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そんな日常





目の前に積まれた大量の書類のうち、ようやく最後の1枚が終わって手をとめた。
デスクワークに午前中まるまると費やしてしまったが為に、体をあげると肩がミシリと音をたてる。
右手の肩を回して息を吐きながら自分の左隣に座っていた――書類の山に今にも埋もれそうになっている――レノックスへと顔を向けた。

「少佐、終わりました」
「おお、早いな。ならこれも頼む」
「…………」
「お前も苦労が絶えねぇなぁ」

当たり前の様に出された分厚い書類にちらりと視線を落としてから、その表紙に書かれてある言葉に顔を顰めた。
”オートボット格納庫屋根部破壊の件”とあるそれは中を開かなくても内容は想像がつく。
先週だったか、みんなで天体観測をしようなんて言い出したオプティマスらが格納庫の屋根にみんなでよじ上った事。
当然ながら体重がトン単位な彼等オートボット達が上ってしまえば屋根がどうなるかなんて容易に想像がつく。
そしてその結果、始末書という事務仕事が彼等のサポート役である自分に回ってくるのも……悲しいかな、容易に想像がつく。

「あれはホント……死ぬかと思いました」
「はは、そういやぁお前も巻き込まれてたなぁ」
「止めに行ったんですよ。助けてくれなんてメールが深夜に入ったせいで……しかも少佐の相棒から」
「何で俺を呼ばないんだ、アイアンハイドは」
「間違いなく一緒になって遊ぶとわかっているからでしょう」

”失礼な部下だ”とそれでも悪戯に笑いながらレノックスから手渡されたのは笑えない程分厚い書類。
最後にサインをするのはレノックスの仕事ではあるが、中身は”サポート役”である雪菜の仕事。
最初は四苦八苦していた始末書も、あっという間に重ねた数のお陰もあってか今となってはスラスラと書けてしまうから不思議なものである。
これが終わったらオプティマスに一言文句でも言いにいかないと、あぁ、でも今日はラチェットの修理講義だったっけ、と午後からの予定を確認しつつ書類を片手に溜め息をついた。

「初めはどうして”お世話係”なんて要るのか疑問だったんですけどね……今は納得です」
「辛いか?」
「まさか、ご冗談。騒がしいですし苦労も耐えないですし、始末書地獄にはそれはもう恨み言の一つでも言ってやりたくもなりますが」
「結構言うな、お前も」
「ですが……楽しいです。仕事に”楽しい”なんて使うべきではないですけれど。それに、ラチェット先生の講義も非常に役に立って面白いですし」
「そういやぁ、修理も大方出来るようになったんだってな。今まで手伝ってたやつらが唖然としてたぞ」

レノックスの言葉に、今まで始末書を前に顔を顰めていた頬が自然と緩んでしまうのを感じた。
”さすが俺の目に狂いはない”なんて嬉しそうに笑うレノックスに雪菜もまた気恥ずかしさから、そんな事と言葉を濁たその時。
ガラっと窓の開く感覚、そして室内に飛び込んできた生暖かい外気に机に置いていた書類がパラリと音を立てた。

『hey、そこのお姉チャン。始末書は終わったかい?』
「あらジャズ。残念、まだあと1つ、オタクの総司令官がやらかした天体観測の始末書が残ってるんだけれど」
『あれは……その、悪かったって言ったろ?』
「悪かった、で済んだら私はこんな事しなくていーの。まったく、副官なんだからもうちょっとは、」
『はいはいストップストップ。小言ならランチ取りながらゆっくり聞いてやるから』

始末書片手に窓から顔を出すジャズの元へと歩み寄れば、小言は勘弁とでも言わんばかりにその大きな金属の指を雪菜の唇にそっと当て。
アイアンハイドが人間への触れからが分からないと途方に暮れていたのに比べれば、ジャズはそこら辺の加減具合はだいぶ習得した様。
さすがに最初の”たかいたかい事件”から格段に力加減を習得したのは罪滅ぼしと言った所だろうか。

「あれ、もうそんな時間?でも私……」
「その始末書は今日中でいいから、ランチ行ってこいよ」

振り返ってみればレノックスは大きく伸びをして手にしていた書類をばさりと机の上に投げつけて欠伸を一つ漏らし。
面倒だと言わんばかりに辟易した様子で彼もまた席を立ち上がって窓際の方へと顔をだした。
”よう”なんてジャズの握りしめた手に拳を合わせるあたり、彼等の親密度が伺える。
人間とロボットであっても根本の軍人気質なところはどの生命体にも似通うものがあるのだろう、何やら両手で合図を送り合って最後に笑いを漏らしている姿に、雪菜も微笑を漏らした。

『上司様の許可も降りた事だし、行こうぜ?雪菜の好きなベーグルサンド、買ってきたぞ』
「え、ホント?やったぁ、さっすが!」
「お前等すっかり仲良しになったよなぁ、あれだけ泣き叫んでた癖に」
「慣れって怖いですね?」

