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take it in the...





ソファに深く腰をかけて、雪菜は背もたれに身を任せたまま大きく息をついた。
生徒の誰かが遊びで操っているのか、見上げた天井には羊皮紙の鶴がふわふわと浮いており。
何をするわけでもなくそれを目でおいかけていれば、すぐ隣に腰掛けたリリーが苦笑を漏らすのが聞こえた。

「何重いため息なんてついて」
「別にぃ……」
「そんなに言いにくいなら、私が言うわよ?」
「本当?」

リリーの言葉にがばっと身体を起こせば、勢いよく反応した雪菜に少し驚いたように瞳を見開き。
すぐにもとの笑みを浮かべながら手にしていたティーカップに口をつけた。

「嘘にきまってるでしょう」
「何それ、ひどい……」

項垂れる様に肩を落としながら、雪菜は何度目か分からないため息を再度漏らし。
机の上においてあった手のひらサイズはあろう、大きなチョコチップクッキーに手を伸ばした。

「ねぇ、雪菜。早く言わないと誰かに予約されちゃうわよ?」
「わ、か、ってる、けど」

ザクっとクッキーの端を齧りながら雪菜は再び目で宙を舞う鶴を追いかけ始めた。
事の発端は、ダンブルドアが毎度恒例のきまぐれで開く事になったダンスパーティー。
各々相手を見つけてペアを組んでの参加が必須条件とだけ告げられたのが2週間ほど前。
魔法使いとしての身嗜みです、とどこか意気込むマクゴガナル教授に促されるままほぼ寮生全員の参加が義務付けられたのがきっかけで、こうして雪菜は頭を抱えている訳なのだが。

「リリーはいいよね、ジェームズがいるんだもん」
「雪菜だって、シリウスがいるじゃない」
「意味が違うよ、意味が」

クッキーの表面に飛び出したチョコチップを指で掴みながら、雪菜は半ばにらむ様にリリーを見返した。
そう、リリーにはパートナーとして”恋人”のジェームズがいる。
だが、シングルの自分には想いを寄せる相手はいても、パートナーではない。

「それに、ダンスの相手に誘うってある意味、ほら、その、……告白みたいなものだし……」
「いいじゃない、これをきっかけに告白したら」

何を今更、と言わんばかりにリリーは机の上にティーカップを戻しながら、代わりに分厚い本を手に取り。
それを膝の上に置き直して、意味深にその深緑の瞳が雪菜をちらりと身やった。
その視線から逃げる様に、もう一度肩を竦めてみせ、口にクッキーを咥えながら雪菜は再度ソファに深く座りなおせば。
行儀が悪い、とリリーが諌める声が耳に届き、雪菜は咥えたクッキーに歯を軽く立てた。
ジェームズがリリーに告白をしてから、彼の親友でもあるシリウスとも行動を共にし始めたのは2年も前の話。
そして、自分がシリウスに想いを寄せ始めたのは、1年程前からだろうか。
告白をしてしまおうと何度も考えたが、いつも結果的に未遂で終わってしまう。
自分の勇気の無さを改めて嘆き零しながら、雪菜はため息交じりでクッキーを口から外した。

「せっかくのチャンスなのに」
「私にとってはチャンスじゃなくて、大問題だよ」
「別に深く考えなくても、仲が良いんだからもっと気軽に誘えばいいんじゃないかしら」
「うー、ん」

ハハ、と乾いた笑みを浮かべて、雪菜は手にしたクッキーを見下ろした。
アナウンスがあってからというものの、嫌でも耳に入ってくる誰が誰をパートナーにしたかという噂話。
レイブンクローの生徒が、グリフィンドールの同級生が、はたまたハッフルパフの生徒まで、シリウスにダンスのパートナーになって欲しいと申し出ている、という噂はもう耳にたこが出来るほど聞いた。

