Just being a "teenager" チチチ、と平和を奏でるような鳥のさえずりが聞こえてくる。 まだ明るくなってそれ程時間が経っていない為、行き交う人も姿も殆どない。 珍しく早起き過ぎる早起きをした雪菜は、澄んだ空気を胸いっぱい吸い込んで深呼吸を漏らした。 「今日が仕事じゃなかった最高なのに」 ジャズが迎えに来るまでまだ2時間はある。 普段であれば二度寝をしてジャズに”甘く”起こされるのだけれど、今日ばかりは眠気がすっかり去ってしまった。 仕方なく部屋を出て、のんびりと行く宛もなく散歩に繰り出す事、ほんの15分程度。 風向きのせいか、不意に香った煙草の香りに雪菜が足を止めてきょろ、と頭を動かせば、見知った髪色の男性が気怠そうに煙草の煙を宙に向かって吐き出していた。 「あれ、ディーノ?」 「あ?何だ、珍しい」 センサーをオフにでもしていたのか、声をかけた雪菜に、ディーノもまたカメラアイを少しだけ大きく見開いてみせる。 けれどもそれっきり、足を止める事もなくコチラに向かってきたディーノに、雪菜はまじまじと彼の姿を見上げた。 「……朝帰り?」 「ちゃんと届け出は出した」 「あー、うん、うん」 昨日の夕方、最後にディーノを見た時と服装は同じ。 あぁ、そういえば最近”無期限”なんて通る筈のない外泊許可証をディーノから受け取った気がする(勿論差し戻しを食らったのは言うまでもないが)。 その事についてはまた後ほど、と頭の片隅に嫌な記憶を押しやりながら、雪菜は隣を歩き出したディーノと同じように足を進め出した。 「……彼女とは上手く、その、いってる?」 「お陰サマで」 「そっか……良かった」 ディーノが地球にきてもうすぐ1年。 人間なんて嫌いだ、仲良くなるつもりなんて毛頭ない、と地球に来てから歓迎体勢だったNEST隊員を一蹴。 加えて、使い捨て上等、とでも言わんばかりに女遊びに盛んだった彼の行動に、何度レノックスと一緒に頭を抱えた事か。 ……けれども。 最近の彼を見てるに、そして噂を聞くに。 どうやら彼もMrs.Rightが出来たみたいだ、と雪菜は隣のディーノをチラと見上げて微笑んだ。 「あ、それから。この前は、いろいろとありがとね。御礼、なかなか言えなくてごめんね」 「別に俺は何もしてねぇし。つか、自分の上司の家族構成ぐらい把握するだろ、人間の社会生活っつーもんは」 「全くもって、返す言葉もありません」 呆れたようなディーノの言葉に、”貴方だって知らなかったじゃない”なんて台詞はぐっと飲み込んで雪菜は苦笑を漏らす。 ディーノの彼女曰く”あの後、家に来た彼の暴言は聞くに耐えなかった”と。 笑いながらそう語ったディーノの彼女に、雪菜が平謝りをしたのは言うまでもなく、同時にあのディーノが他人の事で怒るなんて、と驚きも抱いた。 「ま、ジャズ副官を堂々と殴れたのは気持ちよかったけどな」 「またそんな事言って。結構痛がってたんだよ?」 「自業自得ってやつだろ?」 役得ってやつ?なんてどこか愉しそうに笑ったディーノに、雪菜はふと、ずっと胸に抱えていた疑問の蓋を解いた。 別に確証があった訳ではないし、そこまで深く考えていた訳ではない。 けれども、言葉の節々に今まで感じられてきた”それ”が、今なら聞けるかもしれない……と、できるだけ自然を装いながら、雪菜は口を開いた。 「ディーノは、ジャズが嫌い?」 「俺が?Non……別にそういうんじゃねぇ」 すると、一体どうしたというのだろうか。 急に口を噤んだディーノの様子に、雪菜が彼の言葉の先をじっと待っていれば、やがてディーノはポケットから取り出した新しい煙草に火をつけ始める。 そしてすーっと大きな息を青い空に向かって吐き出した彼は、ぽつり、ぽつり、とゆっくりと続きの言葉を繋げ始めた。 「別にジャズの事は嫌いじゃない。ただ……良く分からなくなった」 「分からない?」 