くすりと悪戯に笑って窓側へと近づいてみれば、いつもの様に室内に刺し伸ばされるその金属の掌にバランスよく体を預ければ、すぐに高い窓の外へとジャズが手を引き寄せる。
レノックスやエップスから、また後でなと声をかけられてソレに答えるとジャズの手が地面に落とされる。
トン、と綺麗な着地音を立ててから、窓の上から手を振る上司二人に軽く会釈を返すと、キュインと聞き慣れた音と共に目の前にソルスティスが現れた。

『いつものとこで食うか?』
「うん、そうね」

窓から流れる様に進んでいく景色にあわせて、窓ガラスにコツンと額を当ててみれば、スピーカーからは元気な洋楽が聞こえてくる。
最近ラジオでもよく耳にするその音楽に何となく鼻歌をのせてみれば彼もまたご機嫌な様子でそれにリズムを合わせてきて。
チカチカと車内ライトやワイパーを動かして楽しそうなソルスティスに、雪菜も笑いを漏らしていれば。
見えてきたいつものランチの場所の手前、格納庫前に差し掛かったところで今までご機嫌にあがっていた頬が瞬時にピクリと引きつった。

「……ねぇジャズ」
『………何だ』
「私、ちょっと忘れ物したかもしれない」

先ほどまでのスピードが嘘の様に止まるか止まらないかのぎりぎりの速度までに落ちた車から見える、目の前の光景。
あぁ、出来たらこのままUターンして戻りたいという願望にハンドルへと手をかけてみたが、ジャズが運転するそれは寸とも動かない。
何ならこの場から逃げ出そうとシートベルトを外しにかかるが、しっかりと閉められたそれはまるで雪菜を逃がさないとでも言わんばかり。

「ジャズ、ちょっと……Uターンしてもらえないかな」
『雪菜、現実を見るんだ』

お願い、と出来る限り甘えて声を出してみたけれどもスピーカーから返ってくる言葉は苦笑を含んだジャズの言葉。
”またベーグルサンド買ってきてやるから”何ていうジャズの言葉に雪菜は助手席に置かれている紙袋に涙ながらの別れを告げて、”ソレ”の近くで止まったジャズから嫌々ながら外に出た。
正直言うならば見ない振りをしてどこか木陰に逃げてしまいたいぐらいなのだ、と胸中で嘆きを漏らしながらも、目の前で地面に向かって何やらざくざくと掘り進めている総司令官の近くへと足を進めた。
――よく見れば、彼の手にしているのはサイドスワイプのブレードではないのか。

『やぁ雪菜。仕事は終わったのかい?』
「いえ、ランチ休憩です。……ところで、何してるんですか?」
『モグラはサングラスをかけてると思うかい?』
「は?」

キョトンとしてオプティマスを見返すと、片手に抱えたブレードをざっくりとコンクリートに差し込んで。
サイドスワイプが”まじで勘弁してください”なんて泣き言を漏らしながら片足にしがみ付いていることに今更ながら気がついた。
無理やりとられたご自慢の武器がまさか穴掘りに使われるなんて思ってもないだろう。

『モグラはサングラスをかけているという話を小耳にしたんだが、どうもインターネットでもヒットしなくてな。だからこうして調べ――』
「オプティマス、ヒットしないのはそれが嘘だからだと言う事だと思うんですけども」
『しかし、何事にも例外があるだろう?百聞は一見に敷かずという様に』
「……百歩譲ってそうだとしても、モグラはコンクリートの下には居ません」

一際大きな爆風に思わず体を竦ませてみれば、オプティマスの真似をしていたのだろう、離れた場所でコンクリートを抉り始めたツインズを両手に抱えるジャズの姿。
人間にしてみれば可愛い悪戯なのだろうが、いかんせん金属でできた彼等の”悪戯”はどう考えても笑えるものではない。
――いや、実際NEST隊員達が”またやってる”と爽やかに笑いながら隣を過ぎ去って行くあたり、彼等にとっては笑えるものかもしれないけれど雪菜にとっては脳裏を掠める始末書と言う三文字にそれどころではない。

『そうなのかね?意外といてもいいと思うんだが』
「いません!意外性を求めないで下さい、っていうか基地内の破壊はあれ程やめてくださいって……!」
『なに、私に良い考えがある。ほら、こうしていれば大丈夫だ』

ぽんぽん、と抉り取ったコンクリートを手で押さえつけ始めたオプティマスに、雪菜はただ脱力をして頭を落とした。
この金属生命体達は、地球について興味津々なのは非常に良い事だとは思うがいかんせん、発想が奇想天外すぎる。
何といっても彼等の総司令官であるオプティマスが”こう”なのだから、サポート役として彼等の傍に要る自分に回ってくる始末書は後を絶たない。

「オプティマス、モグラでしたら私が捕まえてきますから」

自分の人生においてまさかモグラを探す日がやってくるとは。
それでもこれ以上コンクリートに穴があくよりかは――午後いっぱいをモグラ探しに費やしたほうがマシだろう。
午後からラチェットに修理の手解きをこう予定に別れを告げながら、雪菜は溜息を漏らした。





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