜の肩をそっと押しながら部屋へと足を踏み入れた。

「え、え?」
「行かねぇのか?」

パタンとドアを後ろ手に閉めて、立ち尽くす雪菜をじっと見つめるその灰色の瞳。
その瞳を暫し受け止めてはみたが、こんな時でも高鳴ってしまう心臓を隠す様に雪菜は視線を伏せた。

「あの、私、その」
「ピーターの勘違いなんだってな」

バサっとシリウスが肩にかけていたダンスローブがどこかにかけられる音が響き。
コツコツと、普段は響かない足音が雪菜の横を通り過ぎたかと思えば、同時に振ってきた彼の言葉。
慌ててその姿を振り返ってみれば、ギシっと雪菜のベッドの端に椅子代わりに腰掛けるシリウスを見つけた。

「聞いた、の?」
「ああ、今さっきリリーにな。お前に相手がいないっつーから来てみたんだけど」
「え、あ、う、うん…。あれ、でもシリウスは……?」

相手居るんでしょう?と言葉には出さずに視線越しに問いかけてみれば、雪菜を見つめていた灰色の瞳がふっと逸らされ、同時に首に巻いていた蝶ネクタイをしゅるりと解き、真っ白の高そうなそれを気にする事無くぽい、と椅子にかけたドレスローブへと投げつけた。

「いねぇよ」
「え?でも……ピーターが……」
「断る時に面倒臭いから言っただけ。雪菜もだろ?」

ワックスで固めているのだろうか、いつもとは少し違う髪型の彼は大人びて見えはするが、そんな彼が徒に笑えばそこにはやはりいつもの彼。
とりあえず、彼の訪問の意味は分からないが、机にあったドレスローブを駆け直しながら、シリウスの姿をちらりと盗み見た。
彼の格好からすれば、おそらくパーティーに向かうのだろう。
少し寄っただけなのかもしれないと思うと、お湯を沸かすのもどうかと思い直し、代わりに机においてあった水をグラスに注いでからそれを差し出した。

「なぁ」
「な、なに?」
「お前、ダンス一緒に行きたいヤツとか、居なかったのか?」

thanks、と言葉を足して雪菜から差し出された水を受け取りながら、シリウスはグラスごと雪菜の手を握りしめる。
びくりと雪菜の身体が跳ねたのを気にも留めずに、座ったまま雪菜の顔を見上げた。

「え、っと……」
「こんなチャンス滅多にないだろう?絶対誰か誘って行くんじゃねぇかって思ってたんだけどよ」
「あ、うん……でも、私踊れないしさ」

はは、と笑いながら雪菜は手を退こうとするが、相変わらずシリウスの手はぴくりとも動くことはなく。
じっとどこか真剣な色を宿しながら雪菜を見つめたまま。
いつもよりどこか色気を含んだ様に見える彼のそれに、雪菜は曖昧にうなり声を漏らした。

「気になるヤツとか、居るなら誘えばいいじゃねぇか。何なら今からでも間に合うぞ?」
「し、シリウスだって……」

今や五月蝿い程高鳴るその鼓動に、染まりきってしまってるであろう赤い頬がせめてメイクで隠れていてくれる事を願いながら。
雪菜は目の前のシリウスの瞳をおろおろと見返しながら、やっとの思いで言葉を紡ぎ返した。
その言葉に、当のシリウスはほんの一瞬だけ頬が強ばった様に見えたのは、気のせいだっただろうか。
手にしたままのグラスと、雪菜の手へとちらりと視線を向けた後に、ようやくその手を解いてグラスを受け取った。

「俺、なぁ」

氷も浮かんでいないその水をグラスから見つめ、水面に反射するそれに雪菜の顔がちらりと写り込む。
その表情を手で揺らりと揺らしてから、一口だけグラスに口をつけ、それをサイドテーブルへと置いた。
目の前では、どこか居心地が悪そうに立ったままの雪菜の姿。
自分では絶対選ばないであろう柄のドレスを見にまとっている事から察するに、恐らくリリーに無理矢理着せられたのだろう、とシリウスは喉でくつり、と笑みを漏らした。

「居るんでしょ、シリウスだって、誘いたい人ぐらい……」

もごもごと言い難そうに言葉を紡ぎ続ける雪菜の表情は、いつもよりかはっきりしているのは、メイクのせいだろうか。
鼻をくすぐる普段は嗅ぎ慣れない香りも、胸の前で腕をあわせる雪菜の腕に光るネックレスも。
見慣れないソレにどきりと高鳴りを隠せない鼓動を、もう一度笑い声でかき消しながら、シリウスはそっと雪菜の腰に手を伸ばした。

「ひっ、」
「色気のねぇ声だな、ったく」

ぐいっと自分の元へ引き寄せてみれば、軽々と自分の片腕の中に収まった雪菜。
やんわりと頬を染める赤は、チークの色とはまた違った色のせいだろうか、戸惑った様にシリウスを見下ろした雪菜に、シリウスは反対側の手を伸ばして雪菜の後ろ首をそっと押し付けた。

「悪かったな」
「な、なにが。ていうか、あの、この格好……」
「他の男と踊るってピーターから聞いて、これでも凹んだんだぜ?」
「いや、あの、だからそれは……ひっ」

