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それはきっと





機械生命体と、人間がある種の”歩み寄り”を見せ始めて暫くが経つ。
雪菜とジャズのように、進んだ関係を奇異なものの様に見る人も少なくはないが、少しずつ受け入れられてきたのも事実。
勿論それは雪菜にとっては嬉しい事なのだけれど、と雪菜は壁に背中を預けて溜息を漏らした。

「どうした?気分でも悪いのか?」
「違うの、えっと、」

ここからほんの5メートル先で現在進行形で行われているであろう、告白現場。
自分のタイミングの悪さに加えて、その相手を声で認識をして――雪菜は思わず足を止めた。

「ジャズには、雪菜がいるって分かってるんだけど、」

ああ、この先は聞きたくない。
そっと音をたてない様に耳に手を当てて、そしてその場から反転して来た道を戻って行く。
”こう”なる事ぐらい、いくらでも予想はついていた。
特に人間に興味津々な彼氏であるジャズは、自分以外の隊員との距離も近ければ仲もいい。
勿論バンブルビーやサイドスワイプからもそういう浮いたお話を聞いた事がある分、彼だって例外じゃない。

「複雑」

ぼそり、と吐く息と同時に言葉を漏らす。
付き合った当初は”人間とトランスフォーマ―が?ありえない!”なんて発言の方が多かった筈なのに。
気がつけば”ジャズってかっこいいよね!スマートで女心も分かってるし!”なんて話題が女子隊員の間で交わされる様になっているなんて。
さすがに雪菜もその事実を認識はしていたものの、……目の当たりにしてしまえば、嫌でも心は沈んでしまう。

「あー、もう、やだ」

恐らくジャズにしてみれば、これが初めての告白ではないだろう。
雪菜も薄々と認識はしていたけれど、当のジャズからわざわざ告白の報告なんて受ける訳でもなかったのであえて聞かないフリをしていたのだけれど。
やっぱり告白されてるんだ、なんて自分の”女”としての感情に、雪菜は眉間の皺を寄せた。

「面倒臭いなぁ、ほんと」

首をコキりとならして、やけに快晴の空を仰ぐ。
いっそのこと雨でも降ってしまえば、今夜のドライブデートはキャンセルできたのに、と恨めしく空を見上げていた……その瞬間。
不意に背後に何かのまとわりついた感覚に、雪菜の姿勢がぐらりと揺れた。

「ひ、」
「なーに逃げてんだ、お前は」
「び、っくりした……ジャズ?」

本当なら、背後にばたんと倒れてしまってもおかしくは無かったのだけれど。
がっしりと抱き込まれる様にして倒れ込んだそこに感じる体温、そして視界に飛び込んできた銀髪に雪菜は見開いていた瞳を緩めた。

「わざわざ進路変更なんてしなくてよかったのに」
「……」
「……雪菜?」

つん、と背後から雪菜の頬を突く様に触れるジャズの声は、いつもと変わらない。
丁度雪菜のお腹の辺りで両腕を組み直したジャズが、コツン、と音をたてて雪菜の頭の上に自分の顎を乗せる。
そんなジャズのスキンシップ、いつもなら嬉しい筈なのに……と簡単に切り替える事の出来ない複雑な心境に、雪菜は顎を落とした。

「どうした?」
「別に何でも、」
「もしかして、妬いた?」

だろう?なんて笑いを含んだ声で問いかけてきたジャズに、雪菜の身体が反射的に揺れてしまう。
それすらお見通しのように、少しだけ抱きしめる力だ強くなったジャズに、雪菜は恐る恐る唇を開いた。

「妬いたっていうか……複雑っていうか」
「複雑?」
「ジャズとか、”貴方達”の事を種族を超えて……特別な感情を抱く人が増えて嬉しい筈なのに、嬉しくないっていうか、なんていうか、」

嬉しいけど、複雑。
そうぼそぼそと告げながら、雪菜は腹部に回っていたジャズの腕にそっと触れた。
自分よりも少しだけ低い体温を指でなぞれば、何も言わなくてもジャズの指先が雪菜の指先を絡めとる。
それと同時に、クツ、とジャズの喉が笑いを漏らす様に震えると、雪菜は抗議に身体を少しだけ捩った。

「それを嫉妬って言うんじゃねぇのか?」
「……わかんない」
「ウェブで調べてやろうか?」
「調べなくていい、ジャズのバカ」

悪態を吐きながら、ジャズの身体から距離をとろうと雪菜が腕に力を込める。
いつもなら、そんな雪菜を腕から逃がしてくれる筈なのに、今日の彼はどうやら違うよう。
一向に緩む気配のないその腕に、雪菜は無意味だと分かっていながらも身体に力を込めた。