「俺の知ってるジャズは……数百万年前ぐらい前のジャズは、もっと物事を的確に捉えていた。あの性格だから軽口は確かに叩くが、ちゃんと取るべき手段は弁えていた。知らない惑星で”wonderful"な種族にあっても”そう”はならなかった」 その言葉に、雪菜の瞳が自然に見開かれた。 初めて耳にする、自分が知らない頃の二人の話。 もともと見知った二人だという事は認識していたが……こんな話を聞くのは初めてだ、と相変わらず煙を視線の先で追いかけながら話すディーノの話に、雪菜は小さく息を呑んだ。 「けど、久々にあったジャズは、人間サマにお熱。何をするにも人間サマに聞いてから、人間サマの指示を待て、って。最初会った時は回路を疑ったぜ。おまけに、お前の存在だ」 「わ、私?」 「そりゃそうだろ。一体人間サマが――雪菜が、ほんの1年で今までのジャズをころっと変えちまったんだぜ?”誰もが憧れるオートボットの副官”はどこ行っちまったんだって。勘弁してくれよって何度思った事か」 そう言いながら”何をした?”と問いつめるように送られたディーノの青い瞳に、雪菜は少しの安堵の笑みと一緒に軽く首を振ってみせた。 少し前まで、よくディーノはこんな風に自分を探るような目で見てくる事がよくあった。 その視線の意味は、今の今まで全く分からなかったが……そう言う事か、と雪菜は自然と浮かぶ笑みに任せて視線をそっと伏せた。 「――たった100年も一緒に居られない相手を、どうしてジャズが選ぶ必要があったのか」 「……ディ、」 「俺は……俺なら、これ以上残される側になるのは御免だ」 まるで何かを隠すかのように、ディーノがそう囁く様に呟きながら煙草に口をつける。 あぁ、やっぱり。 そんなディーノの言葉に、雪菜はようやく胸に燻っていた”何か”を理解し、同時に胸に熱が帯びるていくのが分かった。 冷たい癖にやたらと構ってくるのは、きっと誰よりも仲間思いで……そして誰よりも、一人になる事をディーノ自身が恐れているから。 故郷を失い、そして広大な宇宙の海でたくさんの仲間を失い……一人残されるという辛さと孤独を、誰よりも味わってきたからだ、と。 「私達は、確かに貴方達より先に居なくなるけれど、それって悲しい事じゃないわ」 「もう会えないって事が、悲しくないって?」 「物理的に会えないのはそりゃ悲しい事よ。けれど、貴方の記憶に私達の存在はずっと残るわ。私達と違って”記憶力の低下”なんてないんだから」 そうでしょう?と笑って彼を見上げてみれば、案の定ディーノは肩眉をあげるだけ。 次いでに降ってくる、どこか訝しげなそのカメラアイに笑いかけながら、雪菜は開いているディーノの手をそっと手にとった。 「いつか私が死んで、何百年が経っても私達の事を、私の想いを覚えていてくれる人がいる……それって、すごく素敵な事だと思う」 「素敵、なんてただの都合の良い思念にしか過ぎないだろ?」 「だけど、私達の想いは”貴方が故意にデリートしない限り”、貴方に受け継がれる。私達と過ごした日々が貴方の記憶に蓄積されて、もっと人間との距離の取り方が上手になる。”人”として一回り大きくなれる」 「俺は人間じゃない」 「そうね、だけどいつか行き着く場所は一緒かもよ?その時は教えてよ、私達が居なくなってから、貴方が何を感じて、何を見てきたのか」 約束よ、と小指を絡ませてみれば、彼の小指がされるがままに雪菜の小指に絡まる。 そしてようやく離れた手のひらをじっとディーノが見つめていたかと思うと、ふん、とどこか不機嫌そうな排気音が聞こえてきた。 「……よくわかんねぇ」 「ふふ、まだ時間はたっぷりあるわ」 「時間、ねぇ」 どこか不貞腐れたようにディーノが呟いたのとほぼ同時。 突然背後に聞こえてきた走る足音に、雪菜が思わず肩をすくめるのと同時に、ディーノから舌打ちが一度だけ聞こえてきた。 