TF | ナノ
 






Fake secretary





「雪菜、準備はできたか?」
「わぁ、ちょっと待って!」

コンコン、と部屋をノックする音。
それからドアの開く音と同時に聞こえてきたジャズの声に、雪菜はポニーテールを作りながら返事を返した。

「あと髪の毛だけ……よしっと、お待た、」
「ん?」

シュシュで適当に纏め上げた髪から手を離し、慌てて鏡の前を後にする。
そして駆け足で飛び込んだリビングルームに居る、見慣れたジャズの、”見慣れないダークグレーのスーツ姿”に思わず雪菜の言葉が途切れた。

「え、何その格好」
「何って、これで行ってこいって言われたからさ。ほら、ビジネスカードだってちゃんとあるぞ」

ほら、とスーツの内ポケットから出されたのは、架空の会社のビジネスカード。
Sales Manager, Jazzと書かれたそれをまじまじと見つめ、そして雪菜は心を僅かに緊張させながら視線を上げる。
それに少しだけ瞳を緩めて首を傾げたジャズに、雪菜はすぐに視線をカードへと戻した。

「どうした?この格好、変か?」
「ううん、変じゃない……とっても、素敵で。その、緊張した」
「緊張って、今更」

素直にそう告げれば、すぐに雪菜の首元にジャズの手が伸びてくる。
そして無理矢理に顎を掴まれて上げられた雪菜の視界に飛び込んでくる、カッターシャツにネクタイといった出で立ちのジャズを改めて視界に入れて――頬に熱が昇るのを感じた。

「朝から、誘ってる?」
「そんな訳ないでしょ、馬鹿!」
「だって、普段なら絶対着ない服に、グロスまで付けてるじゃんか、お前だって」
「こ、これはその……秘書役だし、レノックス少佐が……ちゃんとした服の方がいいって……」

そう、今日はいわゆる潜入捜査。
潜入と行っても、相手の会社に行って人相をコピーして来るというだけなのだけれど。
もともとはジャズと一緒に別の女性の軍人が共に行く予定だったのだが、突然の体調不良により(情けない!)、朝一番に雪菜の元にレノックスが泣きついてきたという。
”何もしなくていい””とりあえずディーノに乗って目的地に向かい、ジャズの傍で笑っているだけでいい”なんて頼み込まれてしまえば、さすがの雪菜も断るに断れない。
それぐらいなら……、と渋々に頷いてから、慌てて服を着替えて、メイクをして……今に至るという訳だ。

「Good job,レノックス!いつもよりソソるぜ、その格好」
「何気に今、失礼な事言ったわね」
「なら、この口を塞いでみるか?」
「な、何言って、絶っ対に駄目だからねっ!」

ぶん、と首を振り切って何とかジャズの手から逃れると、ジャズからクスクスと苦笑が聞こえてくる。
遊ばれてる、なんて雪菜の脳裏に過ったものの、今は頬の熱を下げるのが先決。
ぺたり、と頬に手のひらをあてながらジャズを睨みつけ、そしてヒールを鳴らして机の上に置いてあった所持品を鞄の中に詰め込んでいく。
財布、携帯、身分証明、”いかにも秘書が持っていそうな手帳”、そして……拳銃。

「……ねぇ、今日行く会社って、本当にディセプティコンと繋がってるの?」
「正確には今日”観る”ヤツが怪しい。会社はカモフラージュで裏でディセプティコンと繋がってる可能性がある」
「そっか……撃ち合いになったり、するの?」

指の先で銃を撫で、雪菜がジャズに問いかける。
NESTに所属してから今まで、一度たりとも触れてこなかったソレが、今自分の手の中にある。
撃ち方なんて勿論説明されただけでは分からないし、と雪菜は黒く光るソレを鞄の奥へと丁寧に押し込んだ。

「ならねぇよ。仮になったとしても、俺がいるだろう?」
「……」
「それに、今日はただの下調べだから接触は無し。ただの見てくるだけだって、レノックスも言ってただろ?」
「……そう、だよね」

ちゅ、とポニーテールで露になった首元に落とされた人間らしい温かい熱。
そして腰に絡まったジャズの腕に少しだけ身体を落ち着けさせながら、雪菜は胸から息を吐き出した。