「もういい、うん。やっぱ出ない」
「もう、雪菜ったら。そんな事言って」
「だって……会場でシリウスが他の女の子と踊ってるのを見るのは……やだもん」

ぽそぽそ、と小さく呟いてから、雪菜はクッキーの端をぱきりと手で割ってみれば、だから誘えば良いじゃない!、とリリーがじれったそうに声をあげるのが聞こえてきたが。
曖昧な笑みを浮かべながら雪菜は歪に割れてしまったそれを机の上の更にぱらぱらと乗せ、最後に小さく割れたうちの大きめなそれを一つを手にとった。

「お、いいもん食ってんじゃん」

不意に振ってきた声に、ぎくりと身体を強張らせて咄嗟に声の方を振り返れば。
丁度男子寮へと続く踊り場に手を突いたシリウスの姿。
すぐ後ろでドアが揺れているのを見る限り、今出てきたばかりなのだろう。
それでも、全く気付かなかった彼の存在に、聞かれていたのでは、とどきどきと不自然に鼓動が高鳴った。

「め、ずらしいのね。この時間にここに居るなんて」
「まぁな」

両ポケットに手を突っ込んだままトントンと軽快に階段を下りてきたシリウスは、迷うことなくリリーと雪菜の元へ足を進め。
自分の座っているソファの背後に立ったかと思えばそっと腰を屈めて雪菜の顔を覗き込んだ。

「ん」
「な、なに?」
「それ、チョーダイ」

あーん、と口を開けたシリウスに、その近すぎる灰色の瞳との距離に雪菜は瞬時に頬が熱くなったのを感じたが。
何事もない様に口を開いたままに彼と、ちらりと見たリリーからの意味深なウィンクに。
雪菜は手にしていたクッキーを慌ててシリウスの口に突っ込んだ。

「サンキュ……って、何だ、これチョコじゃん」

身体を起こしたシリウスは、そのままソファの背に腰をかけ。
ざくりとクッキーを噛み砕く音が雪菜の耳にも響いた。

「そりゃ、うん。クッキーだもん」
「シンプルなヤツ食ってんのかと思った」

割れた半分のクッキーからチョコチップがはみ出しているのを手に取り、シリウスは呻く様に顔を顰めてみせ。
それを見上げていた雪菜に気付くと、笑みに近い苦笑を漏らしてそれを雪菜の口に戻した。

「やっぱ、いらね」
「ちょ、んっ、」

ぽんぽん、とついでと言わんばかりに頭を数回撫でながら、シリウスはぽりぽりと首をかき。
頭に手を置いたまま、自分が差し込んだクッキーをモゴモゴ言わせて食べている雪菜を見下ろした。

「ど、したの?」
「んー……」

その視線を受け止めたものの、先を紡ごうとしない彼に未だ高鳴り続けている鼓動を誤魔化そうと顔を机へと向け。
相変わらずじ、っと背中越しにシリウスの視線を感じながらどことない気まずさに、雪菜はクッキーに歯を立てた。

「シリウス君。雪菜にはテレパシーは伝わらないと思うけど」
「んぁ?」

またも同じ場所から降ってきた別の声に、雪菜がクッキーを咥えたまま顔を上げてみれば。
先ほどシリウスが居た場所に、今度はジェームズの姿。
手すりに肘をついて、どこか楽しそうに笑うジェームズに、シリウスが何か小言を言っているのが聞こえたが。
けらけらとそれを受け流して、ジェームズもまた自分達の下へと階段を下りてきた。

「やぁリリー。お隣いいかい?」
「えぇ、どうぞ」

ぎしっとソファの沈む音と共に、ジェームズは両腕を広げて背もたれに手をかけ。
片方の腕でリリーの肩に手を回し、深く腰掛けたジェームズに顔を向ければ、彼はひらりと雪菜に挨拶の様に手をひらりと振った。

「早く言ったらいいじゃないか、ほら。お姫さんがお待ちだよ」
「おいこらジェームズ。余計な事言うんじゃねぇ」

言葉を紡ぎながらちらりと雪菜に視線を送ったジェームズに、雪菜は口に入れていたクッキーをごくりと飲み込み。
自分の背後でソファの背もたれに腰をかけていたシリウスが慌てて向き直る気配を感じ、次いで視界に入ってくる彼の骨ばった大きな手が背もたれにかけられたのに気付き、顔を上げてみれば自分を挟む様に両腕をソファの背に置いたシリウスの顎が目に入った。