「早朝デートとはまた新しい趣向だなぁ、お二人さん?しかも今回は雪菜がディーノを口説いてるってか?」 「ジャズ!」 びっくりした、と後ろから抱きついてきたジャズを首だけで振り返れば、すぐにすりっとジャズの銀髪が雪菜の頬をくすぐる。 まだ少し冷たいその髪の毛と、そして香ってくるシャンプーの香り。 その”人間らしい”ジャズに笑いながらディーノを見上げると、彼は呆れた様に宙を一回見上げただけで再びその場を歩き始めてしまった。 「おいディーノ、お前この前の一発、オプティマスに報告しなかった俺に感謝しろよな」 「へーへー、別にこっちは報告して貰っても構わねーけどな?悪い事した覚えはねーし」 何だと、なんてジャズの不機嫌な声が聞こえてきたものの、雪菜達を残してさっさと歩き出してしまったディーノに食いついて行く様子はない。 代わりにぎゅっと背後から抱きついたままのジャズの頭を撫でながら、雪菜はジャズの頭に頬を寄せた。 「ねぇ、ジャズ。ディーノって、何歳ぐらいなの?」 「歳?人間の数の数え方だと……どれくらいだ?6……いや、700万くらいか?やべ、もしかしたら900いってるかも」 「それは……それって、貴方達では”若者”になるの?」 「あんまり俺らには年齢の概念がねぇけど……まぁそんなもんだろう。最近のあいつを見てると、”反抗期”もようやく終わりそうってとこか?」 結構なこった、と笑ったジャズが、雪菜の背中からそっと離れて肩を組む。 さらりと漏らされた”反抗期”という言葉に一瞬唖然とした雪菜は、ご機嫌に口笛なんて吹き出したジャズの首元のシャツを軽く引っ張った。 「ち、ちなみにその反抗期って、貴方達の場合はどれくらい……?」 「そんなに長くはねぇよ、せいぜい100万年くらいってとこか?サイバトロンに居た時は可愛かったぞーそりゃ。何をするにも後ろついてきたり、オプティマスの膝の上じゃないと寝なかったり」 「そんな事があったの!?」 「あぁ、笑えるだろ?」 最早彼等の生きてきた年数は今更驚くものではない。 それよりも、あのディーノにそんな可愛い時期があったなんて……と脳内でオプティマスによじ上るディーノ(とサイドスワイプ)を想像して、思わず頬が緩んだ。 人間にしてみれば途方にくれる時間の長さだと言うのに、その長さを”反抗期”で片付けてしまうとは……種族の違いって怖い、なんてジャズに寄りかかりながら雪菜が脱力をしているなんて、勿論ジャズは露知らず。 せめて自分が生きている間にディーノの反抗期は終わって欲しいものだ、と僅かな願いを抱きながら、雪菜はのんびり歩き出したジャズの腰に手を廻した。 「ねぇ、ジャズにも反抗期はあったの?」 「俺?そうだな、どう思う?」 「どうって……」 肩をがっしりと組んで歩くジャズの手が、雪菜の髪を手で遊ぶ。 ついでにこちらに首を少し傾けてきたジャズに、雪菜は笑いながらその頬に唇をそっと押し付けた。 「ふふ、ジャズは意外と甘えただから、もしかして反抗期も親にべったりだったんじゃない?」 「どうだろうな?それを言うなら、今も反抗期かも?」 クスクスと笑いながら、ジャズが改めて雪菜の体を正面から抱きしめる。 コツン、と重ねた額、そして上目に見える青い温かい瞳をじっと見つていれば、少しだけ悪戯っ子のようにカメラアイを細めたジャズに、雪菜が距離をゼロに詰めた。 ちゅ、ちゅ、と可愛らしいリップノイズを響かせ、そして時折クスクスと笑い合う。 ――そんな二人の甘ったるい空気を壊すかのように、大きなフェラーリのエンジン音が静かな早朝の基地内に響き渡るまで、あと数秒。 ***** 久々がこれかよ!っていう(´・ω・`) My perfume後ですね、へい。 ディーノさん、反抗期だったんだね……! それにしても、いつものイタリア語が一度も出てきませんでした、マンマミーア! |