「終わったら、そのままドライブにでも行こうぜ」
「……ん」
「この前言ってた、ジェラートのお店とかさ」
「うん」
「それとも、早く切り上げて部屋に戻ってくるってのも俺的には大賛成だけどな?」

くす、と笑いを含んだ声と同時に、雪菜のお尻から腰にかけてジャズの手が”意味深”に動く。
もう!と雪菜がその手を軽く叩けば、ついにジャズが笑い声を上げた。

「だって、そんなエロい格好されちまったら、ほら」
「え、えろって!」
「白シャツに、黒のタイトスカートは男のロマンだろう!」
「何馬鹿な事言ってんのよ、もう!ほら、行くわよっ!」

ようやく熱がさがってきたかと思った雪菜の頬に、再び熱が込み上げてくる。
こっちは真剣なのに、と小言を吐こうものなら、ジャズからは笑い声が返ってくるだけ。
それに更に苛立ちが増そうとしたその時、ふっ、と出て行こうとした雪菜の目の前にジャズが足を進めた。

「ジャズ、行くよ?」
「ほら、ちょっと来い」

正面に立って両手を広げたジャズを訝しげに見上げた雪菜に笑いかけ、そして更に怪訝そうに眉を潜めた雪菜をそっと両腕に閉じ込める。
また何かされるのでは、とピクりと固まった彼女の背中を何度も優しく撫で、彼女の耳の上に唇を重ね、そしてそのままジャズが囁いた。

「大丈夫、俺が守るから」
「ん……」
「不安になる事なんて、一切ない。安心して俺の隣に居ろ」
「ジャズ……」

ぎゅ、といつの間にか背中に回し返された小さな細い腕。
少しばかり不安そうにジャズを見上げるその瞳に欲情してしまいそうな自分をスパークの中で叱咤しながら、ジャズはきらりと誘う様に光る彼女の唇にゆっくりとキスを落とした。

『まぁ、俺が守るってのが正しいと思うんだけどな、インファッティ』

ブォン、という人一倍大きい排気と共に、二人の甘い世界をぶち壊すかの解く聞こえてきたのは、イタリア訛りの英語。
その声のした方を振り向けば、小さな窓から覗く不満そうな蒼い瞳が二人を睨みつけている。

『おい。行くのか、行かないのかどっちだ』
「い、今行くから!ごめんねディーノ!」

ドン、と慌ててジャズから身体を離した雪菜が、ジャズの隣を慌てて駆け抜けて行く。
そんな彼女をすぐに振り返ってみれば、小さな耳が真っ赤に染まり上がっており、ピュゥなんてワザとらしい口笛音が窓から投げ込まれた。

――Non intendevo questo.――(邪魔するつもりは勿論無かったぜ?)

――Si, Certamente.――(あぁ、だろうな)


そんな雪菜の後を追おうとしたジャズに、ディーノから笑いを含んだ通信が入る。
それに思わず足を止めて振り返りながら通信を送れば、身の危険を感じたのだろうか、ひらりと身を揺らしたディーノがフェラーリの姿にトランスフォームする機械音が集音センサに伝わってくる。
ガチャリ、と車の扉を開く音、そして”今日はいつもと格好が違うな、ベッラ”なんてわざと音声にして彼女に告げる彼の軽口に、ジャズは彼の回線にワンフレーズだけねじ込んでから部屋を後にした。

――Be a good "BrunBrun", Dino.――(足(車)は足(車)らしくしてろよな)




*****
久々に書いたのがこれかーい!という。
いや、あの、ジャズがスーツ着てるのを書きたかっただけです。
ディーノさんは野次馬。イタリア語はネットより。
BrunBrunはぶーぶーだそうです(幼児語)
そろそろディセプ達もこのシリーズに加えたいなー。

余談ですが、ジャズはきっと彼女を連れて行くのは断固反対だったに違いない。
今回はかなり妥協してOKをだしたけど、雪菜嬢が思う以上に不安というか。
きっと基本的に戦場にはつれていかない気がする。
あくまで、このジャズと、雪菜嬢の関係ではって意味で。
またそれもいつか。