腰に回した手、そして後ろ首に回した手に更に力を入れてみれば、こつりとオデコがそっとぶつかり合う。
何とも色気のない声がもう一度耳に響き、至近距離で雪菜の顔を見上げてみれば、そこには眉を下げながらぎゅっと瞳を閉じた雪菜の姿。
もう少し早くにいろいろと誤解が解けていればよかったな、と胸中で漏らしながらシリウスは口元をにやりとあげて、そのふるふると微振動を続ける雪菜の唇に吸い込まれる様に、自身の唇を重ねた。
その柔らかい唇に、シリウスがそっと瞳を閉じるのと同時に、今度は雪菜が驚きの余り閉じていた瞳を大きく見開く。
今起こっている状況に、状況把握もろくに出来ないまま雪菜が目を瞬かせる事数回。
その数秒後だろうか、そっとシリウスが押さえていた首の力を緩めて、ようやく瞳を開いてその唇を離してみれば、逃げる事も、抵抗する事もせずに、ただただ目を見開いたままの雪菜にシリウスは、その瞳を悪戯に細めた。

「い、い、い、いま……の……」
「なぁ、雪菜」
「は、はいっ」
「もう、まどろっこしいのは止めだ。――好きだ」

唇を確かめる様にそこに手をふれて呆気にとられていた雪菜は、更に振ってきたシリウスの言葉に、遂によろりと1歩後ろに足を退こうとしたが、腰に回された手がそれを許す事も無い。
力が抜けそうになる身体を支えているシリウスをただただ見つめていれば、その様子が可笑しかったのか、シリウスがくくっと低く笑い声を漏らした。

「雪菜?」
「は、い……」
「聞いてたか?」

ぽんぽん、と手を伸ばしてその頬を軽く叩いてやれば、ようやくはっとしたかの様に雪菜の表情が起き上がる。
それでも尚、口を数回ぱくぱくと開いたが、やがて言葉を飲み込んでしまった彼女の開いている片手を持ち上げ、ちゅ、とリップノイズを立ててそこへ唇を落とした。

「俺は、雪菜が好きなんだ」

少し掠れながらも囁いた言葉に、雪菜の手は反応する事なく。
それに少しだけ不安が胸を燻ったが、見上げた表情を視界に入れてすぐにシリウスは頬を緩めた。
真っ赤にそまりきった頬に、少しだけ潤んだ瞳。

「雪菜は?」

答え等聞かずとも分かってはいるのに、それでも聞かずにはいられない。
そんなシリウスの胸中を知ってか知らずか、雪菜は自分の手を握り続けていたシリウスの手をようやく、ゆっくりと握り返した。

「なぁ、教えてくれよ?」

その表情を改めて見下ろしてみれば、いつもの涼しい彼の表情。
自分を見つめるその灰色の瞳は、自分の答え等最初から分かっているかの様にも見えたが。
それでも――

「好、き……よ、ばかっ」
「最後のは余計だっての」

その言葉に満足そうに破顔したシリウスの表情に、高鳴る鼓動に続いて無意識に視界が歪んでしまいそうになる。
慌ててそれを誤摩化そうと首を数回振ってみれば、シリウスが不意にベッドから腰をあげて立ち上がり、そのまま、見下ろしていた筈の彼の視線を次いで上から受け止め、顔をそっと上げてみれば、同時に両頬を大きな手が包み込むのを感じた。

「おっと、泣くなよ?」
「泣いてなんか……」
「せっかくのメイクがダメになっちまうだろ」

頬を指でくすぐる様に撫でながら、シリウスはちゅ、ともう一度軽い口付けを雪菜へと落とす。
頬にかけていた両手を腰に回して雪菜をぎゅっと抱きしめながら、シリウスがゆるゆると吐息を漏らすのを肩口に感じた。

「ったく。もっと早く言っとけばよかった。やべ、緊張しすぎて、俺も泣きそう」
「え、あ、な、泣いて、いいよ?」
「んな事男に言うなって……そんな暇、ねぇしな、今は」

肩口に埋まるシリウスの頭をどうしていいのか分からずに、雪菜が手を宙に浮かべていれば、暫く沈んでいた頭が不意に起き上がり、ぶつかった灰色の瞳が雪菜のドレスを見下ろした後に#name"の表情をじっと見つめた。

「遅くなっちまったけど」

少しだけ照れくさそうにそっぽを向いたシリウスは、笑うなよ、と念を押してからそっと抱きしめている腕を解いた。
軽く咳払いをしてから、ワザとらしく雪菜の前で軽く腰を折りながら、シリウスは片手を差し出し、一言。

「Would you do me the honor of a dance?」

彼なりに冗談を込めたのだろうが、彼がやると絵になってしょうがない。
まるで昔の映画のワンシーンかの様な恭しいそのシリウスの言葉に、雪菜は溢れそうになる涙と笑いを上を向いて堪えてから、そっとその手に自分の手を重ねた。




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定番ダンパネタでした。
何か、あれだな、後日談とか書きたいなーとか、思ったり。
最後のシリウスの英語。
結構古いフレーズです、今じゃあまり使わないのかな?


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