「姫?」
「お前には関係ねぇよ」
「い、ったー」

呟き上げた声に、シリウスも顔を下へ向け。
立っているシリウスと、座っている自分とでは30センチぐらいの距離だろうか、灰色の瞳は少し呆れた色を浮かべるのが目にはいると同時に、額にデコピンが落とされた。
冗談半分の軽い痛みに、大げさに額を両手で押さえてみれば、彼はくくっと可笑しそうに笑いながら雪菜の両手の上から、くしゃりと片手でそれを撫でつけ。
抗議の声をあげようとすれば、ふとシリウスの視線が入り口へと投げられたのに気付き、それにつられて視線を送ってみれば、肩を落としたピーターの姿。

「あれ、ピーターどうしたんだい」

その容姿に気付き、ジェームズが先に声をかけてみれば、ピーターは肩を落としたまま首を横に振って見せた。
ひどく落ち込んだ様子に、どうしたの、と雪菜も次いで雪菜も声をかけたが、ピーターはその場に暫く立ち尽くしていたがやがてトボトボとソファの近くにやって来た。

「ダンス、誘ったら断られたんだ」

はぁ、とため息を盛大に漏らしたピーターに、ジェームズも同調する様に肩を落としながら傍に立っていた小柄なピーターの肩を何度か叩いた。
ばしばしと力強いその叩きを受けながら、ピーターは

「しかもね、リーマスを誘いたいから、リーマスを呼んできてくれって言われたんだ」
「それはまた……、キツい経験したな」
「てことで、リーマスはどこ?」

部屋にいたけど、とシリウスが答えたのが雪菜の後方から聞こえてくれば、未だに肩を叩いていたジェームズの手を少し鬱陶しそうに受け離し。
ありがとう、と律儀にお礼を返してピーターはソファに居た3人へと視線をよこしたが、酷く落ち込んだ表情を浮かべたまま、すっと視線を逸らした。

「で、でもさ、ほら。まだ本番まで時間あるし、気を落とさないで?」
「ジェームズも、リリーも、……雪菜も、いいよね。相手がいるんだし。シリウスだって選びたい放題だし」
「は?」

ずるずると体を引きずりながら男子寮へと向かい始めたピーターが、ぽつりと呟いた言葉に。
雪菜が何か反応を示す前に、頭上から別の驚きの声が響いた。

「え、ちょっとピーター何言ってるの?私別に……」
「隠したって駄目だよ、雪菜。レイブンクローの男の子を断った時に、相手がいるって言ったって。嘆いてたよ、彼」

可哀想に、と首を振りながら男子寮の扉に手をかけたピーターを止める間もなく。
バタンと音を立ててしまった扉を呆気に取られていれば、先ほどの驚きの声を漏らしたシリウスが、ぐるりと雪菜を見下ろした。

「何だ、お前相手いるのか」
「え、いや……、居な、」
「よかったじゃねぇか。日本じゃこんなイベント滅多にないだろ?」

楽しめよ、と雪菜が言葉を紡ぐ間も与えられないまま、シリウスが大きく伸びをした。
そのまま、言葉を続けようとした雪菜の頭をぽんぽんと数回軽く撫でてから、よし、っとシリウスは談話室の入り口へと歩き始め。

「んじゃ、俺ちょっくらバイクいじってくる」

雪菜が慌てて声を上げようとするより先に、談話室の扉が静かに音を閉じて閉まってしまい。
嫌な汗が背中を伝ったかと思えば、目の前に座っていたリリーとジェームズの盛大な溜め息が聞こえてきた。




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ピーターのキャラが!ピーターのキャラが!
すっごいおかしな事になってませんか…!?(ガタガタ
いや、はい…、次回完結です。
続きますっ(逃



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