「雪菜」
「何よ、もう、熱いってば……離して」
「誰が離すもんか。それに、体温はお前より低くコントロールしてあるっての」
「……」
「拗ねてる雪菜、初めて見たかも」

くす、なんて静かに笑ったジャズに、かっと雪菜の頬が熱くなった。
そもそも、他の女の子に嫉妬なんて、久しく抱いていなかった感情なのは間違いない。
そんな幼稚な年齢でもないし、そもそも恋愛に対してそこまで深く溺れた事も無かったのに……なのに。
いつの間にか、ジャズにすっかり染まっていた自分に、雪菜自身驚きながらも、こちらを見下ろすジャズに抗議の視線を投げ掛けた。

「拗ねてなんかないもん」
「オーケーオーケー、おっしゃる通り」
「……バカにしてるでしょ」

クスクスと相変わらず漏れてくるジャズの嬉しそうな笑い声。
加えて、バイザーを外しながら露になった、ブルーの瞳をまじまじと見つめながら……雪菜は力んでいた身体の力をゆっくりと抜いた。
根負けした、とでも言うべきか、そのままトスンとジャズの胸元に額をぶつけて、そして瞳をゆるとと閉じた。

「……んな心配しなくたって、返事は勿論ノーに決まってんだろ」
「別に心配なんてしてない」
「俺、愛されてるよなーそれに、今の雪菜、すげぇ可愛い」
「からかわないでってば」
「からかってなんて無ぇって。本当の事言ってるだけ」

ブツブツと不機嫌そうに胸元をばしりと叩いた雪菜に、ジャズが笑いながら雪菜の後頭部の髪の毛を撫でる。
ついでにその髪の毛をすくってチュ、なんてリップノイズと一緒にキスを送ったジャズに、雪菜がフンと鼻を鳴らした。

「キザ」
「でも安心した癖に」

彼の今の笑いをどう表現したらいいのだろうか。
ふふん、だなんて明らかに勝ち誇った笑いを漏らしたジャズに、更に雪菜の頬に熱が舞い上がる。
これでは完全に遊ばれているだけだ、と雪菜がバッと顔を再度あげてすぐに――真剣な色を含んだブルーの瞳に雪菜の瞳が捉えられた。

「だいたいな、俺がどんだけお前に対して執着してると思ってんだ」
「……知らない」
「他の隊員からお前を守るのに、どれだけ躍起になってんのか知らねぇだろう?」
「別にアプローチなんて受けてないもん」

コツン、と額をあわせながら、更にジャズと雪菜の距離が近くなる。
僅かにかすった鼻先を、擦り付ける様にジャズが顔を寄せれば、それに負けじと雪菜が不満そうに口を尖らせた。

「ま、そんな事はどうでもイイとして。今夜のドライブデート、行き先にリクエストはあるか?」
「……無い」
「無ぇのか?いつもならいろいろ出てくるだろう?」
「……、ジャズと居れるならどこでもいい」

雪菜が言葉を吐くと同時に、ジャズの瞳がキュイと音をたてて運動を留める。
そしてすぐに、嬉しそうに瞳を細めたジャズは、雪菜の熱くなった頬に手をかけながら、優しく唇に触れるだけのキスを落とした。

「了解、じゃあ今夜は予定変更してお部屋デートだな?」

どうせあと数時間後に顔を併せる事になるというのに。
どこか名残惜しげに唇を離したジャズは、捉えていた雪菜の腕をそっと紐解いた。

「see ya later,hun.それまで浮気すんなよ」

ぽんぽん、と頭を撫でてから再び歩き出したジャズの後ろ姿を眺めて、雪菜はパチパチと頬を叩いた。
気付けばさっきまでのドロドロとした感情なんて一掃されてしまっているし、予定がお部屋デートに変更されてしまった。
お部屋の掃除をしなくては、なんて慌ててその場を駆け出した雪菜の足音を遠いところで聞きながら、今度はジャズが壁に手をついた。

「うわー、やっべ」

嫉妬なんて感情を露にしなかった雪菜から垣間見えた、小さな可愛らしい独占欲。
普段ならば自分が他の男や仲間に牙をむいているというのに。
腕の中で素直に感情を見せる雪菜に、理性のケーブルがぶち切れそうなのを必死のプライドで何とか押し止めたけれど……それでも、危なかった。

「今夜は覚悟しとけよ、てな」

この発言はキザすぎるか、と一人で苦笑を漏らしながらも、ジャズもご機嫌に口笛を吹きながらその場を後にした。





*****
何が書きたかったのか?
らぶらぶな二人が書きたかっただけですうへーい!
ジャズはあやすのが上手そうだな、と。
「悪い、俺アイツの事以外そういう目で見れねーんだわ」と断ってればいいよ!さらりと!
爽やかだけど申し訳なさそうなスマイルでね!はふん!