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*ジャズ元カノ回想話です。苦手な人はバックプリーズ!





レミニセンス





いくら”万能”と言われようとも、トランスフォーマーにだって限界はある。
明日は8時に起こしてね、と眠そうにジャズへ告げた雪菜は、今は彼の胸元に頭を寄せて静かな寝息をたてている。
その柔らかな髪の毛に触れながら、ジャズは随分と溜まっていたメモリの整理をのんびりと始めていたが、ふと、久しく開いていなかったメモリが偶然に出てきた事に思わず処理を中断した。

「(あぁ、こんな所にあったのか)」

デリートした記憶は無かった。
だから、ジャズ自身の中にある膨大なデータのどこかにあるとは思っていたが、あえて探す事はなかったのは……自分が弱かったせい。
それが今、たまたま整理をしていたブレインサーキット内で見つかった事に少しだけ安堵を覚えたが、同時にスパークがキチと締め付けられる感覚にジャズは雪菜を抱きしめる腕に力を込めた。

「(……懐かしいな)」

記載されている日付は、気も遠くなるほど昔。
その長い長い期間に再生された回数は他のメモリに比べてかなり少ない、たったの4回。
たった4回なのにそれが何なのかすぐに察しがつく程、その内容はジャズにとって重く、そして悲しいものだった。

「(今の俺に、お前は……一体何て言うんだろうな)」

メモリにそっと触れて思い出すのは、まだまだジャズ自身が若く、野心に満ち溢れていた時の事。
成長するにつれて激化していくオートボットとディセプティコンの闘いに、ジャズが今よりももっと好戦的に戦に身を投げていた頃に出会ったのは、一人の女性形のオートボット。
戦地で彼女が共にいれば、勝利は確定なんて噂すら流れていた彼女に、声をかけたのはジャズの方からだった。

『お前、女なんだからもっと傷を作らねぇように戦えよ』
『あら、私のことを女型って認識してくれてるのね、ジャズ』
『そりゃ、一応は。って、俺の名前、』
『勿論知ってるわ。スマートな闘い方をする珍しい人だなって、いつも見ていたもの』


最前線で傷だらけになる事も恐れずに戦うその勇ましい姿とは違い、クスクスと他の女型と同じように楽しそうに笑う彼女に、ジャズのスパーク一が恋に落ちたのはほんの一瞬。
最初はあの手この手でアプローチをしてくるジャズをあしらっていた彼女も、ジャズにスパークを開くまでそう時間は要さず、2人はあっという間に互いを支えあう、良きパートナーであり、理解者になった。

『ジャズ、ちょっと待ってってば!』
『先に行ってるぜ?今日のディセプティコン狩りは俺の勝ちだな!』
『昨日も、一昨日も私に負けたくせに?』
『今日こそは、だ』


そう冗談を言い合いながら、共に戦地へ赴いた数は数え切れない。
闘い、というものが”日常”になればなる程、生死と隣合わせだという認識が薄れていく。
ジャズもまた例外でなく、幾度と無く仲間を失ってきたのに、それでも絶対に彼女だけは側に居るだろうと、確証のない確信を持っていた……あの日までは。

『どういう事だよ、あいつが、あいつが死んだって、』
『ジャズ、』
『ほんの数時間前に通信したばっかだぜ、ンな訳ねぇだろ、そんな、ただヒューズが飛んじまっただけなんだろ?!』


たまたま別行動だったその日、闘いから帰還したジャズのカメラアイに突き刺さったてきたのは、同胞の腕に抱えられたぴくりとも動かない彼女の姿。
無残なまでにえぐり取られたスパークは、医療に精通していなくとも……手遅れだという事実が残酷にもジャズのブレインサーキットがはじき出す。
ーーああ、とそこまでメモリを再生させたジャズは、これ以上は、と逃げるようにデータから回路を遮断した。

「ん、じゃず?どしたの」
「あ、悪い……起しちまったか?何でもないから、まだ寝てていいぞ」

無意識に雪菜を抱きしめていた腕に力がこもっていたのだろう、モゾリ、と腕の中で動いた雪菜が眠たそうに声をあげる。
薄暗い部屋でジャズの顔を寝起きで認識するのは不可能なのに、それでも目を擦りながらジャズを見上げた雪菜は、眠たそうな瞳を瞬かせた後、彼女にしては珍しく瞳をパチリと見開かせた。

