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bikeholic





小さな小包を抱えて談話室へ戻ると、そこにお目当ての人物はいない。
あいつならいつもの場所だよ、というジェームズの言葉に従ってそのままUターン。
中庭から少し離れた木の近くでようやく彼を見つける事ができて、雪菜は小走りに近づいた。

「シリウス!」
「……シーリーウース?」

少し離れてはいるものの十分に聞こえる距離なのに、背中越しに声をかけても反応を示さない彼に、雪菜は顔を顰める。
そして相変わらず背中を向けてしゃがみ込んで作業を続けるシリウスの背中をトントンと叩いた。
それにようやく気付いた彼は頭だけで上を振り返り、雪菜の姿を視界に入れると、灰色の瞳を嬉しそうに細め、耳につけていたヘッドフォンを外した。

「おぅ、雪菜。」
「おぅ、じゃないわよ。まーた、それつけて」

頭からずらして首にかけた大き目のヘッドフォンからは、シャカシャカという音が雪菜にまで響いている。
顔を顰めたまま、咎めるようにシリウスを見下げてみれば案の定そこには悪びれた様子は全く伺えないのが憎めないところ。
満足そうにこちらを見下ろしながら、シリウスは上に見上げたまま雪菜の頭を手で引き寄せ、挨拶の様なキスを雪菜の唇に落とした。

「いいよな、このヘッドフォンてやつ。マグルってやっぱすげぇんだな」
「フィルチに見つかって没収されてもしらないわよ、こんなとこで……堂々と、ソレも」

言葉と同時に雪菜は呆れたようにクイっと顎だけでシリウスの背中越しを指差した――大型バイクだ。
こうも堂々と中庭で作業をするヤツがいったいどこにいるのだ、と言わんばかりに咎める視線を送れば、それをものともしないようにシリウスはいつものように笑って見せた。

「大丈夫だって、ちょっと空間いじって雪菜以外入ってこれない様にしてるから、バレやしねぇって」

ジェームズなら簡単に解くだろうけど、と笑いながらシリウスは手にしていたレンチをくるくると回す。
そんな高度な魔法をたかが、バイクを修理する為だけに使用している事にもほとほと呆れるが、それでも楽しそうな笑顔を浮かべるシリウスに、雪菜は小言を飲み込んで変わりに苦笑を浮かべた。

「ほら、これ。バイクの部品、お兄ちゃんから届いたよ」
「おお、サンキュ!」

思い出したように手に抱えていた小包を差し出すと、その表情を更に明るくさせ嬉々とした様子でそれを受け取りながら、ベリベリと乱雑にそれを開け始めた。
もともとマグルの製品に興味はあった彼だが、昨夏、日本に雪菜と供に帰国し、バイク好きの兄を紹介したのがきっかけで。
短い滞在時間にもかかわらず、あっという間に意気投合、壊れたバイクを廃棄処分しようとしていた兄に、ついに自分で修理をすると言い出したのがきっかけで。
シリウスが兄から壊れたバイクを譲り受け、定期的に修理部品を雪菜経由で兄からシリウスへと送られるようになったのだ。
こうしてマグルのヘッドホンをしながらバイクを弄る彼を見てると、マグルと何一つ変わらないみたいで、そんな彼の様子にふふ、と笑いながら小包から次々と部品を取り出し確認し始めた彼の隣にしゃがみ込む。
芝生の上にコロンと並べらているいろいろな形の部品に手を伸ばしてみれば。
その手を阻止するかのように、やんわりとシリウスがそれを遮った。

「ん?」
「オイルついてるから、手ぇ汚れちまうぞ」
「あぁ、うん」

言われて見れば、白いシャツを腕まくりしているシリウスの片手には、黒い皮のグローブがはめられている。
よくよく目を凝らして見れば、グローブがきらりと輝いているのは恐らくそのオイルのせいだろう。

「制服汚れちゃうよ?」
「まーな、こればっかりはしょうがないだろ。ん、これ持ってろ」

グローブのついていない方の手で首にかけていたヘッドフォンを外して、ぽすりと雪菜の首にかければ、スイッチはまだ切っていないそれから、シャカシャカと音が近く聞こえてきた。
これもまた、シリウスが日本滞在時に気に入って購入したものの一つ。

「てっきり、飾りにでもするんだと思ってたのに。何でココでこれが作動するかなぁ」
「何でって、そりゃ音楽を聴く為の機械なんだろ?聴かなくてどうする」

あっけらかんと言ってしまう彼に、またしても雪菜は苦笑しか浮かべる事はできない。
ホグワーツにおいてマグル製品がこうして正常に作動する筈はないのだが、耳にかけられたソレはいたって正常と変わりない。
その為に彼が何かをした事ぐらい容易に想像はつくが、これもあえて言及するだけ無駄だろう、と雪菜は小さく肩を落とした。