「何でもないって、でも、」

驚いた雪菜の声に、ジャズもまた自分自身の変化にーー温かい涙が、瞳から一筋溢れたーー驚く。
ヒューマンモードにそんな機能は備わっていた筈はないのに、それでもジャズの瞳から自然と流れ落ちたその雫を、雪菜は指の腹で撫でながら、心配そうに声をかけた。

「ジャズ?どうしたの?どこか痛いの?悲しいの?」
「、」
「ジャズ?」

いつもの様に言葉を紡ごうとしても、咄嗟に震えた喉にジャズが息を詰まらせる。
そんなジャズを未だ心配そうに見上げていた雪菜に、かろうじて口角をあげる笑みを浮かべて見せながら、ジャズは雪菜の視線を遮るように頭を抱きしめた。
記憶に残る彼女とは違う、雪菜の柔らかさと、香りと、反応に、ジャズは震える息を緩く吐き出すと、まだ水分を感じるカメラアイを瞬かせた。

「……思い出してたんだ、昔の事」
「昔?」
「サイバトロン星での事。……もう何千年も昔の事なのにな、忘れられねぇ」

ぽつり 、ぽつりと呟かた言葉に、雪菜は返事の代わりにジャズのTシャツを掴む。
ジャズや他のオートボット達からたまに聞いていた、彼らの故郷の話。
随分昔に滅びてしまった故郷の事や、散り散りになった仲間の事、失ってきた仲間の事。
聞くに耐え難いそれらは、オートボット達もあまり話そうとはしないが、偶にジャズが珍しく思い出話しをする時に少しずつ増えていった、楽しくて、悲しい想い出。

「みんな……あいつも、死んじまった」

囁くように、何かを堪えるようにジャズが言葉を紡ぐ。
無意識なのだろう、ぎゅと雪菜を抱きしめる腕に力を込めて肩を震わすジャズに、雪菜は瞳を一度だけ閉じた。
何千年、何万年と生きていた彼なのだから……”あいつ(her)”という存在がきっと居るだろうとは思っていたし、あえて雪菜から問う事もしていなかった。

「俺が、守らなきゃいけなかったのに」

何て言葉をかけていいのか分からない自分が情けない、と雪菜はジャズの胸元に頭を預ける。
いわゆる”元カノ”の事を思い出してスパークを痛める彼氏に、普通ならば嫉妬でも見せたらいいのだろうが、そんな事は到底思えないのは、雪菜とて断片的だが彼らの悲しい想い出を聞いてきたから。
だから、今ジャズが流している涙は、彼女が恋しいとか、そういった感情でないことは雪菜にも察しはついたが、一体今の自分が、どうやったらジャズを安心させる事ができるのかについては皆目検討がつかず、雪菜は考えた結果、ジャズの顔を見上げながら、その頬ヘ手を伸ばした。

「ジャズ」
「……」
「ジャズ」

名前を呼べば、ブルーのカメラアイが雪菜を映し出す。
明るいその瞳の色は、いつもの涼しい色よりも、少し怯えたようにも見受けられる。
いくら人間よりも遥に長寿で、強い生命体だったとしても、感情を持っている以上はきっと自分達と同じなのだろう、と雪菜は銀色の髪の毛に指を絡めながら、ジャズの頬に片手を添えた。

「ジャズ。大丈夫だよ」

Everything is gonna be okay……maybe not today, but someday、と導き出した言葉に、ジャズがもう一度息を吐いた。
きっとこんな薄っぺらい言葉では、ジャズや、他のオートボット達が負ってきた傷は到底癒えないのは雪菜も分かってはいる。
けれども、今、目の前で珍しく弱い所を見せている彼に、今自分が出来る事を精一杯返そうと、雪菜はまっすぐにジャズの瞳を見つめ返した。

「なぁ」
「うん?」
「雪菜は、俺が守るから……何があっても」

そう、伝えてくるジャズに、雪菜は穏やかな笑みを浮かべ返し、当たり前だよ、と答えながら下から伸び上がり、ジャズの唇に雪菜が小さなキスを一つ落とす。
ちぅ、と少し残念なリップ音が響いたけれど、それでもジャズは雪菜の唇を追いかけながら、ちゅ、ちゅ、と何度か啄むように唇に噛み付いた。

腕の中の、小さな愛おしい存在を、何があっても離さず、そして最期まで必ず守りきるとスパークに刻みながらーー……





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絶対ジャズには元カノがいると思うんです妄想が頭から離れす書いてしまった。
別に今後元カノが出張るとかそんな訳ではないです。
Everything is gonna be okay……maybe not today, but someday:今日じゃなくてもいつかはきっと全部うまくいくから