「でも、うん。マグルの事、シリウスが気に入ってくれて良かった」

私はマグル出身だし、とぽつりと付け加えてみれば、取り上げたパーツをバイクに翳していたシリウスはちらりと雪菜を振り返り、その灰色の瞳を細めて笑って見せた。

「俺は別に雪菜がただのマグルだろうが、スクイブだろうが。絶対好きになる自信あるぞ?」
「、へへ、そっか」

その言葉にどことなく嬉しさやら、照れくささやらが込み上げてきて、雪菜はパーツを手に作業を始めたシリウスの肩に、邪魔にならないようにコツンと持たれかかった。
魔法界ではマグルを差別する輩も多々いるのは堂しようも無く、マグル出身の雪菜も例外に漏れず陰口を耳にする事は多々あった。
純血のシリウスを彼氏に持ってから、より一層罵られる事もあったが。
それでも、長い間こうして自分を守り、傍に居てくれるシリウスに、自分がマグル出身だと気にならなくなったのはもう随分前の話。

「にしても、お兄ちゃんも笑ってたよ。どうして魔法界には便利な箒もあるのに、なんでマグルのものに興味も持つんだって」
「そりゃ、雪菜のこともっと知りたいし」
「うん?私?」

何を知るの?と言う問いかけを視線で送れば、シリウスはグローブのはめていない手でくしゃりと雪菜の髪を撫でつけてくる。
ヘアセットが、と慌てて頭に手を伸ばした雪菜にくつくつと笑い声を漏らした。

「雪菜が、何を見て、何を感じてきたのか、知りたいんだよ。世界が違うから、常識だって違うだろ?」
「でも、ここは魔法界だし……特に必要ないでしょ?」
「ばーか、好きな女の事は何だって知りたいもんだろ」

もう一度わしゃりと髪を撫でるのは、彼なりの照れ隠しだろうか。
それでも涼しい顔をして瞳を細めて笑うシリウスに、雪菜はモゴモゴと口ごもってしまう。
それでもこちらを見つめるシリウスの顔をちらりと見上げてみれば、ちゅ、と唇に熱が落とされると共にリップノイズが響いた。

「お前の瞳に映るもん、感じるもんは、何だって知っておきたいんだよ」
「、それは、私も、だよ?」
「あぁ、知ってる」

にぃっと笑みを深めたシリウスに、雪菜はくすぐったさに堪えきれずに視線を落とすことしか出来ない。
その様子に満足気に微笑を漏らしたシリウスを感じながら、雪菜はしゃがみこんだ自分のローファーに手を添えた。
暫くしてからきゅるきゅると螺子を締める音と金属音が耳を擽り、頭越しにシリウスの体が動いたのが伝わってくる。
ヘッドフォンから相変わらず漏れ出る聞き慣れた音楽に耳を傾けながら、雪菜は目の前のバイクを見つめた。

「もうすぐ修理終わるの?」
「そうだな、あと1週間もあれば終わると思う」

楽しみだ、とまるで相方を愛でるようにバイクをコツコツとノックしたシリウスの表情は期待に満ち溢れているのがよく分かる。
恐らく、動く様になってからはジェームズも含めて色々な悪戯にも使うのだろう。
あぁ、またフィルチから罰則を言い渡されてデートがキャンセルになってしまうかもしれない。
せっかく修理したバイクをうかうかとフィルチに没収されるような事はないだろうが、と思いを馳せながら、ふ、と雪菜も同意するように面白そうな笑いを零した。

「ねぇ、シリウス」
「うん?」

呼びかければ、こちらを向くシリウスにの顔にいつの間に付いたのか、頬に一筋の黒いオイル。
それを見つけて苦笑を漏らしながら自分の頬を指指してみれば、意図に気付いたのかグローブでごしごしと頬を擦る。
オッケーのサインを送ってみれば、シリウスは嬉しそうに笑みを浮かべた。

「バイクも良いけど、ちゃんと私も構ってね?」
「当たり前だろ。最初に乗せるのは雪菜って決めてるんだからな」
「え、本当?」
「あぁ、お前が最初で最後だ」

やったぁ、と笑いながら雪菜は首元にかけられたヘッドフォンから流れていた音楽のスイッチを切った。
その反応を、じ、っと見つめていたシリウスに気付いて小首を傾げてみれば――、

「ちゃんと、分かってるか?」

唇に落とされた熱はいつもと変わらない筈なのに、何か含んだようなシリウスのその瞳に、先ほどの彼の言葉を反芻してみる。
その瞬間、ようやく雪菜が目を見開くような仕草を見せると、シリウスは何かを誤摩化すように手にしていたパーツを再びバイクへと埋め込み始めた。
その様子をパチパチと目を瞬かせながら見ていた雪菜は、込み上げるふわふわとした感覚に火照る頬を押さえながら、小さく頷いてから彼のシャツに再び頭を預けた。


You know what I'm saying, right?

...well, maybe?

MAYBE?

Say that again, please?

…oh well,I will try again someday with IT.




****
ヤンキー座りしながらバイクいじってるシリウス、かっこよす!
ついでに白シャツ腕めくり+グローブという構図がどうしても書きたかった…!
しかし糖度低めなのはシリウスがバイクに夢中だから?
妄想に満ち溢れてしまった、だが悔いは無い!

どうでもいい最後の会話。

「言ってる意味わかってるだろう?」
「た、たぶん…?」
「多分?」
「もう一回言ってくれる?」
「いつか、ちゃんとモノと一緒に、もう一回言ってやるよ。」



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